2 美人エルフとのひととき
美人エルフは苦笑したが――僕の中には…凄い光が差しこんだ気がした。
「そっか! 測量を使えば、間合いで見切れるかもしれないんですね!」
「そうだな……じゃあ、今度は鬼ごっこをしてみようか。私が君を打つ鬼だ。君は逃げるのだけど、私がギリギリ当てられない距離を逃げる。けど、時に私が当てられる距離にするんだ。そしたら私は打つ。けど、その瞬間にかわす――そういうゲームだ。いいかい、行くよ?」
そう言うと美人エルフは、僕に向かって棒を構えた。
「あ――わわわっ!」
僕は慌てて距離をとる――当てられない距離は260cmの場所だ!
美人エルフが僕を狙って来るのに対し、僕は後退する。
「あまり距離をとりすぎると、私を誘えないぞ」
美人エルフが微笑みながら、そう僕に言う。そうか。
僕は敢えて歩を緩めて、250cmまで距離を縮める。
その瞬間、エルフが動いた。
来る――と思ったので、後退する。
半歩後退した分だけ、ほんの僅かな距離――10cm分だけ、棒をかわせた。
「いいぞ、上手いうまい!」
エルフが笑ってまた棒を構え直す。僕も思わず笑みを洩らして、また逃げに入る。
「ほら、廻りこまないと後がないぞ」
「うわ、わわわ!」
僕は横に廻りこもうとする。
「そこだ!」
ピシっと、今度は肩を打たれた。あ、今、245cmまで近づかせた。
「く~、難しいな!」
「フフフ……」
美人エルフが笑ってる。僕もなんだか楽しくなった。
しばらくそんな鬼ごっこをして、僕らは遊んだ。
うまく距離――間合いを調整すると、攻撃を誘ってそれをかわせる。
なるほど、と思った。なんか、凄く楽しかった。
「いいじゃないか。コツが掴めたみたいだな」
「そうですね、この測量の数字をきちんと把握してると、避けられますね」
「じゃあ、今度は君も私を攻撃してごらん」
美人エルフはそう言うと、近くの森から転がってる棒を拾って僕に渡した。
僕は棒を受け取って、エルフに構えてみる。
と、相手の距離は255cm。――けど、この距離じゃ、僕が当てられない。
僕が間合いを詰めようとした瞬間、逆にエルフが攻撃をしてきた。なんなく、肩を打たれる。
「あ! くそ~、難しいな」
「攻撃をした瞬間、人は無防備になる。基本はそこを狙うんだ」
そうか。さっきの要領で誘っておいて、かわした直後に打てばいいんだ。
今度は慎重に相手との間合いを見る。
255……254…253、252――250cm!
エルフが出てくる。僕はそれをかわす――
「やあっっ!」
相手の棒が下に流れた瞬間に、僕は逆に踏み込んでエルフを打とうとした。
が――僕の棒は、エルフの身体に当たらず空を切る。
と、空を切って流れた無防備な僕の肩を、エルフはポン、と打った。
「はい、ここまでだ。これが剣術の勝負だ」
「うわぁ……凄いですね! やっぱり剣術スキルのレベルが高いんですか?」
僕がそう言うと、エルフは可笑しそうに微笑んだ。
「私たちはスキルシステムを使ってないよ――少し休憩しようか」
エルフはそう言うと、泉の傍の緑に腰かけた。
ポンポンと、その隣を叩いて促されたので、僕はその隣に座る。
「動いたので喉が渇いたな」
エルフはそう言うと、荷物から大き目のひょうたんを出した。水筒だったらしく、エルフはそれを加えると、水をごくりごくりと飲む。
「君も飲むかい?」
「え……いや…あの――」
だって、それはエルフさんが口をつけた水筒だし――
「気にしなくていいよ。君も飲みなさい」
「は、はい――」
僕は差し出された水筒を手にすると、思い切って口をつけた。
水が喉に流れ込んできて、僕は喉を潤した。
「あ、ありがとうございます」
これって間接――とか、思いながら、僕は水筒を返す。エルフは気にした風もなく、美しい微笑みを僕にくれた。
「私たちエルフや、ドワーフ、獣人族などの亜人族は、人間のようにスキルシステムを使わないんだ。知らなかったのかい?」
僕は頷いた。と、エルフがそっと頷く。
「そう。人間はスキルシステムを使わない私たちを『劣等種』と呼んで差別するのだけど――君にそれがなかったのは、知らなかったせいだね。だけど、そのおかげで楽しい時間を過ごせた」
「あ、あのっ! 僕は、エルフやドワーフ、獣人種の人たちも立派な人だって、母から教わってます。僕も――そう思うし……」
僕がそう言うと、エルフは微笑んだ。
「ありがとう。嬉しいよ」
「あの……けど、スキルなしで、どうやってエルフさんたちは剣術を身に着けるんですか?」
僕が疑問に思ってそう訊くと、エルフは微笑んだ。
「稽古だよ。――例えば素振りや型などの決まった形を反復練習して、今やったみたいな模擬戦を仲間と行う。その事で、少しずつ強くなるんだ」
「……時間がかかりますよね? どうしてスキルシステムを使わないんですか?」
僕がそう言うと、エルフは少し真面目な顔になった。
「そもそもスキルって何だと思う?」
「え? ……え~と、最も適切な形の知識?」
僕がそう答えると、エルフは頷いた。
「そうだね。剣術スキルなら、それは剣術の最も適切な知識――つまり『身体の動かし方』の集積だ。スキルを得るということはその『動かし方』の知識を一気に得るということだけど、例えばそれを得た者が5歳児だったり、あるいは片足がなかったりしたら、その『動かし方』を充分にできるだろうか?」
「いや……無理ですよね」
「そう。スキルシステムは身体がそれなりに発達した、ある規格の中に収まる人間を前提に作られた知識なんだ。そこには小人族や巨人族、尻尾のある獣人族などは範囲に含まれてない。我々、エルフもね」
「あぁ……そうなんですか」
なるほど、と思った。と、エルフはさらに続ける。
「けどね、五歳児じゃないとしても、人間もそれぞれ特性が違うとは思わないか?」
「そう……ですよね。あっ!」
僕は唐突に判った。
「どうかしたのかい?」
「同じ剣術LV1でも、その運動能力で差が出る――そういう事ですよね?」
「まあ、運動能力以外にも、咄嗟の判断力などでも差が出るだろう。『動かし方』の知識を一気に得たからと言って、それを十分に使いこなせるかどうかは別だ。我々は師から教わり、自分で研鑽して剣術の理解を深めて向上していくが、人間はスキルシステムでいきなり正解を知る。けど、それを使いこなせるかどうかは、その人の研鑽次第だ」
エルフはそう言って微笑んだ。
「そうか……それでスキルにもレベルや上級スキルなどの段階があるんだ。身体と頭が十分にそのスキルに見合うポテンシャルにならないと、そのスキルを習得できない――」
「スキルシステムはなかなか便利だが、学習努力、というのを少し人間は忘れてる気がするな」
エルフの言葉を聴くと、僕はソクガの攻撃がかわせなかったことを想い出した。
剣術スキルを得たのは同じでも、ソクガの方が身体能力が上だったんだ。
まあ、そりゃそうか。あっちはそれが天職なんだし――向いてるってことだ。
「学習って――何をするんです?」
「剣術なら『素振り』や『型』という決まった形を反復練習するんだ。それを日々振ることで、身体にその動き方を記憶させていく」
「身体が――記憶するんですか? 頭じゃなくて?」
エルフは頷いた。
「身体というのは面白いものでな。その日、うまく振れないと思いながら振っていても、翌日になるとよく振れるようになってたりする。身体を通した事は、身体が記憶しているんだ。そして成長する」
「僕も……その素振りや型を日々振れば――強くなれますか?」
僕の問いに――エルフは微笑した。




