第二話 天職・測量士 1 スキル『測量』
そのエルフは、泉の方に視線を向けると、中央付近を指さした。
見ると、薄い白い布みたいなものが水面に浮かんでいる。
「風に飛ばされてしまってね……どうしたものか、と考えていたところなんだ」
「あ、そうなんですか」
僕はレミールから降りて、エルフの傍に立った。
背が高い。僕より、少し上背がある。大人の美女だ。
「私の風魔法が届くのは15mほどだ。届くかどうか微妙な処だと考えていた」
「あ、距離なら――判るかも」
僕はそう言ってから――初めて測量士のスキル『測量』を取得した。
『測量』のスキルを取得すると、すんなり実用スキルの中に収まった。これが僕の『測量士』として、二個目のスキル。…残りは1ポイントになった。
「君、あのスカーフまでの距離が判るのかい?」
「はい、多分。初めてなんで、実は不明ではあるんですけど……え~と、『測量』!」
僕は泉の中央に浮かぶスカーフを見ながら、スキル『測量』を発動してみた。
と、視界の端に数字が浮かぶと同時に、頭の中でもその数字が浮かんできた。
「あ、17、3mみたいです」
「……凄いな。正確な距離が判るのかい?」
「そう――みたいですね」
僕は苦笑してみせた。美人のエルフは驚いた顔を見せたが、驚いてもその美貌は美貌のままだった。
「しかし……やはり私の風魔法の範囲外か。残念だが、諦めるしかないかな」
「あ……ちょっと待ってください。15mまでは、風魔法の範囲なんですよね?」
「そうだが?」
僕はちょっと考えて、美人のエルフに言った。
「少しだけ、待ってもらえませんか?」
僕はそう言うと、森の奥に入る。樹々にはつる草が絡みついてるものが沢山あり、僕はそれを片っ端から引きちぎった。
沢山ちぎって戻り、その束を地面に置く。
「え~と、『測量』」
一本目のつる草を手にする。ぐちゃぐちゃに巻かれてる状態だけど――判るかな?
と、僕のなかに数字が浮かんだ。手にしたつる草は、ぐちゃぐちゃの状態だけど、5、4m。それを手にして、もう一本のつる草をとる。――こちらは4、5m。
「まさか……その状態で長さが判るのかい?」
「はい――どうもそうみたいです」
僕も驚いた。と、エルフが不思議そうな顔をする。
「そうみたい……というのは?」
「あ、僕、初めてこのスキル『測量』を使ってみたんで。僕、昨日が天職授与だったんですよ」
僕はそう言って、笑ってみせた。そう言いながら、もう一本のつる草を手にする。
これは3.8m。もうちょっとだな。
「ほう。それで、君の天職はなんだったんだい?」
「それが……『測量士』――なんですって。聴いたことないでしょう? ――あ、これでいいと思います」
僕はもう一本、4mのつる草を結んで、エルフに言った。
先の方を少し丸める。
「15mのところくらいまでは、風魔法を届かせられるんですよね? このつる草の頭を、近くまで飛ばせますか?」
「やってみよう」
エルフの美人はそう言うと、つる草に手をかざした。
「小旋風」
小さな旋風が巻き起こり、つる草の頭がふわりと浮かぶ。
それを泉の中央に向けて、旋風が運んでいく。
「凄いや……本当の魔法だ」
「見たことなかったのかな?」
「はい。あんまり見たことなかったです。あ、もう限界くらいですよね」
僕の視界に、15mが表示されている。
「じゃあ、そこで一気につる草をばらけさせてもらえます?」
「ようし」
少しつる草を運ぶ旋風の威力が上がる。と、巻いてあったつる草が、渦を描いて広がり、水面に落ちた。
水面に浮かぶ白いスカーフにも、つる草が落ちる。
「これで引っかかったんじゃないかな?」
僕はつる草の端を引っ張った。と、うまくスカーフがつる草にとられて、水面を移動する。
「あ、うまく引き寄せられましたよ。後は近くに来たら、魔法で取ってもらえれば」
水面を8mの処まで来たら、僕はエルフを見た。エルフは頷くと、風魔法を起こし、水面にあるスカーフを巻きあげた。
白いスカーフは風に舞い上がり――エルフの手元に戻った。
「やった!」
僕は成功に声をあげた。よかった。
エルフの美女が、僕を見て微笑んだ。――凄い美しさに、目がくらみそうになる。
「ありがとう――君のおかげで、大事なスカーフを取り戻すことができた」
「い、いえ。とれたのは……あなたの魔法の力ですし! 僕なんて何も――」
僕はそう言って、眼鏡を押さえながらごまかし笑いをした。
けど、エルフはその凄い美貌で僕を見つめる。
「いや……君のスキル『測量』というのか。それはとても素晴らしい能力だな」
「そ、そうなんですかね。あはは」
きっと、感謝のしるしに僕を褒めてくれてるんだろうけど――それでもちょっと嬉しい気分だ。
「まあ……だけど距離を測るなんて、誰でも時間をかければできることですけどね」
僕がそう言うと、エルフはふと真面目な顔になった。
「ふむ……まあ、あくまで私にとっては凄いという意味だが――ちょっと君の『測量』を試してみないか?」
「試す? 何をするんです?」
エルフは森を少し見ると、長めの木の枝を手にして、それを地面に刺した。
ちょうど、人の背丈くらいはある。
エルフは木から少し離れて、腰の細剣をすらりと抜く。
エルフの美女は、剣を後ろに引いて構えた。
「……こんなものかな。この距離からなら、私は一歩踏み込んでこの木を斬れる。私のつま先から木まで、どのくらいの距離だい?」
「あ、250cmですね」
僕は横から見て、測量の結果を教えた。
と、エルフは後ろ足を前に踏み込むと同時に、後ろの剣を斜めに斬り下ろした。
地面に刺した木の頭の方が、すっぱりと斬れる。
それはとても素早いだけでなく、美しさを感じさせる動きだった。
「凄いです! なんか――綺麗な動きでした」
「これが私の適正な『間合い』だ。それじゃ――」
エルフはその頭の切れた木を手にすると、細剣と比べてみた。
「長さはほぼ同じだから、間合いも同じだ。君、私の一撃が当たる今の距離に立ってごらん」
「え――? あ、はい……」
言われた通り、僕はエルフの正面に立った。測量を使うと、視界の端にエルフまでの距離が表示される。
それの250cmの処に、僕は立った。――と、エルフが棒を後ろに構える。
「それじゃ、私が動いた、と思った瞬間に、少しだけ後ろに下がってごらん」
「え? 動いたら――ですか!?」
戸惑ってる僕をよそに、エルフの顔に真剣味が増す。
……ヤバい。本当に当てるつもりだ!
動いた! ――と、思った瞬間に、僕は半歩だけ後ろに下がった。
素早い動きで急接近して来たエルフの棒が、僕の眼の前――10cm先のところの空を切る。
「わっ! ――うわぁ、ビックリするじゃないですか!」
「……やはり、私の一撃をかわせただろう?」
エルフはそう言って、微笑む。
「え?」
「つまり君は、私の剣を『見切った』んだ。相手との距離――『間合い』を知ることは、戦いの中で最も重要なこととも言っていい。君はそれを持ってる、ということになる」
え――
「……それって、凄いことですか?」
「戦闘中に使えるなら、相当に凄いことだと私は思うぞ。まあ、『測量』というのは、そういう風に使うスキルじゃないのかもしれないがな。私はつい、そういう見方をしてしまった」
そう言うとエルフは、苦笑気味に微笑んでみせた。




