3 天職とスキル
「まあ、泣き虫のこいつが、剣士に向いてるとも思えないけどな!」
一人がそう言うと、僕の腰を後ろから蹴った。
「痛いっ! やめてよ!」
「泣き虫のクライン! オレは『剣士』だからな。昨日、天職が判った段階で、早速、剣術Lv1を獲得したんだ。――オレの剣術を測量してみろよ」
クラスで一番体格のいいソクガが、そう言いながら箒を手にした。
箒だって、剣術使いが手にすれば立派な武器になる。
けど僕だって……剣術Lv1あるんだぞ――。僕は密かにそう思った。
そして僕は頭の中で、『剣術』スキルを空にしていた試用スキルに移した。
箒を逆さにして、ソクガが僕に構えて見せる。――確かに、もうサマになってる感じがする。
僕は涙ぐみながらも、傍にあった箒を手にした。
「なんだクライン? お前、測量士のくせにやるつもりか? じゃあいいぜ、ほれ! 飛燕連撃!」
ソクガの構えた箒が、ヒュンヒュンと唸りをあげて打ち込まれる。
僕は手と脇腹と膝を一度に打たれた。――防御できない!
「痛いっ!」
小手を打たれて、箒を落とす。なんで? 僕だって剣術Lv1のはずなのに――
全然、反撃も防御もできなかった。僕の眼が、涙で曇ってきた。
「……やめてよ――」
僕はうつむいて呟く。それを見た男子生徒は笑う。と、そこに女子の声が響いた。
「いい加減にやめなさいよ!」
僕は涙の滲んだ眼で、声の主を見た。
予想に違わず――声の主は、シェリルだ。
赤い髪を長めにした、少し勝気な感じの女の子だ。僕は――クラスで一番可愛いと、ひそかに思ってる。
……そんな事は、もちろん言ったことはないけど。
「なんだよシェリル、女子は関係ないだろ? それともなにか? この泣き虫測量士のクラインが好きなのかぁ?」
ソクガの言葉を聴くと、シェリルの顔が赤くなった。
「弱い者イジメをやめなさいって言ってるのよ! 大体なに? ちょっとスキル獲得からって、すぐにひけらかして――戦闘職だからって、実用職に乱暴するなんて、戦闘職の恥さらしよ! バカみたい」
「なんだと! ……お前、天職なんだったんだよ?」
ソクガの言葉に、シェリルは腰に手を当てて答えた。
「魔導士よ」
「魔導士か――」
周囲がざわついた。そうか、シェリルは戦闘職の天職だったんだ。
そんなシェリルからしたら――僕は『弱い者』だよね。
僕は駆け出した。
「あ、クライン!」
後ろで声がするけど、僕は振り向かない。……そう、逃げるのは早いんだ。
僕は廊下を駆け抜けて、中庭の木陰に入った。
シェリルの事も気になったけど――それより、ソクガの剣技を全然、見切れなかったことに僕は戸惑っていた。
もう一度、自分のステイタスを確かめる。
確かに、僕の試用スキルの中には、『剣術Lv1』がある。
けど、ソクガの剣は見切れなかったし、防御すらできなかった。
それにソクガのあの連撃――あれは多分、スキル由来のものだ。あんな技、いきなりできるのか?
ふと、僕のスキル『スキル測量』のことを想い出して、よく見てみた。
『※試用スキルのスロットは、空けて10分経たなければ次のスキルを入れることはできない。またスキルには天職補正はつかない』
――これだ。あいつのあの連撃は、天職の『補正』だ。
ソクガは天職が『剣士』。だから多分、扱いや速度、それに必殺技なんかの補正があるんだ。
けど僕は、天職は『測量士』だし、『試用』のスキルだから補正がない。
「……なんだよ。じゃあ、天職が『剣士』だった奴には、絶対叶わないってこと?」
という事は――僕に『剣聖』なんか無理ってことなのかな?
いや――『測量士』だった段階で、『剣士』の上位職の『剣聖』なんか無理なのは判ってる。……判ってるけど、『剣術』がとれたんだから、互角なんじゃないかと思ったりしたんだ。
「生まれつき才能のある人には――勝てないってことか……」
僕はがっかりした。
やっぱり、僕には『剣士』の才能なんかない。僕は所詮、『測量士』なんだ。
僕はその日、ずっと落ち込んだまま学校で過ごし、帰路に着いた。
その校門を出る処で、不意に声をかけられる。
「クライン!」
振り返らなくても判る。……シェリルだ。
シェリルが赤い髪を揺らして、僕のところに走って来た。
「ね……今日、ずっと元気なかったけど――あんな、ソクガのいう事なんか気にしちゃダメよ」
「あ、うん……そうだね。別に、あいつのことは――もういいよ」
ソクガの事が問題なんじゃない。僕が『測量士』なのが問題だからだ。
僕は背を向けて、帰ろうとした。と、隣にシェリルが並んで歩く。
「あたし――戦闘職でよかったなんて、全然、思ってないわ」
「ふうん……」
贅沢な言葉だよ。それに、今の僕には残酷だ。
「あたしは魔導士だったけど……戦わないで済む仕事を選ぶと思う」
「――そうなの?」
僕は改めて、シェリルの顔を見た。シェリルが微笑んでいる。
「だって、別に戦ったり、争ったりしたくないもん」
「じゃあ、何がしたいの? シェリルは」
僕がそう言うと、シェリルはちょっと目を逸らした。
「その……例えば、測量の手伝い――とか、かもよ」
そう言ったシェリルが赤くなってる。
え? それ、どういうこと?
「測量の手伝いって――巻き尺の端っこ持ったりとか?」
「バカね。そういう事じゃなくて……ものの例えでしょ! もう……。あたしは『測量士』だって、きっといい天職だって思う。って、そう言いたかったの! じゃ」
シェリルはそう言うと、いきなり走り出した。
赤い髪を揺らしながら、駆けていくシェリルの背中を見ている。
「そうか……慰さめてくれたんだな。まあ、『弱い者』だし」
けど、いい子だなシェリル。可愛いし。――昔からだけど。
シェリルは幼馴染で、昔はよく一緒に遊んでた。だいぶ昔だけど。
――と、シェリルが途中で振り返る。
「春から中等学校だよ! 一緒に行こうね!」
そう言ってシェリルは手を振っている。その笑顔に……僕は一瞬、見惚れた。
そしてシェリルは、また元気よく駆け出していく。
「う…うん――」
僕の頷きなんか、聞こえないだろうけど。
けど、なんか――『測量士』も悪くない。って、思えて来たんだ。
僕は家に戻ると、レミールの背に乗って森へ出かけた。
いつもの泉の処に来る――と、誰かいる?
泉のほとりに、白金のロングストレートの髪。
ゆっくりとレミールの歩を進めると、その人は振り返った。
「あ――」
耳が横に尖っている。そして……凄い美人だ。
ちょっと本当は――『美人』、なんて言葉じゃ済まない美しさだ。
白い肌に細い顎、通った鼻筋と――綺麗な青い瞳。
まるで『美』というものを造形しようとして、芸術家が丹精込めて作った彫像のようだ。けど、それでいて冷たい感じはない。
ただ、非現実的な美しさが、幻想的な雰囲気と共にそこに佇んでいる。
――そんな感じだ。
けど、目の前の美人は現実の存在。こちらを見つめる青い瞳に、吸い込まれそうな気がした。
「あの……」
僕はあまりの美しさにぼぅっとしながら、口を開いた。
「……どうかされましたか?」
そうだ。この人は麗人族。聴いたことある。類まれな美貌を持つ一族だって。




