第八話 素振りの成果 1 拳闘の模擬戦
洋服屋のレミーナは、トミーを見て口を開いた。
「ねぇ、これ明日、解体して革剥ぎしてくれなぁい?」
「しょうがねえなあ、じゃあ今日、引き取って明日持ってくるよ」
「ありがとう、頼りになるわぁ」
トミーは笑うと、クローミンクを軽々担いで店を出ていった。
レミーナは残った僕に笑いかけると、口を開いた。
「それじゃあ、クローミンクは買い取らせてもらうわね――状態もいいし……3万ワルドでいいかしら?」
「3万ワルド?」
僕は驚いた。
「そ――そんなに高値なんですか?」
「まあ、今日のはいい状態だったからね。身体が無傷なものって、やっぱり珍しいから。けど、よく見つけたわね。そもそも中々、見つからないのよ」
そうなのか? なんか凄くあっさり見つけたんで、そこが困難という感じはしてなかった。
「まあ、もしまた狩れるようなことがあったら持ってきてちょうだい。あ、今度は最初からトミーに革剥ぎしてもらうといいわ。わたしが手間賃を払うからって、言ってもらって構わないから」
「判りました」
そう言って僕は、レミーナから3万ワルドを受け取ると、店を後にした。
角ウサギは一匹200ワルド。それに対し、クローミンクは3万ワルド……
「生き物にも値段があるってことか……」
少し複雑な気分だった。
翌日、僕はディッドたちの訓練場所にいった。
「みんな、素振りやった?」
僕の問いに、皆が頷いた。
「やったよ、一本につき50本ずつね! ――けど、これで上手くなってるのかなあ? 実感がないや」
ゾーイがそう首を傾げながら口にする。
僕はそれを聞いて、皆に言った。
「それじゃあ、僕とダガンがまず拳闘の模擬戦をしてみるよ。この間と、どれくらい違いがあるか見てて」
実は比較のためにと、前回来た時にダガンとの模擬戦をやっておいたのだ。
「パンチの――素振りをやった成果ってことか?」
「そう。この一週間、剣の素振りに加えてパンチの練習もしてたんだ」
僕がそう言うと、ディッドが苦笑しながら言った。
「前回は……まったく勝負になってなかったもんな」
――ディッドの言う通り。前回はまったく、勝負以前の話だった。
こっちが打ちかかったのをあっさりいなされ、ボコンボコンといいように殴られる。ダガンが最初から加減してくれてたから怪我にはならなかったけど、勝負にはならなかった。
「さて……クラインの素振りに、どれくらい成果があるかな?」
ダガンが笑いながら、グローブを着けて出てくる。
僕もグローブを着けながら、ダガンの前に出た。
「それじゃあダガン、行くよ」
「おう、来いや!」
ざっと構えた。左前で左の拳は軽く握る、力は入れてない。
右の拳は顎の傍。ダガンとの距離は――120cm。
前はいきなり模擬戦をやったけど、今回は違う。何が違うってそれは――
今回は僕が、自分の攻撃距離を把握してるってことだ!
拳闘での僕の攻撃距離は100cm。これは構えから前足を踏み出して打つ、ジャブが当たる距離だ。
じりじりと廻りこみながら、距離を伺う。
ダガンは身体が大きい。僕より有効間合いは遠いはず――
「――くっ!」
ダガンが踏み込んでのジャブ! 僕はそれを前手で払う。
さらに追撃のストーレートを、僕は後退してかわす。
再び間合いをとる。――危ない。今は距離110cmで、ダガンは踏み込んできた。ダガンと僕の有効距離には10cm差がある。
正直、武器術より有効間合いの有利不利が、シビアに響く世界だ。
その10cmを埋めて、僕が攻撃するには――
「踏み込むしかない!」
僕は距離を詰めてジャブを連続で放った。
ダガンが前手で払う。次はストレートを放つ――が、ダガン少し廻り込んでそれをかわすと、僕に左のフックを放った。
「がっ――」
頬にモロにもらう。やっぱり――ダガンの方が拳闘は格段に上手い。
……いや、そんな事は最初から判っていた事だ。
今の目的は勝つことではなく、訓練の成果を皆に見せることだ!
「シッ、シッ!」
連続でジャブを放つ。廻り込んでかわすダガンを追って、ボディにストレートを打ち込む。今度はフックにも注意してる。が――
「くっ……」
また顔面にもらう。今度はダガンの右ストレートが、僕にヒットする。同じストレートでも、ダガンの方が腕が長いから先に当たってる。
「くそ!」
僕は後退して、考えた。
考えてみれば、正攻法でいったって、拳闘スキルを持ってるダガンに勝てるはずもない。いや、勝てなくてもいい。一発くらいヒットさせたい。
「おい、クラインの奴――」
「パンチはよくなってるけど……まだ、勝負にはならないな」
ゾーイとゴーイがそんな話をしてるのが耳に入る。
勝負にならなくたって――
僕はじり、と距離を詰めた。
115cm。まだダガンも攻めてこない。
110cm――の領域に一瞬踏み込むが、すぐに後退する。
しかし、その入った瞬間にダガンはジャブを打ってきた。
その腕の引きに合わせて、一気にストレートを打ち込む!
「うぉっと――!」
ダガンが頭を傾けて、ストレートをかわした。
そうか――剣は頭を傾けてかわすなんてことをしても、肩から斬られるからやらない動きだが、打撃戦では有効なかわし方なんだ。
「ぐはぁっ!」
そんな感心をしてる最中に、僕の腹に衝撃がはしった。
ダガンが打撃をかわした直後に、ボディにフックをきめたのだ。
「ぐ……う……」
「おい、大丈夫か、クライン。今のは結構、強めに打ったぜ」
ダガンが心配そうな顔で僕に言う。けど、僕は無理矢理に作り笑いを浮かべた。
「まだ平気――もうちょっと、やろうよ」
「まあ、お前がそう言うならいいけどよ」
ダガンが苦笑して、また構える。
僕も構えをとった。
――待て、考えろ。とにかく普通に打ち合ったって、僕が打ち負けるに決まってる。なにせこっちには、拳闘のスキルがない。
……だとしたら、剣術の戦い方を援用するしかない。
僕の剣術の戦い方――それなら『出ばな技』だ。
相手が攻撃する無防備なところを、逆に打つ。
――いや、待て。
さっきダガンが僕にきめた打撃は、みんな『それ』じゃないか。
ストレートをかわしてフック、ストレート。
『出ばな』ではないが、こっちが攻撃をすかされた無防備なところを狙われているんだ。
じゃあ、拳闘における『出ばな』の形は?
僕はイメージを決めると、ダガンと改めて対峙する。
距離115cm。ここで敢えて、ジャブを連続で放つ。
「シッシッ――シッ――」
僕のジャブが届かないのは判ってる。けど、ダガンが踏み込んで来たら、僕のジャブが当たる距離だ。だからダガンは踏み込んではこれない。
廻りこみながら、ジャブで執拗に攻める。これは……実はクローミンクの戦法。
そしてダガンをイラつかせて、攻撃を誘うための餌だ。ダガンが動く。
ダガンがジャブ、そしてストレートを放ってきた。――ここだ!
僕は頭を沈めてストレートをかわしつつ、左の拳をまっすぐに伸ばす。
そしてその拳が――ダガンの顔面にヒットした!




