4 シェリルを追いかけて
ディッドの突然の言葉に――僕は驚いた。
「なに言ってるの!? ――クライン、帰ろうよ!」
シェリルが声をあげる。
僕はシェリルの方を見た。シェリルが不安そうな顔をしている。
――多分、シェリルは彼らが下層街の少年たちだという事だけで、もう恐れがある。だから早く、この場から去りたいんだ。
けど僕は思う。
はっきり言うと、貴族である兄のアロガンとか、同級生のソクガの方がよっぽどタチが悪い。正々堂々と勝負して、取り巻きに手を出させず、負けたら素直にそれを認めて、僕を仲間に誘う――
そんなディッドの方が、ずっと好感がもてるんだ。
「シェリル……僕は――貴族のソクガより、このディッドの方が信用ができる人間だと思うんだ」
僕がそう言うと、シェリルの顔色が変わった。
「クライン! ……本気で言ってるの?」
「うん」
シェリルは目を伏せた。少し黙っていたが、やがて口を開く。
「わたし……クラインのこと――全然、判らない!」
シェリルは踵を返し、突然、走り出した。
「シェリル!」
僕は呼びかけたが、シェリルは振り向かない。
仕方なく僕は、走っていくシェリルの背中を見送った。
「おい、彼女のこと――追っていかなくていいのか?」
仲間に起こされながら、ディッドが僕に言った。
僕はディッドに向き直る。傍にいる背の低い少年が、ディッドの額から出る血をハンカチで拭いている。
「頭部は大丈夫? 一応、ギリで止めたつもりだけど」
「軽く切れただけだ。斬れない方が危険だから、これくらいすぐ治るさ」
ディッドはそう言って笑ってみせる。
と、僕の後ろにいて水月に突きを入れた少年が、声をあげた。
「おい、ディッド! こんな貴族のガキを仲間にするって――本気かよ!」
「俺は極めて本気なんだが――クラインはどうなんだ?」
ディッドが僕を見つめた。僕はディッドを見返す。
「一緒に戦闘訓練をする話――凄く興味がある」
「そうか。けど、お前、あの子を追ってった方がいいぜ」
ディッドはそう言って苦笑した。僕は彼に言う。
「どうせ、明日、学校で会うんだ」
「バカだな、お前! そのタイミングじゃダメなんだよ! ……しょうがねえな。戦いの時は、距離もタイミングも完璧のくせに、女の子相手だとてんでダメと来てる! ――もういいから、とりあえずあの子を追いな。俺たちに興味があったら、週末に西区の教会に来な。ほら、早く行け!」
なんか知らないが、ディッドは僕をせかす。
「わ、判った。西区の教会ね。じゃ」
僕はそれだけ言うと、慌ててシェリルの後を追った。
しばらく走ると、暗くなった通りを一人で歩いているシェリルに追いつく。
「シェリル!」
「……クライン?」
シェリルが振り返る。泣いてたらしい。
……ヤバイ。これは結構、ヤバかったらしい。
「あ、あの――ゴメン、シェリル!」
とりあえず、謝っておく。と、シェリルの顔が、くしゃりと崩れる。
「クライン……ビックリしたんだよぉ! どうして急に、あんなこっちの事、脅してきた人たちの話なんか訊くの? なんで信用できるとかいうの? ――できるわけないじゃん!」
シェリルが泣きながら、僕の胸を叩こうとする。けど、その拳は力なく、僕の胸に触れただけだ。
「ごめん、シェリル……恐かったんだよね」
「……うん」
「もう大丈夫。大丈夫だから」
僕は慌てて、シェリルに笑顔をつくってみせた。
「――何が大丈夫なの?」
「え~とね……例えばだけど、味方だけど嘘つきで身勝手な奴と、敵だけど正直で潔い奴だったら――どっちが信用できる? ――みたいな話」
僕はそうたとえ話をしたが、却ってシェリルは混乱したようだった。
「あの不良たちとソクガだったら――あたしはまだしもソクガだよ」
「そうか……。けど、僕はソクガとは仲良くできないけど、ディッドとは仲良くできるかもって思ったんだ。――いや、あくまで可能性だよ」
僕は少し弁解めいた口調でそう説明した。
シェリルは涙を拭きながら、僕に言った。
「……クラインってさ――何考えてるのか判らない時がある」
「そう――かな?」
僕は自分の家も含めて、貴族階級とかどうも信用できないんだ。
けど、シェリルはそうじゃないんだろう。当然だ、シェリルは本当の、いい貴族の生まれで、その階級に守られてるのだから。
「ごめんね、シェリル。けど僕は――シェリルのことは、本当に大事に想ってる」
僕は――本当の気持ちを言った。
シェリルがはっとした表情で、僕を見る。
「ほんと……? わたしのこと――大事って」
「本当だよ。少なくとも、今、僕も周りにいる全ての人の中で――一番、大事に想ってる」
僕がそう言うと、シェリルが眼を見開いた。
そして、赤くなる。
「そ……そうなんだ――」
「うん……」
僕もなんだか、胸が詰まって、それ以上の言葉が出てこなかった。
と、シェリルが嬉しそうに微笑する。
あ~、ヤバかった。もし、追っかけてきてなかったら、シェリルとの関係修復不可能なところにまで落ちてかもしれない
――ディッド、感謝だな。僕は密かに思った。
翌日からも、学校でシェリルと普通に過ごせて、本当によかった。
そして僕は学校から帰ると、新たなことを試すことにした。
それは『舞踊』スキルを試用してみることだ。
フォーミュラの剣舞を練習する時、『剣術』を試用しても、全然、その効果は上がらなかった。
けど、『舞踊』スキルならどうだろう? これは踊り子のララと踊った時に、思いついたことだ。
「ようし、やってみるぞ!」
僕は一般スキルの一つである『舞踊』スキルを、『準備スキル』のラインナップに入れる。そして空の状態である『試用』スキルのスロットに、移してみる。
これで、『舞踊』Lv1だ。僕は『視像再現』の画面を出し、フォーミュラの剣舞を再生した。
フォーミュラの優雅な剣舞を、僕は見ながら真似る。
「……これは――」
――明らかに、舞いやすい!
武術的な有効性に囚われて硬くなってた動きが、舞踊を中心とした動きに変わることによって、一部の硬さがなくなっている。
剣舞の複雑な動きも、剣技と捉えるのではなく、純粋な舞の振り付けととらえて舞うと、すんなり身体が反応できる気がした。
それに覚えるのも、凄く進む。
そして今度は『舞踊』スキルを外して、素の状態で舞ってみた。
硬い剣術の動きだけでなく、柔らかく動かす舞踊の身体の使い方を知ったことで、素でも剣舞を少し舞えた。
一周間続けて、ようやく僕は剣舞を最後まで覚えることができた。
――と言っても、本当に型通り覚えてるだけだ。細部は全然、できてない。
けど、後は細かいところを映像を見ながら調整して、直していける。
そう思うと、また前進した気がする。
そして週末、僕はまた角ウサギ狩りに行った。
すんなり10匹狩ると、肉屋と魔道具屋に持っていく。
2000ワルドの利益が上がった。
これ以上稼ごうと思ったら、もっと上級のモンスターを狩らなきゃダメだ。
そしてもっと稼がないと、三年後に独り立ちできない。
――そのためには、もっと強くならないと。
モンスター相手は自由にできるけど、対人訓練はそうもいかない。
僕はレミールに乗ってファーストリアまで行き、西区の教会を訪ねた。
そこには――ディッドたちが、集団で訓練をしていた。




