2 下層街の少年たち
シェリルが僕から受け取ったブローチを胸につけてみる。
「ど、どうかな?」
シェリルが上目遣いで僕に訊ねた。
そんなの……可愛いに決まってる。けど――
「似合ってると――思うよ」
「そう? うふふ……嬉しい」
シェリルがそう言って、本当に嬉しそうに微笑んだ。
僕が生まれて初めて自分で稼いだお金――何に使おうかと思ってたけど……
よかった。シェリルにプレゼントできて。
「――おいおい、ガキのくせに見せつけてくれんじゃん」
ふと、路地の奥から声がする。
見ると、少年たちが何人かで歩いて来ていた。
――人相がよくない。ポケットに手を突っ込んで、こっちをナメたような顔で笑って見ている。
……多分、下層街に住む少年たちだ。
「シェリル、行こうか」
僕は踵を返して、路地から出ようとした。
が、いつの間にか、その前にも2人の少年がいる。
「よぉ、さっきは広場でえらく目立ってたな」
その中心にいる、一人、背の高い少年が僕に言った。
黒い髪が長く伸びて、少しワイルドに見える。細身だけど――明らかに彼だけ雰囲気が違う。こいつが、このグループのリーダーだと、僕は直感した。
「……何か用ですか?」
「用がないと話しかけちゃいけないのか?」
背の高い少年は、薄く笑みを浮かべながら言った。
「用がないなら、僕らは行きます」
「まあ、待てよ。俺たちはな――このファーストリアの地元の人間だ。お前みたいなポッと出てきた奴が、あんなに祭りで目立って、こっちは迷惑してるんだ。……慰謝料を払ってもらおうか」
黒髪の少年は、長い前髪の間から黒い瞳をギラつかせた。
「――そんなお金はない」
「へえ、即答か。お前、どういうつもりなんだ? いざという時には助けに来る家の奴でもいるのか? あいにくだがな、周辺には誰もいないぜ」
黒髪の少年はせせら笑いを浮かべる。
僕はそれに対して言った。
「お金はないんだ。さっき使い切った。ないから、ないと言っただけだ」
「へぇ……なるほどね。そっちの可愛い子は?」
黒髪の少年は、そう言ってシェリルを見る。
「あ…あたしは――」
「慰謝料を出してくれれば、その彼が痛い目を見なくて済むぜ」
少年がそう言うと、シェリルは顔色を変えた。
「わ、判ったわ! 持ってるだけ出すから――もうやめて!」
「ああ、いいぜ。……それと、そのブローチも置いていきな」
「これは――」
シェリルが泣きそうな顔になる。
僕は言った。
「シェリル、お金を出す必要なんかないし、ブローチも置いて行かなくていい」
「クライン……だけど――」
「大丈夫」
僕は緊張が隠しきれないまま、そうシェリルに言った。
と、黒髪の少年がせせら笑う。
「なんだ、彼女の前で、カッコつけたいのか? お前、天職が戦闘職だったんだろ?それで最初のスキルを取得してすっかり強くなった気でいやがる……。けどな、俺はそういう貴族のガキを、ぶちのめすのが趣味なんだよ!」
黒髪の少年はそう言うと、手に持ったものをブン、と振って鳴らした。
それは鉄パイプだ。
「鉄パイプが珍しいか? こんなもん、何処にでもあるだろ。けどまあ、スキル『鉄パイプ術』なんてないからな!」
黒髪の少年はそう言うと、笑い声をあげた。
すると周囲の少年も笑い声をあげる。
「貴族の坊ちゃんによぉ、『実戦』って何か判るか?」
「……どういう意味だ?」
僕は問い返しながら、スキル『測量』を発動した。
前に黒髪の少年ともう一人。後ろに三人。
もう既に、意外と近いところに接近している。
正面の黒髪の少年までは、距離256cm。その隣の背の小さいのまでが、266cm。
後ろの三人は、右斜め後ろの奴が一番近い。もう208cmの処にいる。
そして真ん中が230cm、左後ろが252cm。
全員が鉄パイプを持っている。鉄パイプの長さは、バラつきはあるが、長いもので1m。
僕が測量してる間に、黒髪の少年が笑みを浮かべた。
「『実戦』ってのはな、どんな汚い手段も許される……。例えば一対五でも――勝ったもん勝ちってことだよ!」
そう少年が言った瞬間、少年たちが動く気配があった。
僕は木剣を抜いて、一番近い、右斜め後ろの奴の小手を打つ。
そのまま動きを止めず、驚いている真ん中の少年の水月に突きを入れる。
「ぐぁっ!」
少年が呻いて、後ろに飛ばされる。そこにいた左斜めの少年にぶつかり、ぶつかられた少年に隙ができる。
僕は思いきって踏み込んで、そいつの側頭部を打った。
「うっ!」
側頭部を打たれた少年が、呻いて頭を押さえてうずくまる。
僕はすぐに距離をとって、シェリルの元に戻った。
小手を打たれた少年の手から落ちた鉄パイプが、乾いた音をたてて地面に転がる。
「こ……こいつ、なんだよぉ! 一瞬で、みんなやられちまったよ!」
黒髪の少年の傍にいた背の低い少年が、そう声をあげた。
黒髪の少年が、驚きに眼を見開いている。
「お前……その年齢で――実戦をけっこうやってるな?」
「――だったら、なんだっていうんだ?」
僕がそう言うと、黒髪の少年は口を開けて笑顔をみせた。
「おもしれぇ! 今までカモにしてきた貴族のガキどもは、みんな口だけの奴か、ビビッて金を出すかのどっちかだった。俺たち相手に戦えた奴なんて、一人もいない――貴族とか威張り腐ったところで、所詮、スキルに頼ってるだけの、ひ弱ばかりだった」
こいつは……その口ぶりだと、スキルに頼らず戦ってるってことなのか?
――まさか、僕以外にそんな奴がいるとは思わなかった。
下層街――あるいは貧民街では、そんな事が普通なのだろうか?
「けど、お前は違うな……。クソマジに自分を鍛えてる奴だ。お前みたいな本物と、俺がどこまでやれるか――前から知りたかったんだ」
黒髪の少年はそう言うと、周囲の少年に言った。
「おい、お前らは手を出すな。こいつは――俺一人でやる」
周囲の少年たちは、異論を唱えない。黙って、その指示に従うように、場所を広く開けた。
「クライン……」
怯えた顔のシェリルが、泣きそうな声をあげる。
「大丈夫。――じゃないかもしれないけど、全力で戦ってみるよ」
僕は正直なところを言った。と、黒髪の少年が、僕を見て口を開く。
「お前、クラインっていうのか。――俺はディッドだ」
「そう」
ディッドが――少し横に動く。
こいつは、きちんと間合いを見て警戒してる。明らかに、他の少年とは違う。
僕との距離は245cm。後ろ足を引きつけての攻撃可能距離は、僕は210cm。彼は僕より背が高く、足も長い。多分、間合いは僕より遠間だ。
加えて、彼の持ってる鉄パイプの長さは1m。それだけならば、僕の木剣とほぼ同じ長さだ。
けど、僕の木剣は鍔があり、刃渡りは75cm。けど彼は鉄パイプを下から5cmだけ余らせて、片手で持っている。
その事で、彼の手元から先端――剣で言えば刃渡りは、85cm。――実は、僕より間合いが長い。
単純に考えれば220cmの処で、彼は僕を打てる。
――が、多分、彼はもっと遠間から打てる。両手で木剣を構える僕より、片手である利点を生かして真半身になったりすれば、間合いはそれだけ伸びる。そして背丈も足も彼の方が長い。
この戦い……間合いだけ見れば、明らかに僕の不利だ。




