第五話 将来を見据える 1 アロガンとの決闘
僕は斬らずに、敢えてアロガンを剣で『殴った』。アロガンは僕を殺すつもりだったかもしれないが、僕にはそんなつもりはない。
殴られて吹っ飛んだアロガンは、壁にぶつかると床に転がった。
そこから顔を上げると、信じられないものを見る眼つきで僕を見ている。
と、突然――
「いってぇえぇぇぇっ! いてぇよおっ! イテエェェッッ!!!」
アロガンはなりふり構わずに大声を上げた。
……なんだ、こいつ? 恥ずかしくないのか?
すると声を聴きつけた使用人たちがやってくる。最初に来たのは、執事のバローだ。
「アロガン様! クライン様! ――これは…一体?」
「こいつがっ! クラインが、俺のことを待ち伏せして、いきなり襲ってきやがったんだ!」
アロガンは床に転がったまま頬を抑えて僕を指さした。
「な――何を……」
「俺は何もしてないのに、こいつがいきなり俺を殺そうとしたんだ。俺は咄嗟に自分の剣で防御したけど、こいつの不意打ちに押されて自分の剣で、自分の顔を打っちまった!」
こいつ! 何を言い出すんだ!
「ふざけるな! 僕を殺そうとしたのは、お前の方だろう! 自分がやられたからって、都合のいい嘘をつくな!」
「俺は模擬剣だったけど、こいつは俺を殺すつもりだったから、実剣を持ってるんだ! 見てくれ、そいつの剣を!」
アロガンの言葉に、バローが僕を見る。
「クライン様……その剣をお見せください」
「違う! 僕は実剣を持ってるけど、これはモンスター狩りにいったからだ! こいつが僕のことを襲てきたから、自分を守っただけだ!」
「クライン様、もう一度言います。――その剣をお見せください」
執事のバローが厳しい表情で僕に迫る。
僕は……仕方なく、震える手で剣を渡した。
「これは……間違いなく、実剣ですね。――そしてアロガン様の方は、模擬剣。殺すつもりがあるのがどちらかは、明白ではありませんか?」
「アロガンは僕が非戦闘職だから、侮って模擬剣で襲ってきただけだ!」
「では、何故、非戦闘職のクライン様が、実剣などお持ちだったのでしょう?」
バローが冷たい――静かな眼で僕を見つめる。
完全に、僕が疑われている。
「後継者に決まったアロガン様を恨んで、亡き者にすれば自分が返り咲けるとのお考えがあったのでは?」
「そんな事……まったく考えてない!」
僕は叫んだ。バローの足元にいるアロガンを見る。
アロガンが、歪んだ笑みを浮かべていた。
「アロガン! お前、汚いぞ!」
「汚いのはお前の方だ、クライン! 不意打ちなんかしやがって――そうでなければ、測量士のお前なんかに、俺がやられるか!」
アロガンが身体を起こしながら、口元の血を拭く。
そうこうしてるうちに、他の使用人やメイドたちも何事かと現れてきた。
「何があったんだ?」
「クライン様の――逆恨みらしいですわ」
「自分が戦闘職でなかったからって、何もこんな……」
皆が僕を疑いの眼で見ている。
違う! 違うんだ――僕じゃない!
「――何事だ」
その時、低い声が辺りに響いた。
使用人たちが、さっと廊下を開ける。
現れたのは――父さんだった。
「何があった?」
父さんが、バローに訊いた。と、バローが答える前に、アロガンが声を上げる。
「父さん! クラインが俺を狙って不意打ちしてきたんだ!」
「……それで――お前は負傷したのか?」
父さんにそう訊かれ、アロガンの顔が強張った。
「それは……こいつが不意打ちして来たからだ――」
父さんはアロガンから目を移し、僕を見つめた。
「クライン、アロガンを不意打ちしたのか?」
「不意打ちなんかしません! アロガンが僕を殺すといって剣を向けてきから……剣の峰で殴っただけです!」
僕の言葉を信じるとは思えない――けど、僕は事実を言うしかなかった。
父さんが、厳しい目つきのまま僕に近づいて来る。
と――不意に父さんが手を振った。殴ってくる!
「く――!」
僕は後退して、その拳をかわした。
拳をかわされた父さんが、驚きの眼で僕を見ている。
「こいつ、逃げるのは昔から得意なんだ! この卑怯者!」
父さんの後ろから、アロガンが声をあげる。
すると父さんは、踵を返した。
アロガンに近づく。と――いきなりアロガンを殴った。
「ぐわぁっ!」
アロガンが吹っ飛んで、床に倒れる。
その倒れたアロガンに向かって、父さんは言った。
「恥を知れ! 武門の家に生まれていながら、たとえ不意打ちであろうと非戦闘職に後れをとるなど――自ら声を大にして言うことか!」
「と、父さん……」
アロガンは殴られた頬を押さえながら、涙を浮かべている。
と、父さんは僕に振り返った。
「クライン、お前はアロガンを殺そうとしたのか?」
「そんなことしない!」
僕は大声で答えた。
と、バローが声を上げる。
「しかし……アロガン様が持っていたのは模擬剣なのに対し、クライン様が持っていたのは実剣。それは紛れもない事実です」
バローの言葉を聴いて、父さんが僕に言った。
「どうして実剣など持っていた?」
「モンスター狩りをするためです!」
「……何故、非戦闘職のお前が、モンスター狩りなどする?」
父さんが厳しい眼で、僕を見ている。
「……そんなに…ヘンですか?」
「なに?」
「僕が――非戦闘職が、実剣を持ってモンスター狩りをするのが、そんなにヘンですか?」
僕は、震える声で父さんにそう言った。
判ってもらえない――絶対。
「そんな奴はこの社会にはいない。非戦闘職なのにモンスター狩りをするために実剣を持ってた――などと苦しい言い訳をするな。アロガンを殺そうとしたなら、殺そうとしたと素直に認めろ」
「僕はアロガンを殺そうとなんかしてない!」
そう叫んだ後で、僕は自分がまだ角ウサギの角を持ってるのを想い出した。
「これを見てください! ――僕が狩った、角ウサギの角だ!」
僕は床に、五本の角ウサギの角をバラまいた。
乾いた音が床に響き、父さんはそれを静かに見降ろしている。
「……そんなものは、幾らでも準備できる。お前がモンスター狩りなど、できるはずがない」
「父さん!」
……どうして信じてくれないんだ。どうして僕のいう事を聴いてくれないんだ?
どうして――そんなに冷たい眼で、僕を見るんだ。
「クライン、今後いかな理由であれ、アロガンに手を出したらお前を殺す」
父さんが……凄みのある表情でそう言った。
本気だ。きっと、本当に父さんは僕を殺すんだろう。
父さんはアロガンの方を振り返る。
「アロガン、たとえ不意打ちであれ何であれ、非戦闘職に遅れをとるような者はクロスフォード家にはいらぬ。その時は――お前も殺す」
「ヒッ!」
アロガンが泣き顔で、声を洩らす。そして父さんは、周囲の使用人たちに向けて声を上げた。
「此処にいる全ての者は、今回の件を決して他言するな。今後、もしこの話がどこからか洩れたと判ったなら、誰から洩れたかを必ず突き止め――そいつを我が手で必ず殺す。いいな?」
父さんの本気の声に、使用人たちは恐怖の表情で頷いた。
それから父さんは、僕を冷たい眼で一瞥すると――去っていった。




