4 スキルシステムへの疑念
座り込んだままの無精髭は、僕を睨みつけた。
「スキルがなくてもできることだと――? 何を世迷言を……」
「僕が出会ったエルフさんは、スキルがなくても凄い剣の使い手でした。スキルがなくても――剣が使えるように、他の事もできるはずです」
僕がそう言うと、無精髭は吐き捨てるように言った。
「ケッ! あんな劣等種の連中と同じにすんな!」
「スキルがなくても立派に色んなことができる人たちと、スキルがないからって盗賊に身を落とす人の――どちらが劣等なんですか?」
「なんだとっ!」
僕の言葉に、無精髭が怒鳴り声をあげる。
けど、僕はさらに言った。
「脚が悪くなったなら、それでも使える剣を工夫するか、料理とか建築とか別のことができるようになるまで努力すればよかったんだ。……なんの努力もしないでプライドばかり高くて、挙句、人の物を脅したり襲って盗むような盗賊に、なんの同情心も沸きません。けど――僕はあなたみたいな人を殺すのは嫌だ。もういいでしょう、僕は行きます」
僕はそれだけ言うと、踵を返してレミールに歩み寄った。
「行こうか、レミール」
ブルルル、とレミールが頷く。僕はレミールの背に乗った。
「待て! 俺を殺していけ!」
「死にたいなら自分で死んでください。死ねないなら……生きる努力をしてください」
僕はそれだけ言うと、レミールを走らせた。
気分が悪かった。
勝負に勝って、高揚してもいいはずだ。けど、凄く気分が悪かった。
――どうしてなんだろう? 僕はレミールを走らせながら考えた。
あの盗賊は、元冒険者の剣士だ。きっと天職が『剣士』だったんだろう。
希望を持って剣士になり、冒険者としてモンスターと戦ったりしていたはずだ。
なのに、怪我一つしただけで、スキルが上手く使えなくなり――そこから落ちぶれた。スキルに頼り過ぎたせいだ。
天職でスキルが制限されている以上、その天職がなんらかの理由でできなくなっても、他のスキルを取得できない。
例えば戦闘職をやりたくないからと言って、そこから実用職のスキルが取得できるわけじゃない。もし、あの盗賊が実用スキルが取れていたなら、盗賊なんかにならなかったはずだ――
そんな事を考えると、世の中のシステムが――いや、スキルシステムが不合理に思えて許せなくなってくる。けど、このもやもやを何処にぶつけたらいい?
その回答がないから、僕は苛立っているんだ。
そんな事を考えて、帰宅すると、タイミングの悪いことにアロガンに会った。
「なんだお前、遅い帰りだな。学校から家までの距離を測量でもしてたのか?」
小馬鹿にしたように、アロガンがせせら笑う。
僕は言い返した。
「そうさ。学校から家まで――そして世の中まで……どれくらい距離があるか考えてたんだ」
「ハッ! 暇な奴だな! まあ、測量士のお前には似合いだよ! 俺は二年後には王立武統学院に入らなきゃいけないからな。未来のないお前とは違って、忙しいんだ。さっきまで学校で模擬戦をやってたところさ」
そう言うとアロガンは、腰に差した練習用の模擬剣を見せびらかした。
模擬戦ね――
「そう、じゃあ頑張って」
僕は面倒くさくなって立ち去ろうとした。
と、僕の背中にアロガンの声が響く。
「俺はお前の母親みたいな、偽物剣聖じゃなく、本物の剣聖になるからな! 母親が偽物だったから、お前は測量士なんかに生まれたんだろうよ!」
……なんだと。
今――なにを言った?
「お前……今、なんて言った――?」
「俺に向かって『お前』だと! お前、いつからそんな偉そうな口をきくようになったんだ!」
「黙れ! 母さんのことを偽物って言ったな……取り消せ。そして天国の母さんに謝れ――」
僕は怒りが沸きすぎて、頭が真っ白になった気がした。
が、そんな僕を見てアロガンはせせら笑う。
「誰が謝るか、バーカ! 剣士の俺様が、測量士のお前に謝るわけねえだろっ! お前こそ、俺に『お前』って言った事を謝れ! そうでなければ、今すぐお前を叩きのめしてやる!」
「叩きのめすだと……」
僕は沸騰寸前の怒りのなかで、アロガンに怒鳴った。
「やってみろ、このドブネズミ! 人の家に薄汚い足で入り込んできたドブネズミのくせに、偉そうにするな!」
僕の言葉を聴いて、アロガンの顔が真っ赤になった。
凄まじい形相になって、アロガンが口を開く。
「てめぇ……よくもそんな事を言いやがったな――。ここでてめぇを殺しても……きっと父さんも文句は言わねえよ」
そう言うと、アロガンは剣を抜いた。
「言っとくがな、模擬剣でもまともにくらえば骨が砕けるくらいの威力はあるんだぜ……頭に喰らったら――即死だ」
アロガンはそう言うと、自分の言葉に興奮したのか、荒い息を吐いて薄笑いを浮かべ始めた。
「そうだ……ここでこいつを殺す――俺は莫大な経験値を得て、剣術レベルが上がるはずだ。俺の王立武統学院行きが、また一歩近づく!」
アロガンは興奮して息を吐きながら、剣を構える。
僕は――一歩下がって剣を抜いた。
と、アロガンの顔色が少し変わる。
「なんだ、てめぇ……やるつもりか?」
「言っとくけど、これは模擬剣じゃない。実剣だ――当たれば怪我で済まないかもしれないぞ」
僕は一応言った。アロガンは僕の言葉を聴き、一瞬、目を剥く。
しかしすぐ後に、薄笑いを浮かべた。
「幾ら剣が実剣でも、お前は測量士――実用職だよなあ? そんなお前が、剣士の俺に勝てるとでも思ってんのか?」
僕はもう面倒になって言葉を返さない。それより――『測量』!
アロガンとの距離は320cm。まだ二人とも、届かない距離だ。
相手の剣を測量。アロガンの剣は刃渡り75cm。僕のものと変わらない。
という事は、有効間合いも僕とほぼ同じだ。
後ろ足を引きつけての踏み込みで、210cm。――それが僕らの間合いだ。
「へへ……ビビってんのかよ、クライン。お前はそうだよ、昔からビビりの泣き虫だった」
アロガンがせせら笑いを浮かべながら、じり、と踏み込んでくる。
距離が20cm詰まる。
「そうだ……お前は一年年上で体格がいいことをカサにきて、抵抗しない僕をイジめる最低な奴だ。――昔からな」
「ヘヘッ――まあ、いいじゃねえか。お前をイジめるのはもう終いだ。何故なら、お前はここで死ぬからな」
アロガンがさらに間合いを詰めてくる。距離――260cm。
顔は笑っているが、こちらを侮ってはいない。実剣を持った僕に対して、慎重に間合いを詰めてきてる。
――これが天職『剣士』の才能か。
僕は歯噛みしたくなる思いとともに、このアロガンを攻略する方法を考える。
……待てよ、アロガンは僕が『剣術』スキルを持ってることも戦えることも知らない。そして僕みたいに、正確に自分の攻撃可能距離を知ってもいない。
アロガンの攻撃を誘うんだ。
「イヤアァァッ!」
僕はわざと大振りに横に剣を振ってみせた。距離は50cmだけ詰める。
アロガンとの距離は210cm。アロガンにとっての、攻撃可能距離。
「へっ! ド素人が!」
侮ったアロガンが軽侮の声を上げながら、僕に斬りかかって来る。
だが僕は、剣を横にしたまま10cm下がった。
僕の眼の前を、アロガンの剣が振り落ちていく。
こいつ――本当に僕を殺すつもりだったな。
「イヤアァァァッーー」
僕はそこから逆向きに、剣を横ぶりに振る。
自分の剣が紙一重でかわされ、横から攻撃が来ることをアロガンが――絶望的な顔で悟った。
「ダアァッッ!!!」
剣を当てる時――ぎりぎり剣を刃の向きを変え、峰の平らな部分で殴った。
「ぐぼぉァっ――!」
横から剣に、顔を殴られたアロガンが吹っ飛んだ。




