3 盗賊との戦い
ギン、と金属音がして、僕の一撃が無精髭の剣に防がれた。
無精髭が跳び退いて、間合いをとる。
「おぉ、あぶねえ、あぶねえ! まさか躱しざまに攻撃してくるとはな。……お前、意外に実戦を積んでるな?」
無精髭がそう言って笑う。
いや、実戦は今日の角ウサギ戦が初めてだ。何を言ってる?
無精髭との距離250cm。こいつは、この距離では攻撃してこない。
……おかしい、何か見落としてるぞ?
その時、僕はふと気づいた。
こいつの剣――僕のより長い!
『測量』! 無精髭の刃渡りは85cm――それに対して、僕の剣の刃渡りは75cm。
僕の方が、10cmも短い!
「……どうしてだ?」
剣が長い分、リーチ――攻撃可能範囲は広がる。
にも関わらず、こいつは僕と同じ210cmの処で攻撃してきた。
どうして、間合いの優位を使わないんだ?
ふと見ると……無精髭は左脚を少し引きずっている。
こいつ――脚に故障があるんじゃ?
無精髭が僕の目線を追っている。僕が彼の故障に気が付いたことに――気付いただろうか?
僕は少し間合いを詰める。その距離――215cm。
こいつの攻撃可能距離は210cm……。
その圏内に入ると、剣術Lv5の剣が襲って来る。
210cmに踏み込む直前に、僕は横にずれる。すると間合いが変わる。
――が、その少しのズレで無精髭はかかってこない。けど、実は……間合いは210cm圏内だ!
「ダアッ!」
僕は無精髭に斬り込んだ。無精髭が驚いた顔で、攻撃を受ける。
相手に攻撃の機会を与える前に、僕は圏外に離脱した。
無精髭が冷や汗を垂らしながら、口元に笑みを浮かべる。
「……まさか、そっちの方から攻撃してくるとはな――。意外と根性あるじゃねえか、小僧」
僕は円周を描きながら、攻撃の機会を伺う。
やっぱり――この人、足を故障してる。後ろ足の左足がうまく動いてないから、こっちの間合い取りに対応できてない。
「――どうやら、俺の足に気付いたようだな。そうだよ、この左足は固まっちまって、うまく動かねえ。冒険者だった頃に、格上のモンスターと遭遇して死にそうになって…なんとか逃げかえった痕跡さ……」
「治癒を受ければ治るんじゃ?」
僕は疑問に思い、安全圏からそう訊いた。無精髭が苦笑する。
「そうだよ。その時、すぐに治癒を受ければちゃんと治った。けど、俺はもう金が尽きてて、すぐに治癒を受けられなかったんだ。軽く考えて自然に治るのを待ってたら――おかしな風に固まっちまった」
無精髭の苦笑が消え――眼がギロリと血走っていく。
「それからだ――俺の人生が狂ったのは……。脚を故障しただけで、俺はそれまでのように剣術スキルを駆使できなくなった。実力が低下した俺をパーティーは見捨てた。ギルドも俺のランクをCからDに落として、実力相当のクエストを受けるように言ってきた……」
うつむいて語っていた無精髭が、そこで突然、僕を見る。
「そんな屈辱があるかっ! 俺はなんとかCランクまで上り詰め、まだまだこれからだったんだ! それが……Dランク――いや、Dランクの連中も、俺と組んでは二度と勧誘しなかった――」
そう語る無精髭の唇が震えている。
「判ってるさ……剣術スキルLv5があっても、俺はそれをもう使いこなせねえ。けどな――戦いに不十分なのは、対モンスター戦だけだ。対人間相手なら、俺はまだ俺のスキルを発揮できる。……小僧、俺の弱点を見破ったからって勝てるなどと思うなよ。俺は――てめぇより格上なんだ!」
そう叫んだ無精髭が、故障してる左足を引きつけて攻撃してくる。
これは――飛燕連撃!
「くっ――」
初手の小手への一撃をなんとか受ける。脇腹への追撃も防御――そして間合いをとって膝への三撃目をかわす。
と、間合いを取ってかわした僕に、さらに側頭部への攻撃が振ってきた。まずい!
「ぐ……」
ギリギリで剣を立てて防いだが、剣圧で押し込まれる。自分の剣が押されて、僕の頭にぶつかる。
「死ね!」
無精髭は五撃目――心臓への突きを放ってきた。
僕は後退する。けど……
無精髭との距離は170cm。これならあいつは、前足の踏み込みだけでギリギリ届く距離だ。
僕の心臓が刺される!
「くぅ――」
だが、切先が僕の胸に刺さるかと思った瞬間、無精髭がよろめいた。
左足の踏んばりがきかず、身体がぐらついたんだ。
切先は僕に届かず、僕はなんとか剣から離れる。
助かった! 僕と無精髭との間に距離ができる。その距離、230cm。
これは、どちらも届かない距離だ。
「チッ……くそ、この足が――」
無精髭は歯噛みしている。
無精髭は落ち着きを失ってる。待てよ――この動揺。
――今が千載一遇のチャンスだ!
「ウオオォォッ!」
僕は気勢をあげて、踏み込んだ。そのままでは僕の攻撃は届かない。
けど、落ち着きを失った無精髭は、反撃しようと自身も攻撃に踏み込んできた。
「そこだ!」
そう、そうやって相手から近づいてくるのが狙いだ。
相手が踏み込んだ事で――距離200cm! これは斬れる間合いだ!
「ダァッ!!!」
僕は剣を真っすぐに一閃した。
無精髭の繰り出した剣を逸らせて、僕の剣が無精髭の頭頂部に当たる。
「ぐわおぅっ!」
無精髭が額を斬られて呻く。そう、これは角ウサギの傷目の角を逸らして、相手を切ったあの技だ。
「くっ――くぅぅぅ……」
無精髭頭を手で押さえて、後退した。そして――その場に座り込む。
その額を抑えた手の下から、血が流れ出した。
一撃で無精髭の頭を割れなかったのは、無精髭の後退が素早かったからだ。
剣術Lv5は、嘘じゃない。ギリギリのところで致命傷をかわたんだ。
「ク……バカな。『出ばな技』だと――」
座り込んだ無精髭は、額を真っ赤に染めながら眼を見開いていた。
っていうか、『出ばな技』?
僕の剣術スキルが教えるところでは、それは相手の『出ばな』――つまり出る瞬間を斬る、というのが『出ばな技』だ。
攻撃の瞬間は、最も無防備になる。そこを狙う『出ばな技』は、素剣の技としては最高技だという。僕は『出ばな斬り』と、ざっくり理解した。
「クックック……」
無精髭は座り込んだまま、顔を覆っている。
――笑っているのだが…多分、泣いている。
「こんなガキに『出ばな技』で負けるとはな……やっぱり、俺には特別な才能なんかなかったってワケか――」
「もう終わりでいいでしょう。早く治癒しないと、今度こそ本当に死にますよ」
僕がそう言うと、無精髭は苦笑した。
「お前……俺にとどめを刺さないつもりか?」
「――別に、あなたの命なんか欲しくない。……あなた、もしかして死に場所を求めてたんですか?」
僕の言葉に、無精髭は眼を見開いた。
「俺が……? いや――そういえば……そうだったのか――」
そう呟くと、無精髭は拳で眼を覆った。その下から、涙がこぼれている。
「俺は剣士として生きてきて……剣士に必要なスキルだけとって生きてきた…。それが剣士として欠落があるとしても――他にもう生きようがなかったんだ……」
「――スキルがなくたって……他にできる事はありますよ」
僕は地面にうずくまる無精髭に――そう言った。




