2 老婆と盗賊
店の奥にいた老婆は、いきなり僕のことを『クロスフォード家の坊ちゃん』と呼んだ。
なんで!? なんで――この人、僕のことを知ってるの?
「あの……僕のこと、知ってるんですか?」
「ああ。クロスフォード家にはよく出入りしてたからね。……前の奥さまが存命の時はね」
あ――そうなんだ。
「そっか……そうなんですね――」
「まあ、今の奥さんには用ないし、旦那にも用無いからここ数年は顔も出してないけど。ふん――大きくなったねぇ、クライン坊ちゃん」
「そ…その坊ちゃんってやめてもらえますか」
僕は老婆に言った。と、老婆がにやつく。
「なあんだい、ちっとは色気づく年になったんだねぇ」
「いえ……僕は、あと三年でクロスフォード家を出される身なので――」
僕は、思ってた事を正直に言った。と、老婆は目を丸くする。
「なんだい、そりゃ? どういうことだい?」
「いや……あの――」
僕はかいつまんで、僕の天職が測量士だったので、父さんが僕を三年後に家から追い出すと言ったことを話した。
老婆はそれを聞いて、憤慨する。
「なぁんて奴だい、あの男は! 実の子をおっぽり出そうとするなんて!」
「いえ……父さんにとっては、武門の家柄の方が大事だし……家にはアロガンもいるから、兄さんに家を継がせればいいと思ってるんです」
僕の言葉を聴いて、老婆は憤慨した。
「あの性悪女のバカ息子かい!? まったく、クロスフォード家もお終いだよ! ……まあ、別に武家貴族の家がどうなろうと知ったことじゃないけど、それじゃあ奥様があんまりだよ」
「母さんのこと、知ってるんですか?」
僕は老婆に訊いた。老婆は頷く。
「剣聖クレア・ソルを知らない者なんていないさ! あたしはクレアがまだ冒険者だった時代に、魔導具を色々世話したもんだよ。腕は一流なのに、気の優しい娘で――本当にみんな剣聖クレアを好きだったねぇ」
老婆は懐かしそうに、そう目を細めた。
そっか……この人は、僕の知らない母さんを知ってるんだ。
「――それで? 今日は坊ちゃん……クラインは何の用だい?」
「あ……角ウサギの角を持ってきたんです」
僕は鞄から角を5本取り出した。
「ほぅ……これ、クラインが獲ったのかい?」
「はい」
「けど、5本はちょっと少ないね。買い取りは10本以上からだよ。10本以上になったら、1本につき100ワルドで買いとるよ」
老婆はそう言うと、にっと笑った。
「あ、ありがとうございます! じゃあ、もうちょっと獲ってきます」
「ああ、頑張りな」
僕はそう言われて、店を後にしようとした。と、ふともう少し気持ちが残った、
「あの……たまに、母さんの話を聞きにきてもいいですか? えと……」
「ドーマだよ。元魔導士のドーマ。――まあ、いつでもおいで」
ドーマはそう言うと、僕に微笑んでくれた。
店の外に出ると、もうすっかり陽が暮れていた。
「いけない、いけない。早く帰らないと――じゃあ帰ろうか、レミール」
僕はレミールを引いて商店街を出ようとした。
その商店街の灯りが途切れ、人気のなくなった時、不意に僕の眼の前に人影が現れた。
「おい――」
その人影は、僕の行く手を阻むように立っている。
「その馬を置いて行け。そうすれば、命は助けてやる」
その人影はそう言った。
よく見ると、とかしてない髪、無精髭――不潔な服装。
明らかに風体のよくない男だった。
男は腰の鞘から剣を抜く。
「聞こえたよな? 死にたくなければ……馬を置いていけ」
――盗賊だ。
一瞬で、僕の全身に緊張が走った。
僕を脅して――レミールを奪おうとしている。
いう事をきかなければ、僕を殺す……そう言ってるんだ。
どうする? いうことをきくのか?
……嫌だ。レミールは、母さんも大事にしてた、母さんと一緒に乗った大事な馬だ。ずっと子供の頃から、一緒に育ってきたんだ。
「この馬は……大事な馬なんです。他の馬なら――あげますから」
「そんな時間はない。お前はここで決断するんだ。――俺の言うことをきいて、その馬を置いていくか……それを拒否して俺に殺されて、馬も結局奪われるか、だ」
レミールを諦める選択肢はない――ということか。
と、無精髭は突然、口元を歪めた。
「しかし……他の馬ならあげます――か。いいところの坊ちゃんらしいセリフだな。そんな事を気楽に言える立場が、どれだけ恵まれてるか考えた事もない顔だ」
無精髭がそう言って、僕の顔を睨む。
「決めたぜ。……絶対にその馬をいただく。お前が大事にしてるからこそ、俺はお前からそれを取り上げる。さあ、どうだ……選択しろ。馬とお前の命――どっちを取るんだ?」
無精髭はそう言うと、にぃと笑ってみせた。
こいつは――絶対に自分が優位だと思ってる。僕がもし腰の剣を抜いたとしても、自分が勝つということを疑ってない。
――戦うか? 戦えるか、この男と?
けど戦わなければ……大事なものを奪われる。
母さんとの思い出も、僕の誇りも。
そう思った時、僕の中で何かが一斉に沸き立った。
僕は腰の剣を抜く。無精髭に向かって、剣を構えた。
同時に、僕の中では忙しくステイタスを動かしていた。
『治癒』をした後、試用スキルから抜いておいて正解だった。
僕は準備スキルから『剣術Lv1』を試用スキルに入れる。
そのタイミングで、無精ひげが笑った。
「ヘヘぇ、いいね! そうこなくちゃな! そうでなきゃあ――奪い甲斐がないってもんだよ!」
無精髭はそう言って、舌なめずりをした。
もう、戦いは始まってる。――まず『測量』!
無精髭との距離は325cm。まだ相手も斬りかかってこれない距離だ。
無精髭がじり、と歩を進める。距離、315cm。
僕はレミールを戻しながら、下がる。また325cm。
と、無精髭が言った。
「言っとくが馬に乗って逃げようとしたら、その瞬間に馬を斬りつける。そして落馬したお前を殺すからな」
無精髭はそう言いながら、間合いを詰めてくる。
僕の全身に――緊張が走っている。
「レミール――少し向うに行って」
僕は軽く、レミールの背を押した。レミールが少し歩いたところで歩を止める。
「ほう、逃げ出したりせず、主人を待つか。賢い馬だな、ますます欲しくなったぜ!」
「レミールは……絶対に渡さない」
無精髭が近づいて来る。――距離280cm。
角ウサギなら、もう攻撃してくる距離だ。だが、無精髭はまだ攻撃してこない。
僕の攻撃可能距離は、後ろ足を引きつけた踏み込みで210cm。
相手がそこまで入ったら――行く覚悟がある。
「小僧……思ったより、やるな。剣術スキルを持ってるだろう? だが、小僧のお前は恐らくまだLv1。それに対してな――」
無精髭の眼が据わる。距離は210cm、だが――僕が行く前に来る!
「――俺はLv5だっ!」
気圧されて先に出られた!
無精髭の剣は唸りをあげて襲いかかってくる。これは――
「飛燕連撃!」
小手、脇腹に剣が襲い掛かる。
――ソクガの木剣の攻撃とは違う。喰らったら、致命傷になる。
「くっ!」
二手目までを防御! そして三手目の膝狙いの一撃を、後退して躱す。
――と同時に、僕は剣を無精髭の頭に斬り下ろした。
「イヤアァァァッ!」




