第四話 街の風景 1 はじめての商店街
地面に落ちた傷目の角ウサギが、僕を見ながら立ち上がる。僕は言った。
「これで僕とお前……お互いに傷一つずつの引き分けだ。――いい勝負だった」
傷目が僕を、赤い眼でじっと見ている。
「ギ……」
何か小さく鳴いて、傷目は背中を見せると跳び去っていった。
僕はなんだか、凄く満たされた感じがした。
と、手の傷が痛みだす。
「いたたた……我に返ると痛いなぁ。戦ってる最中は、痛みなんか感じてなかったのに」
人間の生理感覚って不思議だ。そんなことを思いながら、僕はステイタスを表示した。
「今、試用スキルに入ってる『剣術Lv1』を抜いて――」
それから僕は、『試用可能スキル一覧』を見る。もちろん、目的は『治癒』のスキルだ。
「よし、じゃあ『治癒』を獲得。準備スキルに入れる」
『準備スキル』のスロットに『治癒』が入った。これで五個のスロットに入っているのは、『剣術』『火炎魔法』そして『治癒』だ。
「けど、10分経たないと、『試用』できないんだよね?」
一応、試用スキルに入れようとしたがダメだった。しょうがないので、まずはここまでにする。
それまでに倒した五体の角ウサギを紐で結んで、僕は待たせてあるレミールのところに戻った。
「角ウサギって、多分、お金になるよね? ……あ、そろそろいいかな」
もう10分経ってるだろう。僕は『治癒』を『試用』に移す。
「よし、じゃあ『治癒』!」
自分の左手を、右手の甲の傷にかざす。と、治癒魔法の光が出て、僕の傷がすぐに治った。
「おお、治った! やっぱり凄いな、魔法。できたら戦闘する時は、常に『試用』スキルに入れときたいくらいだけど、そうすると他の戦闘スキルが入れられないもんなぁ」
悩むところだ。試用スキルの数がもっと多ければいいんだけど。
――あ! そういう事か。
「そうか、僕自身が測量士として成長すれば、『試用』スキルの数や準備スキルの数も増やせるかもしれないんだ! ……くぅ~――」
なんか、そう思うと武者震いしてきた。
もっと成長したい! そして、もっと強くなりたい!
そんな事を思いながら、僕は村の商店街へと行く。
実は――あまり村の商店街へは来たことがない。
というのも、父さんが――
『平民の村の連中などと親しくするなど、もっての他だ! 我々貴族は連中を管理する側なんだからな! いいか、街の商店街など下賤な場所に顔を出すな』
そう厳しく言うんで、僕は村の商店街にはまったく入ったことがなかった。
僕の行っていい先は貴族の集まるような処だけで、それは中央の街の貴族の館とかばかりだった。
「けどもう……僕はクロスフォードとは関係なくなるんだ。だから、何処に行ったってかまわないだろ」
僕はそう呟くと、ふと誰も馬に乗ってないのに気づいた。
馬を引いてる人はいる。僕は慌ててレミールから降りて、その手綱を持って歩くことにした。
見知らぬ商店街を、一人でうろついた。
色んな商店がある。野菜を売ってる店、洋服や、生活用品を売ってる店など様々だ。そして――何処もキラキラしてる気がする。
「こんな楽しい処に……どうして今まで、こなかったんだろう」
もっとこの商店街のことを知りたいな。そう思った時、探していた店が見つかった。
「あった、肉屋!」
骨が飛び出てる肉の看板があり、僕はレミールを店先につなぐと、角ウサギをつないだ束を抱えて店に入った。
「いらっしゃい! お、何か持ってきたのかい?」
店の奥にいた主人らしき男性が、僕を見て声をあげる。
「はい。角ウサギが獲れたんで、買ってもらえるかと思って」
「どれ、見せてみな」
僕は角ウサギの束を渡した。
「ほう、いいじゃないか、今日、狩ったな?」
「うん。買ってもらえますか?」
と、店の主人は僕をじっと見つめる。
「あまりこの辺で見ない顔だな。坊主、何処から来た?」
「えっと……西の方」
嘘ではない。屋敷は此処から見れば西の方だ。
と、主人は僕を上から下まで眺める。と、僕に囁いた。
「もしかして……坊ちゃんの腕試し、ですかい?」
バレた!? 僕がクロスフォードの次男だって。
「おっと、正体は言わなくてもいいぜ。こっちはいい肉が手に入れば、それで結構。妙な気も使いたくないし――そっちもそうだろう?」
僕はうんうんと頷く。
「けど、呼び名くらいは聞いとかないとな。俺は肉屋のトミー」
「あ……僕はクライン」
本名だけど――名前だけならいいだろう。
「そっか、クライン。それじゃあ、一匹につき100ワルド。それでどうだ?」
「いいです。それでお願いします」
トミーはふっと笑った。
「あのな。そういう時は、もっと高めの額を要求して、それから交渉して段々値段を落としていく。まあ、俺の言ったのは相場の適正価格だから心配はしなくていい。けどな……その調子じゃあ、育ちがいいのがバレるぞ」
そう言うと、トミーはにっと笑った。
やっぱりバレてる! ……けど、そこは知らないっていう体でやってくれるんだ。
「あ、ありがとうございます」
「それそれ! その口調もちょっとな。もっと雑な言い回しにしな。それに、着てる服もよすぎる。もっと簡素な服にするんだな。それじゃあ、ちょっと待ってな」
トミーはそう言うと、ウサギをぶら下げて奥に入る。
と、奥からトン、トンと音がした。
やがて戻ってきたトミーは、手に何か持ってる。
「ほい、これは別の店へ持っていくんだ」
トミーが差し出したのは、角ウサギの角の部分だ。ナイフみたいのが、五本ある。
「別の店?」
「角ウサギの角は、魔導具として再利用される。大した額じゃないが、それは別料金だ。通常、冒険者は自分で角を斬りおとしてから、肉屋に肉だけ持ってくるのさ」
「な……なるほど」
僕は感心して、驚いた。と、トミーがお金を持ってくる。
「ほい、500ワルド」
「あ、ありがとうござ――は!」
いけない、いけない! 口調!
「あ、ありがとな」
「ハハッ! お前、面白いな! そうだな……これからも仕入れてくれるんだったら、五匹までは買うよ。それ以上は余らすかもしれないからな。だから、あまり張り切るなよ?」
「あ、はい、判りました。――って、いや、判ったぜ!」
僕がそう言うと、トミーは笑った。
「角ウサギの角は、この先の魔道具店『ドーマの店』に行くといいぞ」
「あ、ありがとな! じゃ!」
僕は礼を言うと、トミーの店を後にした。
いやぁ……色々、ドキドキした。
けど、一つ何かを自分の手で成し遂げた感があって、凄く気分がよかった。
「ようし……次は『ドーマの店』だ!」
僕はレミールを引いて通りを歩く。と、すぐに『ドーマ道具店』は見つかった。
「ここだな……口調、口調――おぅい、店の主人はいるか!?」
僕は声をあげながら、店のドアを開けた。と、店のカウンターに老婆が出てくる。
「……誰だい、うるさいね! ――って、クロスフォードの坊ちゃんじゃないか」




