4 角ウサギの――間合い
角ウサギまでの距離は310cm。まだ、僕も角ウサギも――攻撃が届く距離じゃない。
じり、と僕は3cmだけ間合いを詰める。307cm。角ウサギが赤い眼でこっちを睨みながら、ピョンと軽く跳ぶ。その距離――18cm。
僕と角ウサギの距離は289cm。この距離では角ウサギは届かないはず。だが、その時の調子や力加減で届く可能性だってある。攻撃してくる可能性はある。が、
「出てこないのか……」
その時、判った。角ウサギは、さっき攻撃をかわした僕を、今度は確実に仕留めるつもりだ。だから確実に当たる距離まで、詰めようとしてる。
もう一歩、角ウサギが跳んだ。その距離20cm。僕との距離は269cm、角ウサギにとっては攻撃範囲内!
「ギッ!」
角ウサギは着地した瞬間に、さらに大きく跳躍した。間を置かない連続跳躍で一気に僕との間合いを詰めるつもりだ。
けど、僕はその攻撃を待っていた! 僕は30cm後退して、角ウサギの攻撃をかわす。
と、無防備になった角ウサギを、一気に斬り伏せた。
「ギッ――」
角ウサギの頭を斬り割って、角ウサギが地面に落ちた。
もう動かない。
「やった……相手を誘って、それをかわして斬る。できたぞ!」
僕は空に向かって、大きく剣を掲げた。
――それから僕は、続けて四匹、角ウサギを仕留めた。
「やっぱりEランクモンスターだから、大したことはないんだな」
僕は自分の成功に気を良くして、ちょっと鼻歌など唄った。
だけど――
六匹目の角ウサギは、何か雰囲気が違った。
見ると、片目に傷がある。角ウサギだけど……歴戦の猛者、という雰囲気があった。その傷のある赤い眼で、ギロリとこちらを睨む。
「やるつもりだな……ようし――」
僕は290cmまで近づいて、280cmのところへ踏み込む。
そしてすぐさま下がる。この動きで、飛び込んでくる角ウサギを仕留める要領を得たのだ。
が、この傷目ウサギは迂闊な攻撃をしてこない。
「ギ……」
傷目が低く唸った。
と、驚いたことに、この傷目は跳ねず、じり、と歩いてきた。
こいつ――間合いを意識的に詰めてきてる。……まるで剣士だ。
傷目が赤い眼で、僕を睨んでいる。
「く……」
角ウサギの漂わせる殺気に――気圧される。いや、まだ距離は293cm。
まだ仕掛けてこないはずだ。そう思った瞬間、突然、傷目が動いた。
傷目は僕に向かわず、斜めに跳躍する。
その短めの跳躍は高さが低く、すぐに着地――と、すぐに僕の斜めの死角から攻撃を仕掛けてきた。距離は既に160cmまで縮まってる。
――そう、それは僕が前足だけの踏み込みだけで攻撃できる170cm圏内!
「そこは僕の範囲でもあるんだ!」
僕は剣を振った。ギン! という音がして、剣と角がぶつかる。
むしろ――ぎりぎり防御できた感じか。
角ウサギはまた距離をとって、じりじりと動き始めた。
傷目ウサギとの間合いは、296cm。
傷目が少しずつ、動く。僕が迂闊に踏み込めば、傷目の攻撃範囲に入る。
距離、287cm――
そのギリギリのところで、傷目は大きく跳躍した。今までの跳躍より、明らかに勢いがある。この一撃を狙っていたに違いない! だけど――
「僕も君が攻撃してくると思ってたよ!」
僕は角ウサギが最初にジャンプした時に一歩踏み出していた。その距離は60cm。角ウサギとの距離は227cm。
僕が後ろ足を引きつけて攻撃が届く距離は210cm。普通ならば、僕の攻撃が届く距離じゃない。
けど――傷目の方が攻撃するために、僕に近づいてる。その跳躍距離が20cm。つまり207cmの間合いで、僕の剣が届く範囲だ!
「ここで勝負だ!」
僕は後ろ足を引きつけて大きく踏み込みながら、剣を傷目に向けて振り下ろした。
ギン! という音がして、僕の剣と傷目の角がぶつかる。
「わっ!」
手に衝撃を感じて、僕の剣が弾かれる。が、角ウサギは、そのまま僕に向かって突進してきた。
マズイ! 僕はなんとか身体を半身にして、角ウサギの攻撃をかわした。が、完全に避けきれない!
「……く――」
僕の右拳に、傷目の角が当たった。
痛い――指はとれてないが、甲を切られている。
「ギィ……」
傷目は着地して、またこちらを睨む。
僕は急速にその場から離れ、間合いをとった。
息が――物凄く苦しい。ちょっとしか動いてないのに、物凄く息が上がる。
「フーッ、フーッ――」
これが実戦――これが生死のかかった戦いの場……
――ナメてた。角ウサギはEランクモンスターで、いわゆるザコだ。
けど、どんなモンスターだって武器があり、攻撃されて傷つけられたら命を落とすんだ。そして向うも命がかかってる――必死になって戦ってるんだ。
「ギイィィィッ!」
傷目が僕を睨んだ。
さっき何が起きたのか――僕は理解しようとした。
お互いの剣と角はがぶつかって、僕の剣が弾かれた。
つまり――剣圧で負けたのだ。
互いに同時に斬り込んだとしても、より真ん中を力強く通る剣が相手を斬る。
それが剣線、それが剣圧。剣術Lv1を入れてる今なら判る。
というか、その負けた時、角ウサギの攻撃をとっさにかわせたのは、剣術スキルのおかげだ。かわせなかったら、僕の腹が串刺しにされてたはずだ。
「……今度は、僕が剣圧で勝つ――」
僕はそう口にして、傷目に向かって剣を構えた。
一つ判ったことがある。それは立ち位置の距離で届かなくても、相手が迫ってきた瞬間にこちらから踏み込めば、届く距離になるということだ。
けど、それだけじゃ剣圧でまた負けるかもしれない。けど、何故、こっちが負けるんだ?
僕の中の剣術スキルが教えてくれる。
それは――僕の剣の振りが力んでいるからだ。
剣の力を最大に引き出すためには、力は不要だ。力を入れて振っても、まったく威力は上がらない。だから剣圧勝負で、傷目に負けた。
――肩の力を抜け。深呼吸をして、心を整えろ。
僕と傷目が睨みあう。
傷目との距離304cm。当然、まだ傷目の攻撃間合いじゃない。
――が、僕は敢えてここから突進した。
「ウオォォッ!」
吠え声が思わず口から洩れる。自分の声とは思えない、凄まじい気迫だ。
突然の攻撃と僕の気迫に、傷目が一瞬、気圧された――のが判る。
その気圧されたことによって、傷目が跳躍した。
これを狙っていたんだ!
傷目の跳躍が57cm、僕の突進で133cm――既に僕たちの間合いは、124cmまで詰まっている。
僕は剣を振り上げると、力を入れずに真っすぐに振り下ろした。
同じラインで飛び込んでくる傷目の角を――僕の剣が割っていく。
傷目の角の軌道を逸らしながら、僕の剣がまっすぐに傷目の額に進んでいく。
このままだと――傷目の頭を割って僕が勝つ。
「いや――」
僕は途中で手の内を締めて、剣を止めた。
剣は傷目の頭の皮一枚だけを切って、そこで止まる。
「ギ……」
地面に落ちた傷目が、唸りながら僕を見上げる。
僕は――こんなに戦った傷目を……殺したくなくなったんだ。




