理沙と無貌の者、口付けのなか溶けゆくもの
理沙は教壇に立つようになってまだ半年の新米教師だった。
色白で華奢な体つき、肩まで伸びる黒髪を軽く結び、眼鏡の奥の瞳は知的な光を湛えている。
だが、その控えめな外見とは裏腹に、彼女の唇はぷっくりと潤い、ほのかに赤みを帯びていた。
職員室で書類に目を通す彼女の唇が、ふとした瞬間に同僚の視線を絡め取ることもあったが、理沙自身はそんな自分の魅力に気づいていなかった。
彼女が顧問を務めるのは、校内でひっそりと存在する「妖怪伝承研究同好会」だった。
部員は二人だけ――姉妹の亜美と真美。
亜美は一つ年上の姉で、長い黒髪を無造作に下ろし、白い肌にどこか浮世離れした雰囲気を漂わせている。
真美は妹で、姉よりやや短い髪を後ろでまとめ、物静かな瞳には底知れぬ好奇心が宿っていた。
二人は妖怪の話になると人が変わったように目を輝かせ、まるで古い伝承の中に生きる何かを追い求めるようだった。
理沙にとって、妖怪など子どもの空想話に過ぎなかった。
だが、半年前、亜美と真美に顧問就任を懇願された時の熱量は、彼女の拒否を押し切るほどのものだった。
「先生、妖怪の話、とても面白いんです! 同好会としてちゃんと活動したいんですよ! ね、真美?」
亜美の弾んだ声が、初めての同好会の日に教室に響いた。
真美は姉の横で小さく頷き、薄い笑みを浮かべる。
亜美の快活な口調に比べ、真美の静けさは穏やかな余韻を残した。
理沙は二人の勢いに気圧され、渋々ながら顧問の書類にサインしたことを今でも鮮明に覚えている。
「私はただの顧問よ。自分たちで活動計画を立てなさい」
そう突き放したつもりだったが、姉妹は目をキラキラさせ、妖怪の資料を次々と持ち込んできた。
カッパ、ろくろ首、件――彼女たちの話は尽きず、理沙は次第にその熱に巻き込まれていった。
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時は流れ、休日の朝。
理沙は自分の軽自動車のハンドルを握り、後部座席でひそひそと話す亜美と真美を乗せて、遠くの山間へと向かっていた。
同好会の活動の一環として、「のっぺらぼう」の伝承が残る村へ取材に行くのだ。
カーナビは既に圏外を示し、窓の外には鬱蒼とした杉の木々が途切れなく続く。
コンビニはおろか、人の気配すら感じられない。
「先生、のっぺらぼうですって!すごい話が聞けそう! 顔がツルッてしてるって、想像しただけでゾクゾクしますよね!」
亜美が身を乗り出して言う。
彼女の声には、まるで未知の生き物を見つけた子どものような興奮が滲んでいた。
理沙はバックミラー越しに彼女を一瞥し、ため息をついた。
「運転に集中したいから、ちょっと静かにしてくれる?」
「はーい、了解です! ね、真美、静かにしようね」
真美は窓の外をじっと見つめ、こくりと頷いた。
車が細い山道を登り切り、ようやく目的地の村にたどり着いた。
木造の家屋がまばらに点在し、苔むした石垣が時代遅れの静けさを醸し出している。
村の入り口には古びた鳥居が立ち、風に揺れる注連縄がカサカサと乾いた音を立てていた。
空気は湿り気を帯び、どこかカビ臭い匂いが鼻をつく。
「ここ、めっちゃ雰囲気ありますね……」
亜美が呟き、目を輝かせる。
「絶対いい資料見つかるよ!」
理沙は車を停め、シートベルトを外しながら首を振った。
妖怪の話に興味はないが、姉妹の熱意を無下にするのも忍びない。
彼女はバッグからノートを取り出し、気を取り直して言った。
「さ、早く話を聞きに行きましょう。日が暮れる前に帰りたいから」
村に着いた3人は、事前に連絡をしていた郷土資料館に向かった。
資料館は村の奥にある大きな古い屋敷の隣に建っており、その運営も屋敷に住む若い女性が行っていると聞いていた。
資料館の入り口で出迎えてくれたのは、涼子と名乗る女性。
20代後半くらいの、驚くほど美しい女性だった。
長い黒髪が背中まで流れ、青白く透き通るような肌に、赤く艶やかな唇だけが強く印象に残る。
その美しさはどこか不自然で、理沙は一瞬、息を飲んだ。
「いらっしゃいませ。お電話頂いた先生ですね。お待ちしておりました。亜美さん、真美さんも、元気そうで何よりです」
涼子の声は柔らかく、穏やかだったが、どこか底知れない響きがある。
理沙は礼を言いながらも、彼女の唇に視線が吸い寄せられるのを感じた。
資料館の中は古い巻物や古民具が並び、妖怪に関する資料が丁寧に展示されていた。
涼子は3人を案内しながら、のっぺらぼうの伝承について静かに語り始める。
「この村ののっぺらぼうは、昔から『唇だけが残る』存在として伝えられています。顔の他の部分はすっかり消えて、ただ赤く艶やかな唇だけが浮かんでいる……それがこの土地の特別なのっぺらぼうなんです」
亜美と真美は目を輝かせ、熱心にメモを取っている。
理沙もノートを広げていたが、展示ケースの中の一枚の古い絵に目が止まった。
それは、のっぺらぼうが誰かとキスをしているような絵だった。
ツルツルとした顔に浮かぶ赤い唇が、相手の唇に深く重なり、まるで魂を吸い取るように絡みついている様子が、異様に生々しく描かれている。
理沙はぞくりと背筋が冷えるのを感じ、思わず尋ねた。
「……この絵、のっぺらぼうが口付けをしているように見えますが……何か特別な意味があるんですか?」
涼子は一瞬、目を細めて微笑む。
その笑みは美しかったが、どこか底冷えがした。
「古い絵ですので、詳しいことはわかりませんわ。ただ、この地域ののっぺらぼうは人を魅了し、連れ去るとも言われています……面白いでしょう?」
はぐらかされたような答えに、理沙はさらに不気味さを覚える。
しかし亜美と真美は興奮した様子で資料に見入っており、理沙はそれ以上追及できなかった。
資料館の見学と説明が一通り終わると、亜美と真美は満足そうな顔をしていた。
涼子は穏やかに微笑みながら、二人に声をかける。
「まだここにはない資料が、屋敷の方にたくさんありますの。よかったらお茶でも飲みながら、そちらもご覧になりませんか?」
理沙はすぐに首を振る。
「いえ、そこまでお手数をおかけするのは……」
しかし亜美が目を輝かせて割り込んだ。
「先生! せっかくここまで来たんだから、もっと見たいよ!ね、真美?」
真美も静かに頷く。
二人の熱意に押され、理沙は渋々了承した。
「じゃあ……少しだけお邪魔します」
こうして3人は涼子の屋敷へと移動した。
屋敷は資料館よりさらに古く、重厚な造りで、廊下を歩くだけで木の軋む音が響く。
応接間で再びお茶をいただきながら、涼子は妖怪の話を続けた。
理沙は話を聞きながらも、胸の奥にざわつくものを感じていた。
「ちょっと、お手洗いを借りてもいいですか?」
理沙は席を立ち、涼子に案内されたトイレに向かった。
用を済ませ、手を洗いながら鏡に映る自分の顔を見る。
眼鏡の奥の瞳は疲れを帯び、唇は無意識に緊張で引き締められていた。
「早く帰ろう……なんか、変な感じがする」
理沙は深呼吸してから応接間に戻った。
しかし、そこに亜美と真美の姿は見えない。
「え……? 二人ともどこに?」
理沙は涼子に尋ねると、涼子は穏やかに微笑みながら、静かに答えた。
「ああ、お二人とも気分が悪くなったみたいで、奥の応接間に休んでもらっています。先生も疲れたでしょう? よかったらそちらで一緒に休まれませんか?」
理沙の背筋に冷たいものが走る。
(気分が悪い? さっきまで元気だったのに……?)
彼女はバッグを握る手に力を込め、平静を装って言った。
「そうですか……じゃあ、二人に会ってきます。どの部屋ですか?」
涼子は優しく微笑んだまま、指で奥の廊下を示した。
「まっすぐ行って、右に曲がった突き当たりですわ」
理沙は頷き、廊下を進んだ。
歩くたびに心臓の鼓動が速くなり、床の軋む音がやけに大きく響く。
(何か……おかしい……)
彼女はまだ気づいていなかった。
この屋敷が、彼女の運命を永遠に変える場所だということを。
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応接間とやらの扉は、木目が剥げ落ちた古い引き戸だった。
彼女は引き戸に手をかけ、そっと開ける。
中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。
古びたソファとテーブルが一つずつあり、窓には厚いカーテンが引かれ、わずかな光しか差し込んでこない。
だが、そこにも亜美と真美の姿はなかった。
「亜美? 真美? いるの?」
理沙の声が部屋に反響し、虚しく消えた。
誰もいない。彼女の背筋に冷や汗が伝う。
彼女に騙された? いや、そんなはずバカな。
でも、なら二人はどこに?
彼女はバッグを肩にかけ直し、応接間を出る。
もう一度集会所に戻って涼子に問いただそうかとも思ったが、ふと、廊下の奥からかすかな物音が聞こえた。
コトン、と何かが床に落ちるような音。
理沙の足が無意識にその方向へ向かう。
「二人とも、そこにいるの?」
声をかけるが、返事はない。
物音はさらに奥、建物の一番奥の部屋から聞こえてくるようだった。
理沙は息を整え、ゆっくりと廊下を進んだ。
床の軋みが彼女の足音と重なり、心臓の鼓動が耳元で響く。
奥の部屋の扉は半開きで、隙間から薄暗い光が漏れている。
理沙はドアに手をかけ、そっと覗き込む。
瞬間、彼女の息が止まった。
部屋の中央に、二つの人影が座っていた。
いや、人影と言うには異様な姿。
顔が――顔が、ツルツルと滑らかで、目も鼻も眉もない。
ただ、ぷっくりと赤い唇だけが、青白い顔の表面に浮かんでいる。
「っ……!!」
のっぺらぼう――さっき女から聞いた、あの伝承そのままの姿。
理沙の喉から悲鳴が漏れそうになった。
だが、その瞬間、彼女の目があるものに釘付けになる。
二人ののっぺらぼうが着ている服――それは、亜美と真美がいつも着ている学校の制服だった。
セーラー服の襟、胸元の赤いリボン、スカートの折り目まで、間違いなく彼女たちのものだ。
「まさか……亜美? 真美?」
理沙の声は震え、掠れていた。
信じられない。こんなことがありえるはずがない。
だが、彼女の呼びかけに応じるように、二人ののっぺらぼうがゆっくりと動き出した。
ぎこちなく、だが確実に、理沙の方へ歩いてくる。
「亜美……? 真美……?」
理沙の声は震え、ほとんど呟きに近かった。
彼女の足が無意識に後ずさり、背中が冷たい壁に触れる。
二人ののっぺらぼうはぎこちなく、だが確実に近づいてくる。
その唇が、ほのかに震えているように見えた。
まるで理沙のぷっくりした唇を渇望し、貪ることを待ちわびているかのように。
「やめて……近づかないで!」
理沙は叫んだが、声は部屋の湿った空気に吸い込まれ、虚しく響くだけだった。
二人の距離が縮まり、彼女の鼻先に甘く不思議な香りが漂う。
突然、左側ののっぺらぼう――亜美の制服を着た方が、理沙の顔に手を伸ばした。
その指は冷たく、滑らかな感触で、理沙の顎をそっと掴む。
次の瞬間、のっぺらぼうの唇が、理沙の唇に強く押し当てられた。
「んむっ……!」
柔らかく、熱く、ねっとりとした唇の感触が、理沙の唇全体を包み込む。
ぷっくりと厚みのある唇が互いに揉み合い、形を変えながら深く密着する。
「んぶっ……じゅるるるるるるるっ……」
のっぺらぼうの唇は驚くほど弾力があり、理沙の唇を押し潰しながら、湿った音を立てて吸い上げる。
彼女は抵抗しようと首を振ったが、冷たい手が顎を固定し、逃がさない。
(え……!? 私……キスされてる……!)
頭の中で叫ぶが、唇の熱と柔らかさが理沙の意識を激しく揺さぶる。
のっぺらぼうの唇がゆっくりと動き、理沙の唇をしゃぶるようにねっとりと吸い上げ、上唇と下唇を交互に貪るように味わう。
「ぷちゅ……ぷぁ……やめっ……ちゅ……」
唾液が擦れ合う音が響き、熱い吐息が彼女の鼻先に吹きかかる。
理沙の唇が無意識に反応し、柔肉が潰れ合って変形する。
「んっ……やだ……れぉ……」
掠れた声で抗議するが、その隙にのっぺらぼうの舌がぬるりと侵入してきた。
熱く、滑らかな舌が理沙の舌に絡みつき、じゅぷっと卑猥な音を立てながらねっとりと擦れ合う。
舌同士がぬるぬると絡まり、吸い上げ、離してはまた深くねじ込んでくる。
彼女の口腔が唾液と熱で満たされ、舌がねっとりと絡み合うたび、頭に甘いモヤがかかったように思考が鈍る。
(気持ち……いい……? いや、こんなの……おかしい……!)
快感が背筋を駆け上がり、理沙の身体が震える。
だが、その瞬間、右側ののっぺらぼう――真美の制服を着た方が動き出した。
彼女は理沙の首に冷たい手を這わせ、強引に顔を引き寄せる。
そして、亜美の唇が離れた一瞬の隙に、真美の唇が理沙の唇を覆った。
「んむぅっ……!」
今度のキスはより貪欲で、まるで理沙の唇を独占しようとするかのようだった。
真美の唇は亜美よりもやや強張っていて、強く押し付けてくる。
唇同士が揉み合うように密着し、形を変えながらねっとりと擦れ合う。
じゅるっと唾液が溢れ、理沙の唇の隙間から滴り落ち、顎を濡らす。
彼女の舌が真美の舌に執拗に絡め取られ、じゅぷじゅぷと吸い上げられる音が部屋に響く。
(ダメ……頭が……おかしくなる……!)
理沙の意識が揺らぎ、恐怖と快感が激しく混じり合う。
真美の唇が彼女の唇を押し潰し、変形させながらも柔らかさを保ち、唾液の糸が伸びて絡みつく。
だが、亜美が黙ってはいなかった。
彼女は理沙の頬に手を這わせ、真美の唇を押し退けるように再びキスを仕掛けてくる。
「んちゅっ……じゅるっ……!」
二人ののっぺらぼうが理沙の唇を奪い合うようにキスを繰り返す。
亜美の柔らかい唇が左から、真美の強引な唇が右から、交互に、時には同時に理沙の唇を襲う。
じゅるじゅると唾液が混じり合い、唇が揉み合うように擦れ合うたびに卑猥な音が地下室に反響する。
理沙の唇は赤く腫れ上がり、唾液で光り、熱と湿り気で満たされる。
(こんなの……抵抗しないといけないのに……気持ちいい……身体も……熱くて……)
理沙の身体が熱くなり、太ももが無意識に擦れ合う。
恐怖で叫びたいのに、唇は二人ののっぺらぼうに支配され、声にならない喘ぎしか漏れない。
「んぁっ……はぁっ……んっ……!」
キスの合間に息を吸うが、その隙にも唇が奪われる。
亜美の舌が理沙の舌をねっとりと絡め、真美の唇が彼女の唇をしゃぶり尽くす。
唾液が顎を伝い、床にぽたりと落ち、理沙の意識が溶けていく。
彼女の目が潤み、視界がぼやける。
(ダメ……頭がクラクラする……)
その時、背後からかすかな足音が近づいてきた。
理沙は気づく余裕もない。
キスの快感に溺れる彼女の鼻先に、突然、薬品の刺激臭が押し寄せた。
冷たい布が顔を覆い、意識が急速に暗闇に沈む。
「んむぅ……っ……」
最後に漏れた掠れた声は、のっぺらぼうたちの唇に吸い込まれ、部屋の静寂に溶けた。
理沙の意識が暗闇から浮かび上がった。
頭の奥に鈍い痛みが響き、鼻をつく薬品の残り香が彼女を現実に引きずり戻す。
まぶたが重く、まるで深い水底に沈んでいるようだった。
冷たい石の床が背中に触れ、手足に妙な重さがある。
動かそうとすると、きつく締まった縄が皮膚に食い込み、鋭い痛みが走った。
「ん……ここ、どこ……?」
掠れた声が喉から漏れる。
ようやく目を開けると、薄暗い部屋が視界に広がった。
苔むした石壁が湿気を帯び、鼻腔を刺すカビ臭さが漂う。
何もない薄暗い部屋の奥で人影が蠢いている。
理沙の瞳が徐々に焦点を合わせ、そこで繰り広げられる光景に息を呑んだ。
二人ののっぺらぼう――亜美と真美の制服をまとった、唇だけの顔を持つ存在が、お互いの唇を貪りあっていた。
青白い肌が薄暗い光に浮かび、ぷっくりした唇が相手の唇を貪るように吸い上げている。
じゅるっ、じゅぷっと湿った音が響き、のっぺらぼうたちの影が淫靡に揺れる。
彼女たちの手がお互いの身体を這いまわり、夢中になってお互いを求めることで流れた汗の匂いが部屋に充満していた。
唇を擦り合い舌をしゃぶり、唾液が滴り落ち、床に濡れた模様を描く。
「な……何!?」
理沙の声が震えた。
あまりに異様な光景に、頭が理解を拒否する。
亜美と真美――妖怪に夢中で無邪気だったあの生徒たちが、こんな姿で、こんな行為に溺れているなんて。
心臓が締め付けられるように鼓動し、恐怖が全身を貫く。
「起きたみたいね、先生」
鈴を転がすような声が背後から響き、理沙の身体がびくりと跳ねた。
振り返ると、そこには涼子が立っていた。
彼女の目は獲物を値踏みする獣のようで、薄い笑みが不気味に歪んでいる。
「亜美ちゃんも真美ちゃんも幸せそうでしょう?私はね、この幸せを知って欲しくて女の子をのっぺらぼうにするの」
涼子の言葉が、理沙の頭に突き刺さる。
幸せ? のっぺらぼうにする? 彼女の目が再び部屋の中央へ引き寄せられる。
のっぺらぼうたちの唇がお互いの唇をねっとりと絡め、舌がじゅるっと擦れ合う。
舌が上下するたび、ぬちゅぬちゅと唾液が掻き混ぜられる音が響き、収まりきらなかったそれが滴り落ち床に淫靡な染みが広がる。
「そんな……嘘でしょ……!? 亜美と真美を、返して!」
理沙は叫んだが、声は掠れ、力がない。
手足を縛る縄が皮膚に食い込み、動くたびに痛みが走る。
涼子はゆっくりと近づき、理沙を見下ろした。
「返して? あの子たちはもう、のっぺらぼうとして生きていくの。貴女もすぐに、私たちの仲間になるのよ」
次の瞬間、涼子の顔も唇だけののっぺらぼうに変わった。
「やめて! 離して!」
理沙は身体をよじり、縄を振りほどこうとした。
だが、縄はびくともせず、抵抗は無意味に終わる。
パニックが胸を締め付け、涙が頬を伝う。
涼子はのっぺらぼうの顔のまま、テーブルの上から小さな器を取り上げた。
中には黒く濁った液体が揺れ、まるで生きているかのように表面が不気味に波打っている。
「これで、貴女も幸せになれるのよ、先生」
涼子が呟き、器を傾けた。
黒い液体が理沙の顔に流れ落ち、冷たく、ぬめった感触が肌を這う。
彼女は叫び声を上げようとしたが、液体が唇に触れた瞬間、灼けるような熱が広がった。
「ひっ……あぁっ……!」
声にならない声が漏れる。
唇が異様に熱くなり、まるで全身の血がそこに集まるかのようだった。
彼女のぷっくりした唇が震え、勝手に開き、熱い吐息が漏れ出す。
だが、それだけではなかった。
顔全体に奇妙な感覚が広がり始める。
額が、目が、鼻が、じわじわと冷たくなり、まるで何かが抜け落ちていくような感覚。
(何!? 私の顔が……!)
理沙の目が見開かれる。
視界の端がぼやけ、まるで世界が彼女から遠ざかるように歪む。
額の皮膚から熱が逃げていき、感覚が消えていく。
眉が、瞼が、鼻の輪郭が、溶けるように薄れ、意識の中から消滅していくような恐怖を感じる。
彼女は必死に顔に手をやろうとしたが、縄に縛られた手は動かず、ただ震えるだけだった。
(嫌! 私の目が……鼻が……消える……!)
顔の感覚がなくなっていく恐怖に全身を貫かれる理沙。
だが、唇だけは違う。
唇はますます熱く、敏感になり、まるで顔の全ての神経がそこに流れ込むように感じた。
「ぅう……ぁ……」
ぷっくりした唇が膨らむように疼き、わずかな空気の流れにも反応して震える。
理沙の舌が無意識に唇をなぞり、じゅっと湿った音が響く。
唇が、彼女の存在そのものになりつつあった。
「いい反応だわ。準備は整ったみたいね」
涼子はのっぺらぼうの顔のまま、ゆっくりと理沙に近づいた。
青白い肌に浮かぶ赤く艶やかな唇が、妖しく微笑むように歪む。
理沙の顎を冷たい指で掴み、強引に顔を上げさせる。
次の瞬間、涼子の唇が理沙の唇に強く押し当てられた。
「んむぅっ……!」
涼子の唇は熱く、柔らかく、まるで生き物のように理沙の唇を包み込んだ。
ぷっくりとした厚みのある唇が互いに揉み合うように密着し、形を変えながら深く沈み込む。
涼子の唇は容赦なく理沙の唇を吸い上げ、ねっとりとしゃぶり、上唇と下唇を交互に貪るように味わい尽くす。
じゅるっ……じゅるる……
湿った卑猥な音が響き、熱い吐息が理沙の鼻先に吹きかかる。
理沙の唇が無意識に反応し、柔肉が潰れ合って変形し、熱く腫れ上がる。
「んっ……やめ……!」
掠れた声で抗議するが、その隙に涼子の舌がぬるりと侵入してきた。
熱く、滑らかな舌が理沙の舌に絡みつき、じゅぷっと卑猥な音を立てながらねっとりと擦れ合う。
舌同士がぬるぬると激しく絡まり、吸い上げ、離してはまた深くねじ込んでくる。
彼女の口腔が唾液と熱で満たされ、舌がねっとりと絡み合うたび、頭に甘いモヤがかかったように思考が鈍る。
(こんなのダメなのに……気持ち……いい……)
快感が背筋を駆け上がり、理沙の身体が震えた。
キスの快感に飲まれるたび、唇以外の感覚が薄れていくことに恐怖を覚える。
視界がチカチカと白くなり、意識が何度も飛ぶ。
(……ぅあ……意識が……)
その間も、涼子のキスは執拗に続き、ねっとりと唇を貪り続ける。
理沙の唇は熱く腫れ上がり、涼子の唇に揉みしだかれ、吸い上げられ、形を変えながら溶けていくようだった。
熱い舌がぬるぬると深く侵入し、理沙の舌を絡め取り、ねっとりと擦り合わせ、唾液をたっぷりと注ぎ込みながら、彼女の口腔を支配する。
じゅるっ……じゅぷっ……れろれろ……
湿った卑猥な音が部屋に響き続ける。
理沙の意識は、唇の熱と快感に飲み込まれ、朦朧としていた。
(キス……気持ちいいよぉ……)
最初は恐怖と抵抗だけしかなかったのっぺらぼうとのキス。
しかし、繰り返される濃厚なキスが、彼女の理性を少しずつ溶かしていく。
涼子の舌がねっとりと絡みつくたび、頭の奥が甘く痺れ、体が熱くなり、息苦しささえも甘い疼きに変わっていく。
(……ダメ……頭が……ぼやける……唇が……どんどん熱くなって……)
意識が飛んでは戻り、戻ってはまた飛ぶ。
そのたびに、唇の快感が強くなり、恐怖が薄れていく。
理沙は無意識に唇を動かし、涼子の舌に応えるようになっていた。
(もっと……もっと……欲しい……)
とうとう、理沙は自ら舌を絡め、唇に吸い付いてしまった。
自ら涼子の唇を求め、ねっとりと舌を絡め返し、唾液を積極的に受け入れる。
その瞬間、理沙から唇以外の感覚が完全になくなり、視界も消えた。
理沙の顔がゆっくりと変化していく。
顔の感覚が溶けるように消え、目が、鼻が、眉が、輪郭が、じわじわと、存在自体が薄れていく。
まるで顔の全てが唇に吸い寄せられるように、他の部分が滑らかに、ツルツルと平らになりはじめていた。
(……私の顔が……消えて……唇だけが……残る……)
自分が人間ではないものに変化していく恐怖が一瞬だけ理沙の胸を刺したが、すぐに唇の熱い快感に飲み込まれる。
(あぁ……気持ちいい……幸せ……)
理沙の顔は、涼子や真美たちと同じ、唇だけののっぺらぼうになったのだった。
ぷっくりと赤く艶やかな唇だけが、青白い顔の表面に浮かび、まだ熱を帯びて小さく震えていた。
理沙の変化を感じ取った涼子は理沙の唇からゆっくりと唇を離すと、満足げに微笑んだ。
赤く艶やかな唇が、わずかに震えながらも優しく弧を描く。
「ふふ……綺麗に変わったわね、先生。のっぺらぼうとして、とても魅力的に仕上がったわ。これであなたも、私たちの仲間よ。嬉しいでしょう?」
理沙はもう、恐怖も抵抗も感じていなかった。
顔の他の部分が完全に消え、ただ唇だけが熱く疼くこの感覚を、彼女は完全に受け入れていた。
拘束されていた縄をほどかれると、ぷっくりと熱を帯びた自分の唇に指を這わせ、じゅるっと湿った音を立てながら震える。
(……私……唇だけののっぺらぼうになったんだ……。でも……こんなに気持ちいいことがあるなんて知らなかった……)
悦びに全身が震え、唇が無意識に開き、熱い吐息が漏れる。
のっぺらぼうになった喜びが、甘く胸を満たしていく。
涼子は嬉しそうに目を細め、部屋の奥にいる亜美と真美に声をかけた。
「亜美ちゃん、真美ちゃん。先生ももう私たちと一緒よ。心ゆくまで、三人で楽しんでちょうだい。」
亜美と真美ののっぺらぼうが、ゆっくりと理沙に近づいてくる。
三人の唇だけの顔が、薄暗い部屋の中で妖しく浮かび上がる。
最初に亜美の唇が理沙の唇に触れた。
柔らかく、熱く、ねっとりと押し付けられ、すぐに真美の唇も理沙の唇に重なる。
「んっ……むぅ……」
三枚の唇が、互いに揉み合い、絡み合い、
一つの塊のように密着する。
ぷっくりとした唇同士が潰れ合い、形を変えながら深く沈み込み、熱い唾液が混じり合い、じゅるじゅると卑猥な音を立てた。
(もっと……もっと……キスして……)
三人の舌が同時に動き出し、ぬるぬると絡まり合い、ねっとりと擦れ合う。
まるで舌自体が交尾するかのように、三枚の熱く滑らかな舌が激しく絡みつき、吸い上げ、ねぶり、唾液をたっぷりと交換しながら、貪るように動き続ける。
理沙の唇は二人の唇に挟まれ、揉みしだかれ、舌は二枚の舌に包み込まれ、ねっとりと絡め取られた。
じゅぷっ……じゅるるっ……れろれろ……
三人の舌が激しく絡み合う音が部屋に響き渡る。
(……ああ……唇が……舌が……溶け合う……私たち……慰め合って……ひとつになっていくみたい……)
理沙はただただキスの多幸感に包まれていた。
頭の中は真っ白になり、キスのこと以外、何も考えられなくなっていた。
(気持ちいい……これが、本当の私なんだ……!)
教師としての自分、亜美と真美を守る責任、全てが快楽の波に溶け、ただ唇だけが彼女の存在を定義する。
三人ののっぺらぼうの唇は、永遠に絡み合い、貪り合い、ねっとりと一つに溶け合うように、暗い部屋の中で激しく求め合い続けた。
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時は流れ、理沙の勤める学校は春を迎えていた。
新入生の女の子のみゆきは、部活の説明会でどのサークルに入ろうか迷っていた。
教室の掲示板の前でため息をつきながら、チラシを眺めていると、背後から明るい声がかけられる。
「ねえ、部活まだ決めてないの?」
振り返ると、仲の良さそうな姉妹が立っていた。
姉の亜美は笑顔で手を振り、妹の真美は少し控えめに微笑んでいる。
「妖怪伝承研究同好会っていうんだけど、興味ある?」
亜美の声は弾むように明るかった。
みゆきが少し戸惑っていると、亜美はさらに身を乗り出して言った。
「先生もすごく優しくて、面白い話がいっぱい聞けるよ!ね、真美?」
真美が小さく頷き、静かな声で付け加える。
「……楽しいと思うよ」
みゆきはまだ迷っていたが、そこへ顧問の理沙先生が通りかかった。
黒髪を肩まで伸ばした清楚な先生は、穏やかで艶やかな微笑みを浮かべ、みゆきに優しく声をかけた。
「新入生の子?もしよかったら見学だけでもどうかや?うちの同好会、意外と居心地いいわよ」
理沙先生の柔らかい声と、どこか引き込まれるような雰囲気。
みゆきはつい流されるように頷いてしまった。
「……じゃあ、見学だけ……」
こうして、みゆきは「妖怪伝承研究同好会」に入部することになった。
妖怪には興味のないみゆきだったが、姉妹の笑顔と理沙の魅力的な雰囲気に、すっかり心を奪われてしまったのだった。
今では、みゆきは毎日のように同好会の部室に通うのが楽しみになっている。
今日は、いつものように教室に向かうと、去年の先輩たちが遠出したという村の話になった。
「今年も、のっぺらぼうの伝承が残る村に行こうと思うのだけど……」
理沙先生が、穏やかな微笑みを浮かべて提案した。
隣にいる亜美と真美も目を輝かせて賛同する。
「去年行った時は本当に楽しかったよ!みゆきも一緒に来てくれるなら、絶対に面白いはず!」
真美が静かに微笑みながら、みゆきに声をかける。
「一緒に来ない?先生も一緒だし、きっと素敵な思い出になるよ」
みゆきは少し緊張しながらも、素敵な先生と優しい先輩たちの誘いが嬉しくて、自然と頷いていた。
「はい……行きたいです」
その瞬間、理沙たちの視線が、みゆきの唇に向けられる。
三人の唇は、ほのかに赤く艶やかに輝き、その瞳の奥には、獲物を狙うような妖しい光が宿っていた。




