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第19話 反撃

『どういうことだ?』

『助かったぁ』

『とてもじゃないが、信じられん』

「全員いるか!」

「隠れたはいいが、これじゃあ身動きが取れん」

 警官の一部が不満を漏らした。

 アマノサカホコが放つ銀色の光が、ハルちゃんや警官たちの安堵と不安がないまぜになった表情を照らしていた。

「地下道!」

 みんなの不安を解消するため、俺はアマノサカホコの力で、今度は地中にトンネルのような空間を出現させた。地中深く降りる下り坂で、長さは五〇メートルくらいだ。

「まるで黄泉比良坂よもつひらさかだね」

「何、それ?」

 ハルちゃんのつぶやきに問いかけた瞬間、急に動悸が激しくなってきた。

 アマノサカホコのエネルギー効率が向上したとはいえ、調子に乗って能力を使いすぎた。

「黄泉の国、地下の国、死者の国への通路だよ」

 ハルちゃんは俺の異変に気づかないようだ。

『縁起でもない』

 不満を抱いた警官の心の声が聞こえた。

「知ってる? 黄泉の国とイザナギ、イザナミの神様は縁が深いんだよ」

『怖くて、おしゃべりでもしないとやっていられないよ』

 ハルちゃんは声を震わせながらも、努めて明るくふるまっていた。

「そうなんだ」

 俺は必死で呼吸を整えながら、ハルちゃんに気づかれないように、話の続きを促した。

「イザナミは火の神様であるカグツチを出産した後、火傷が原因で死んでしまうんだ。奥さんを亡くしたイザナギは、とっても悲しんで黄泉の国に連れ戻しに行くんだけど、奥さんに見ないでって言われたのに、奥さんの遺体を見てしまうんだよ」

「それで、地上に連れ返すことができなくなったって……わけ?」

 何となく話の続きが分かって口を挟んだ。最後の方は息が続かない。

「そのとおり」

『なあんだ。知ってるじゃん』

「いや、日本神話はよく知らないんだけど、そんな話を、どこかで聞いたような気がして」

「それ、ギリシャ神話のオルフェイスの話でしょ。でも不思議だよね。地球の反対側で似たような神話があるなんて。古代の地球には今とは違う形の情報ネットワークがあったのかもね」

 そこまでにこやかに話してハルちゃんはようやく息苦しそうにしている俺に気づいた。

「なんか、辛そうだけど大丈夫?」

『能力の使い過ぎ?』

「地中に、これだけの人数、酸欠にならないか?」

 俺が苦しそうにしている様子を見て、叢雲警部補は別のことを考えたらしい。

「だいじょうぶ」

『大丈夫だよな?』

 俺はハルちゃんに答えつつ、叢雲警部補の疑問をアマノサカホコに確認した。

『問題ありません、酸素を確保するように努めていますから』

 随分、気の利く奴だ。

「酸素も大丈夫です」

 警官たちにそう答えながら、何かが心の中で引っかかった。

『固形物の形態を変化させるだけじゃなくて、気体を成分ごとに集めることもできるのか?』

『空気中の二酸化炭素から炭素を分離して、ダイヤモンドを生成することすら可能だと申し上げたと思いますが』

『じゃあ、特定エリアに二酸化炭素や窒素を集中的に集めることもできるのか?』

『当然です』

『じゃあ、例えば俺の周囲半径三〇メートルを低酸素状態にすることも』

『三〇メートルどころか、五〇メートルでも一〇〇メートルでも可能です。ただ、その場合、あなたも危険ですよ。一呼吸でもすればたちまち意識不明、運が良くて低酸素脳症、運が悪ければ死亡です』

『上等だ』

 やっと答えが見つかった。

「ハルちゃん」

「なに?」

「彼女に勝つ方法が見つかった」

「そうなの?」

『危ない方法じゃないよね』

「本当か?」

 警官たちがざわついた。

「はい。でも危険なので一人で行きます。みなさん、ここで待っていてください」

 俺は警官たちの方に向いて声を張り上げた。

「おい、そういうわけには」

『俺たちプロに隠れていろとでも言うのか!』

『ガキに助けてもらうとはな』

『安全が確保されるのは嬉しいが、まさか自分だけ逃げるつもりじゃないだろうな』

『私のことは置いていかないでね』

「今まで俺のせいで、たくさんの人が犠牲になりました。やらせてください。お願いします」

「説明してもらおう」

『納得できんな』

 叢雲警部補が俺に鋭い視線を向けた。

「アマノサカホコの能力で俺の周りの酸素を薄くします。俺を殺そうと近付いてきたカサンドラさんは酸欠で意識を失うはずです。ゲイボルグの射程はおそらく二〇メートルもないでしょうから」

 俺はアマノサカホコとの会話で思いついた作戦を簡単に説明した。

『それは危険すぎるだろ』

「ひとつ、いいか?」

「相手はテレパシーが使えるんだよな」

「たぶん」

「君の心を読んで、罠に気づくんじゃないのか?」

 そう言えば、俺は今まで、その場で思いついたことを実行してきた。

 アレックスにしろ、ブルーノにしろ、ナユタにしろ、俺の心の中を読むことができたとしても対処が間に合わなかっただろう。

「相手が見えないから、自分も息を止めて相手が近寄って来るのを待つしかないよな。相手が罠に気づいて襲ってこなかったらどうする?」

「それは……」

 罠を解除するしかない。そうしないと俺自身が酸欠でやられてしまう。

「テレパシーで相手の考えを読む場合、どれくらいの距離の人間の心が読めるんだ?」

「心の声の大きさにもよると思いますが、一〇メートルか二〇メートルがいいところですかね。発信者側がこいつみたいに世界放送みたいなマネをすれば話は別ですが」

 俺は、アマノサカホコを叩きながら、自分のことを例に答えた。

 あまり知られたくないので、『俺の場合』という表現は回避する。

『あ、だめ、もっと離れないとだわ』

 俺を警戒するように距離を取っていた八坂刑事がさらに俺から離れた。

「あの女も、心を読み取ることができるのは、それくらいの距離だと思うか?」

『一〇メートルとか、二〇メートルとかいうのは、多分、君の場合だろ?』

「わかりません」

「だろうな」

『計略が成功する可能性はゼロではないというところか。ただ、博打だな』

「それと、もう一つ、人間、攻撃時には呼吸をしないことが多い、相手が呼吸をする前に君が殺される可能性がある」

『地中から顔を出した途端、ミイラにされるかもしれんしな』

『ダメだよ。そんな危ないことしちゃ』

 ハルちゃんが、俺のシャツの裾をつかんだ。

「でも、ずっと、地中に隠れているわけにもいきません」

『そうだな』

『そうだけど』

「いずれにしても、君一人に任せるわけにはいかない。自分も出る」

『そんな!』

 叢雲警部補の宣言に八坂刑事の心の叫びが被った。

 彼女の方に視線を巡らせると、表面上は平静を保っている。大したものだ。

「わたしもお供します」

『あなた一人を行かせはしません』

 八坂刑事の声は凛とした立派なものだった。

「君は残れ」

『これ以上、部下を失ってたまるか』

「しかし!」

 二人のそんなやり取りの中、突如、穴倉の中に太陽の光が差し込んできた。

「いつまで隠れているつもりじゃ」

 石のドームに穴が穿たれ、警官の一人が瞬時にミイラと化した。

「くそっ」

『殺してやる!』

 警官たちは穿たれた穴に向かって闇雲に発砲した。

 だが、別の場所に穴が開き、まばゆい日差しの中を鈍い金属光沢を放つ影が躍る。

 警官の腹部がゲイボルグの蔓に貫かれ軽々と持ち上げられると、石のドームの内壁にたたきつけられた。

「穴の奥へ!」

 俺は叫びに近い大声を上げ、足元にアマノサカホコの石突を突き立てた。

「柱だ!」

 頭の中に、先程のように天にそびえる細い石の柱のイメージを浮かべる。

『ダメ!』

 一人で行こうとしていたのに、ハルちゃんが後ろから俺にしがみついてきた。

 石の天井が消失し、強烈なGが俺たちを襲う。

 明るい光に目が慣れると、俺とハルちゃんは直径一メートルほどの柱の上に立っていた。

 地上からの高さは二〇~三〇メートルだろうか。

 風が頬を撫で、背筋に寒気を感じる。

「危ないじゃないか!」

 俺は思わず声を荒げた。

「だって、リクくん、そろそろエネルギー切れなんでしょ!」

『なんで、ボクのことを頼ってくれないんだよ!』

 ハルちゃんは怒ったように言い返した。ハルちゃんはテレパシーなんか使えなくても、俺のことをちゃんとわかってくれている。多分、俺以上に。

「ごめん、いや、ありがとうかな」

 俺はハルちゃんの目を見つめたかったが、事情がそれを許さない。必死でカサンドラさんの姿を探した。

 しかし、ハデスの兜の能力発動中のようで、どこにもその姿は見えない。

 例の策を実行に移すとしたら今しかなかった。

「息を止めるのは得意?」

「大得意だよ!」

『たぶん、普通だけど』

「ハルちゃんの嘘つき」

「あっ」

『そうだ、なんでもお見通しだったんだ』

「いくよ! 息を止めて!」

 ハルちゃんは俺と一緒にアマノサカホコ鉾を握り息を止めた。生命エネルギーを提供してくれるのは、本当にありがたい。

『半径二〇メートルのエリアを低酸素状態に! 地上二メートルまでは対象エリア外だ』

 警官が地上に出てきても巻き込まないようにしなくてはならなかった。

『わかりました』

 心臓の鼓動が激しく苦しい。長く息を止めることは出来そうにない。

『馬鹿者め、筒抜けの策略など、通用するはずがなかろう。策に溺れて自滅するがよい』

 例のしわがれた老人のような心の声が聞こえてきた。勝ち誇ったように俺のことを嘲弄している。

 心配した通りの展開になってしまった。

 カサンドラさんは罠の外側で俺のことを冷たく観察しているに違いない。わざわざリスクを冒して息を止め、罠の中に入ってくる必要はない。

『ダメか……』

 俺は絶望的な気分に襲われた。身体の中の酸素が急激に消費されて意識があやふやになってきた。ハルちゃんの様子をうかがうと彼女も苦しそうだ。

『仕切り直しか』

 しかし、恐らくカサンドラさんは、低酸素の罠を解除した途端に接近し、攻撃してくるに違いない。しかも、姿が見えないので、こちらからは攻撃のしようがない。

『ハルちゃん、ごめん、相手の位置さえわかれば、その周辺だけ低酸素状態にするのに!』

『了解しました』

『えっ?』

 アマノサカホコの返事に虚を突かれ、それまで必死で閉じていた口を開いてしまった。

 無意識に息を吸い込んでしまう。

『しまった!』

 自分の策にハマって意識を失う悪夢が頭をよぎった。

 しかし、意識を失うことはなかった。

 ハルちゃんも、俺の様子を見て、大きく息を吸い込む。

「もう、いいの?」

 慌てている俺にハルちゃんが不思議そうに質問した。

 俺たちの周辺は普通の空気になっている。

『カサンドラさんは!』

 攻撃してくるはずだ。

 俺はハルちゃんを背中に隠し、アマノサカホコを握りしめながら、周囲の様子を窺った。

 しかし、何も起きない。

 恐る恐る地上を見下ろすと、柱の根元で倒れているカサンドラさんの姿が目に入った。

『いったい、どういうことだ』

『心の声で、相手のおよその位置が分かりましたから、御指示に従ったまでのことです』

 カサンドラさんが油断して心の声を発したことで、アマノサカホコは相手の位置が特定できたらしい。

『そうならそうと、さっさと言えよ!』

『私は余計なことは言わない主義です』

『嘘言え! すげえ、おしゃべりじゃないか!』

『あれは必要なコミュニケーションです』

「ねえ、リクくん。終わったの?」

 ハルちゃんが俺のシャツの裾を引っ張った。

 振り返ると不安そうな顔をしている。小動物みたいだ。

「たぶん。ハルちゃんのおかげだよ」

 俺は、思わず、彼女を抱きしめた。

『あっ……』

「ねぇ、抱きしめてもいいかな」

 俺は幸せな気分に浸りながら、彼女の耳元でつぶやいた。

「先に言ってよ」

『ホントにズルいんだから』

 ハルちゃんは、そう言いながら俺の腰に腕をまわした。

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