第18話 ハデスの兜
「なんで、カサンドラさんが……」
『信じられない』
『どういうことだ』
『彼女がなんで』
『いつの間に』
『あの刀は……』
ハルちゃんに続くように、警官たちも次々に心の中で驚きの声を上げた。
忽然と姿を現したカサンドラさんは、白いブラウスに黒のレギンスといういつもの装いの他に、ヤギのような角を生やし植物の装飾を施した銀色の兜を被っていた。
フルフェイスの鉄仮面のような兜ではなく、主に頭部を保護するだけの軽そうな代物で、顔のほとんどは露出し、裾からは長いブルネットの髪がそのまま出ていた。
足には金色の派手なサンダルをはき、右手にはアレックスを刺した片刃の刀を握っている。
そして、ミイラ化したアレックスが握っていたゲイボルグを、アンティークな金の指輪をはめた左手に掴んだ。
一体、どこから現れたのだろう。
瞬間移動したのか、それとも透明になる能力でもあるのだろうか。
「わしの計画にゲイボルグは必要なかったのじゃが、敵に回すと厄介なのでな。手に入れるに越したことはない」
何を言っているのか、よくわからなかった。
しかし、カサンドラさんからは禍々しい波動が発せられている。
「こんな面倒な奴を仕留めてくれて礼を言わねばならんかな。まあ、とどめを刺したのは他ならぬこのわしじゃが」
「それは、タラリアに、エペタム! なんでカサンドラさんが持ってるの」
『留置場にいた外人さんを殺したのは、カサンドラさんなの?』
ハルちゃんが声を震わせた。
「その短刀は、警察の金庫に保管してあったはずだ!」
『侵入できるわけがない!』
叢雲警部補の歯ぎしりが聞こえる様だった。
「愚かな人間どもだ。わしが新しい契約者だからに決まっておろう」
警官たちは目の前で殺人が行われたにもかかわらず、発砲することもできず呆気に取られていた。
カサンドラさんは物憂げな視線を俺に向けると老人のような言葉遣いで話を続けた。
俺には老人のような心の声も同時に聞こえている。
「さっさとアマノサカホコをわしに渡して死んでくれんか、どうせ、お前はそれを使いこなせんだろう。おとなしく渡せば警官たちとお前の大切なハルの命は助けてやる」
『本当にカサンドラさんなの?』
ハルちゃんは呆然としていた。
「ふざけるな!」
叢雲警部補の怒声とともに銃声が轟いた。
しかし、ゲイボルグの蔓が瞬時に銃弾を弾き飛ばす。
「わかっておらんようだな」
『なんだ、今の動きは!』
明らかにアレックスが操っていた時よりも動きが速い。
「エペタムのエネルギー供給能力は本当に素晴らしいのぉ。あの時、契約したのは正解じゃ。これでアマノサカホコを手に入れれば無尽蔵に海水から黄金を取り出すことができる。生体エネルギーを提供する生贄は必要じゃがな」
死んだ歯舞ナユタの亡骸の傍らに寄り添っていたのは、それが目的だったのか。
死を悼んでいたわけではなく、素早く契約を結んでいたのだ。
契約さえ結んでしまえば、必要な時に瞬間移動で取り寄せることができる。
「マズいよ、リクくん。さっきカサンドラさんが口走った『ハデスの兜』って、姿を消すことができるアイテムだよ」
『タラリア同様ギリシャ神話で英雄ペルセウスがメデューサ退治に使ったアイテムなんだよ』
ハルちゃんは別の視点で厳しい状況を認識させてくれた。
活動限界がどうとか言っていたから連続使用に制限があるのだろうが、機能が回復し、姿を消したままゲイボルグやエペタムで奇襲されたら絶対に助からない。
「ハルはよくわかっているようだ、わしを敵に回す愚かさを」
「貴様、一体何者だ!」
俺には、老人のような言葉遣いのカサンドラさんが、いつものカサンドラさんだとは思えなかった。
「わしは、カサンドラ・アルス・ディ・ソロモン。由緒正しい王家の末裔じゃ」
『ソロモン? 王家?』
ハルちゃんは、何か引っかかりを感じたようだ。
「王家の末裔が聞いてあきれる。やっていることはただの強盗殺人だろ!」
叢雲警部補は激高していた。
「違うのぉ。世界中に散った偉大なる同胞に号令し、この地上に我らの楽園を築くのじゃ」
『同胞? 神具のことか?』
ものすごい違和感を感じた。そもそもカサンドラさんの肉声と心の声が完全に一致し、しかも老人のような心の声というのはおかしい。
「詮索はそこまでじゃ」
俺の思考を読んだのか、カサンドラさんは急にそう宣言した。
背筋に寒気が走る。殺気だ。
『土山!』
俺が命じるとカサンドラさんは周囲から押し寄せた土砂に飲み込まれた。
手加減したら確実に殺される。罪悪感よりも恐怖が勝った。
「えっ? リクくん」
『相手はカサンドラさんだよ!』
『殺したのか?』
若く美しい女性ということで、どうしても敵意を抱きにくい。
警官の一部からも不満と疑問の心の声が聞こえた。しかし……
『ゲイボルグを手に入れて、結果として正解だったようじゃの』
不気味な心の声が聞こえてきた。
「ヤバい、みんな逃げて!」
俺は、ハルちゃんの手をひいて慌てて駆けだした。
『えっ? どうしたの?』
一瞬、躊躇したものの、警官たちも俺に続く。
土山からゲイボルグの蔓が出現し、最後尾の警官が足を刺された。
短い苦痛の声とともに彼は転倒し、ミイラのように干からびる。
『山本!』
死んだ警官の名前なのだろうか、悲痛な心の声が聞こえた。
次の瞬間、盛大な土煙を上げてカサンドラさんが現れ、そのまま上空に舞い上がる。
「無駄話のおかげでハデスの兜も回復したようじゃ」
ヘルメスのサンダルの力で飛翔したカサンドラさんは、言い終えた瞬間、かき消すように見えなくなった。
『マズイ、攻撃される!』
「ドームだ!」
俺は、ハルちゃんだけでなく近くにいた警官たちも、アマノサカホコが作り出した石造りのドームで包み込んだ。




