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第20話 ソロモンの指輪

『おのれ、動け、動かんか、この役立たずめ』

 俺とハルちゃんが、せっかく幸せな気分に浸っていたのに、例のしわがれた老人の心の声が聞こえてきた。カサンドラさんは意識不明になっているはずなのにだ。

「カサンドラさんの様子を確認しなくちゃ」

 俺の言葉に、ハルちゃんは、ぼうっとしながらもうなづいた。

『そうだね。手当しなくちゃだよね』

 ハルちゃんは助ける気満々だった。

 大地の隆起を解除して地上に戻ると、ハルちゃんはカサンドラさんの傍らに跪き、頬に手を当てたり胸に耳を当てたりして無事を確認した。相変わらず怖いもの知らずだ。突然、襲われたらどうするつもりだろう。

「終わったのか?」

 俺たちが地上に戻ったのと、ほぼ同じタイミングで、警官たちも地上に姿を現した。

 叢雲警部補は無駄のない動きでカサンドラさんに近付くと、ゲイボルグとエペタムという二つの凶器を素早く回収した。

「サンダルと兜も回収してくれ。それと、他に武器を持っていないか、ボディチェックも」

『息を吹き返したら厄介だからな』

「わかりました」

 八坂刑事は叢雲警部補の指示でキビキビ動くと、二つのアイテムを脱がしにかかった。

 叢雲警部補は、その間に救急に連絡を取り始める。仕事にそつがない。

「どう? ハルちゃん」

「息もしてるし、心臓も動いてるよ」

 ハルちゃんは、そう言いながら、にっこりとほほ笑んだ。

『無事でよかった』

 俺も思わずハルちゃんに微笑み返した。

『畜生、俺たちの仲間が何人殺されたと思ってる!』

『殺してしまえばよかったんだ』

 ハルちゃんのホンワカした心の声の後で、地元警官たちの激しい憎悪の心の声が響いた。

 物々しい兜を外され、静かに横向きに倒れているカサンドラさんの整った顔は穏やかで邪悪さを全く感じなかった。今も喚き散らしている老人のような心の声との整合が全く取れない。

『同族については詳しいんだよな』

 俺はアマノサカホコに心の中で話しかけた。

『ええ、まあ』

『ここには、お前以外に金属生命体は何体いる?』

『五体です』

『ゲイボルグ、エペタム、タラリア、ハデスの兜、あと一体は?』

『ソロモンの指輪です』

 カサンドラさんの左手の人差し指に光る六芒星がデザインされたアンティークな指輪。あれがそうなのだろう。あまり自信がないがどこかで聞いたことがある名前だ。

『あのしわがれた老人の声がそうか?』

『はい』

『おのれ、仲間の情報をペラペラと!』

 ソロモンの指輪がわめきたてた。

「ハルちゃん」

「何?」

 俺はカサンドラさんの傍らに跪いていたハルちゃんの手を取ると、ゆっくり彼女を立たせた。

『えっ、なにするの? 人が見てるよ』

「ソロモンの指輪って知ってる?」

 ハルちゃんは目を丸くした。

「知ってるよ」

『びっくりだ』

「神話に出てくるアイテムのオンパレードだったから、カサンドラさんが名乗ったソロモンていう名前が気になってたんだけど」

 そう、ハルちゃんはカサンドラさんのフルネームを聞いて確か妙な反応をしていた。

「ソロモンの指輪って、何か強力なアイテムだよな」

『それはもう』

「ソロモンの指輪は、古代イスラエルの王様ソロモンが神様からもらった真鍮と鉄の指輪で、動植物の声を聴くことができたり、七十二柱の魔神を使役することができたそうだよ」

 俺はハルちゃんの目を見ながら、力強くうなづいた。

『カサンドラさんの変な態度は、あの指輪と関係あるのかな?』

 ハルちゃんの問いに、俺はすぐには答えることができなかった。

『あの指輪、人間を意のままに操ることができるんだろ?』

 俺は心の中で、今度はアマノサカホコに語り掛けた。

『操ることができるのは契約を結んだ相手だけです』

『おまえ、以前、契約を結んだ相手と金属生命体は共生の関係だと言ったよな』

『はい』

 俺は、金属生命体たちに怒りを感じていた。

『そういうのは共生とは言わない。寄生だろ』

『そうかもしれません』

「ハルちゃん、どうも、あの指輪はかなり邪悪な存在みたいだよ」

「そうなんだ」

『もう、驚き疲れちゃったよ』

『邪悪だと! 最上位の神具であるわしに対して、なんと無礼な』

 俺はソロモンの指輪と言い争う気はなかった。

『そう言えば、以前の質問に答えてもらっていなかったな。お前たち金属生命体は誰につくられ、どこから来たんだ?』

『神につくられました。神具ですから』

『神ねえ……お前たちをつくった神はどこから来た?』

『……あなたたちの国の神話ではどうなってます? 他の国では? 神は、もともと地上にいたんですか?』

 少しの間逡巡したアマノサカホコは、俺の質問に質問を返してきた。

『……どの国の神話でも、大概、神様が住んでいたのは天上だ』

『そう、この惑星の住民ではないということですよ』

『異星人か』

『そういうことになりますね』

『この裏切り者が!』

 ソロモンの指輪は本当にうるさい。

『お前たちは、何のためにつくられたんだ?』

『今風に説明すれば、タラリアは反重力ユニット、ハデスの兜は光学迷彩発生装置、エペタムは生体エネルギー回収装置、ゲイボルグは敵性生物排除ユニット、ソロモンの指輪は恒星間移民船のインターフェース、そして、私はテラフォーミング用の環境改変装置です』

『人工知能を搭載した?』

『それぞれが固有の知性を持つ生命体だと思ってください』

 俺にはアマノサカホコがこだわるニュアンスの違いは判らない。しかし、アマノサカホコは俺の質問にすべて素直に応えてくれた。

『ソロモンの指輪は、お前たち他の金属生命体とは、ちょっと違うようだな』

『ええ、造物主の命令を聞くだけではなく、場合によっては造物主にアドバイスする立場でしたから。それにテレパシー能力も群を抜いて強力です。私が眠りから覚めたのも彼の仕業ですし、私たちと違って自分のテレパシーを相手から読まれないようにすることもできます』

 それで自分が偉いと勘違いしているのか。

 しかし、油断してくれて助かった。先程、ソロモンの指輪が勝ち誇ったようなテレパシーを発しなければ、倒されていたのは俺たちだった。まさに、策士、策に溺れるというところか。

『おまえたちの造物主である異星人はどうなったんだ?』

『遠い星からやってきた彼らは、この惑星を自分たちの楽園にしようとしました。最初は一致団結していましたが、結局、仲たがいして惑星のあちこちに散ってしまいました。私たち神具とともに』

『そして、滅んだというわけか』

『いいえ、今も生きていますよ。あなたたちに溶け込んで』

『混血?』

『半神半人の神話が世界中に残されているでしょ。あなたのテレパシー能力も彼らから受け継いだものです』

「どうしたんだ。黙り込んで」

 気がつくと、叢雲警部補が横に来て、俺に話しかけてきた。

「カサンドラさんを操っていた黒幕が分かりました」

 このままではカサンドラさんは稀代の犯罪者として扱われてしまう。信じてくれるかはわからないが、事実を伝える必要があった。

「どういうことだ?」

 俺は倒れているカサンドラさんに近付くと、アマノサカホコの先端を指輪に向けた。

『包め』

ソロモンの指輪が透明なガラス質で包まれた。ガラスの材料は周辺の土砂に含まれる二酸化ケイ素だ。

『何をするか! この無礼者』

ソロモンの指輪はグズグズ文句を言っていたが、強力なテレパシー能力で触った瞬間に洗脳でもされたりしたらシャレにならない。アマノサカホコを直接素手で触ったときのことを思い出して、安全策を取った。

 俺はガラスの部分をつかんでソロモンの指輪をカサンドラさんの指から外し、指の部分の穴もガラスでふさいだ。まるでガラスの置物のようになった。

『ふざけるな! 貴様。わしを誰だと思っている!』

『悪魔の心を宿した異星人の道具だろ』

 憤慨するソロモンの指輪に俺は嘲る言葉を返した。

「なんだ、それは?」

 中心に金色の指輪を封じたガラスの塊を持つ俺を見て、叢雲警部補が眉間にしわを寄せる。

「信じられないかもしれませんが、カサンドラさんを操っていたのはこいつです」

 俺はそう言ってガラス玉を叢雲警部補に渡した。

「こいつが?」

『確かに信じられんな。まぁ、しかし、それを言ったら今回の事件は何一つ信じられないものばかりだ』

「どうしますか?」

「多くの警官の命を奪ったんだ。このまま高千穂峰の火口に投げ捨てたいところだが」

『溶岩の中でドロドロに溶ければ、どんな能力を持っていようが手も足も出ないだろうな』

『やめてくれ!』

 叢雲警部補の本音を聞いてソロモンの指輪は叫び声を上げた。もっとも叫び声を聴いたのは俺だけだ。

「殺人事件の証拠品だからな。俺の判断で処分するわけにもいくまい」

『まあ、裁判が終わったら、目にもの見せてくれる』

『お願いじゃ。助けてくれ!』

 ソロモンの指輪が助けを求めていたが、俺は無視することに決めていた。

「で、これからどうする?」

 叢雲警部補が、俺に心配そうな視線を向けた。

『他にも君の命を狙う奴らがいるんだろ、さすがに警察が君のことを二十四時間護衛することはできないからな』

 ハルちゃんは俺の隣に立つと、何気なく、俺の肘に腕を絡めた。

『約束覚えてる?』

 叢雲警部補の心の声を聴くことができないハルちゃんは、彼の質問の趣旨を正しく理解できてはいなかった。

 叢雲警部補の質問にはかみ合っていなかったが、俺はハルちゃんのぬくもりを感じながら、思わずこう答えた。

「海辺の町で夏休みを楽しく過ごします。彼女と一緒に」

 俺はハルちゃんに笑顔を向けた。

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