第13話 宮崎の夜
結局、宮崎行の最終便に間に合うように俺たちは釈放された。
「急いで! リクくん!」
まだ夕方だったが俺は腹が減って目が回っていた。足に力が入らずもつれそうになる。
俺とハルちゃんは空港の出発ロビーを小走りに走っていた。すでに他の乗客は飛行機への乗りこみを開始しているらしい。空港内のアナウンスがそう告げていた。
指定されたゲートに息を切らしてたどり着くと、飛行機に乗り込もうとしている人の列の横に、見覚えのある若い女性が立っていた。長いサラサラヘアのモデルのようにスタイルのいい長身の女性。
「カサンドラさん?」
『待っていてくれたんだ』
「何とか、最終便に間に合ったわね」
「ひどいです。何でいなくなったんですか」
『ずるいよ』
「ごめんなさい。警察は苦手なのよ」
カサンドラさんは、その端正な顔に済まなそうな表情を浮かべた。まあ、普通、警察が得意な人はいないだろう。
「いいじゃないか。待っていてくれたんだし」
「もう!」
『カサンドラさんには妙に優しいんだから』
ハルちゃんはちょっぴり頬を膨らませた。これは、ひょっとして嫉妬という奴だろうか。
「さ、行こう」
拗ねるハルちゃんが可愛くて、俺は思わず頬を緩めた。
「わかった」
『リクくんも、そんな表情するなんてズルい』
ハルちゃんの心の声に俺の表情はますます緩んでしまった。
そうこうしながらも、俺たちは、飛行機への乗り込みのために動いている乗客の列に沿って、移動を開始した。
『あの三人、ちゃんと列に並ぶんだろうな。横はいりすんじゃねえぞ』
『おばあちゃん、げんきかな~』
『旦那の実家は憂鬱だわ』
『北海道の大量殺人事件、行方不明の少年、まだ見つかってないんだ』
『奴ら間に合ったようだな』
『気づかれないようにしないと』
次々に飛行機に乗り込んでいく乗客の心の声の中に、気になるものが混じっていた。
『奴ら』とは俺たちのことか? 視線を走らせたが、特に奇異に感じる乗客はいなかった。
「どうかしたの?」
『リクくん、なんか急にキョロキョロしてる』
「いや、なんでもない」
胸騒ぎを覚えながらも、俺たち三人は列の最後尾に並び、飛行機に乗り込んだ。
「すっかり夜になっちゃったね」
「山登りは明日かな」
俺たち三人が宮崎空港に着いたころには、すっかり日が暮れていた。とりあえず市内に出たものの、具体的な行動計画は全くの白紙だった。
俺たちは、あてもなく繁華街を歩いた。派手なネオンサインの看板が通りを彩っている。
『どうしよう。リクくんと同じ部屋に二人で泊まるのは、流石にまずいよね』
当然です。
『でも、リクくんお金ないし、帰りのことを考えるとボクも貯蓄残高がそろそろ危ないし、別々の部屋にすると高いし、リクくん優しそうだし、酷いことしなさそうだし』
『いや、待ってください。思考の方向が危険です。俺としては年頃の若い女性と一晩同じ部屋に二人きりで、自制心が保てる自信がないです』
俺の頭の中で、いやらしい妄想が急速に膨らんで飽和状態になってしまった。
『ねえ、ハルちゃん』
『ん、どうしたの? リクくん』
妄想の中で、俺とハルちゃんはダブルベッドの上で二人並んで座り、ぼんやり映画を見ていた。映画の中身なんか、全く頭に入ってこない。
俺がハルちゃんを見つめると、ハルちゃんも潤んだ瞳で俺のことを見つめていた。
『ハルちゃんって、とってもかわいいよね』
『もう、リクくんたら』
はにかむような表情を浮かべるハルちゃんの頬に、俺は優しく手のひらを添える。
『えっ?』
俺は、そっと、自分の唇をハルちゃんの唇に重ねた。ハルちゃんの唇は柔らくて、温かくて、仄かに桜の花のような香りがした。
ハルちゃんは抵抗しなかった。
俺は、そっと、唇を離し、もう一度ハルちゃんの顔を見つめる。
ハルちゃんは、ほんのり頬を染め、とろけたように身体の力が抜けていた。
『いいかな?』
ハルちゃんの肩にタッチしながら、彼女の瞳を覗き込んだ。彼女は少し恥ずかしそうに顔を伏せた。
『はじめてだから、やさしくしてね』
「リク、どうかしたの? 随分、呼吸が荒いけど」
不意に声をかけられて、俺は我に返ることができた。
マズイ、自分の妄想ですっかり興奮してしまった。
「あ、あの、カサンドラさんは、これからどうするんですか?」
俺は必死で取り繕いながら、カサンドラさんに視線を向けた。
「まだ、決めてないのよ。明日は高千穂峰や高千穂峡に行くつもりなんだけど、今日の予定はホテル予約も含めて未定なのよね」
「じゃあ、ボクたちと三人で泊まります?」
ハルちゃんの提案で俺の妄想に再び火がつけられそうになった。
俺は必死で頭の中から妄想を追い出そうとする。
「まさか、同じ部屋でという意味じゃないわよね」
「ダメですか?」
『いいアイデアだと思ったんだけどな』
『いや、ハルちゃん、素晴らしすぎて危険です』
「私、妙な趣味はないから。却下よ」
「じゃあ、ボクと二人で同じ部屋というのは?」
『これならいいかな。リクくんは一人部屋に泊まってもらって、少しだけホテル代が節約できるかも』
カサンドラさんは、その美しい眉間にしわを寄せた。
「先に言っておくけど、私、同性とベッドを共にする趣味もないわよ」
俺の頭の中に別の妄想が沸き上がってしまった。
ダブルベッドの上で、モデルのような体形のカサンドラさんと小柄でボーイッシュなハルちゃんが、抱き合い唇を重ねているイメージだ。
鼻血が出そうになる。それにしてもカサンドラさんの反応もおかしい。ダブルベッドではなくツインルームという発想はないのだろうか?
「そうですか」
『ダメかぁ』
あっ、ハルちゃんもそこで引き下がっちゃうんだ。
「あなたたち、二人で泊まればいいじゃない。それが自然だと思うけど」
『あっ、ダメだ。また、振出しに戻ってしまった』
ハルちゃんが真っ赤になって俯いてしまった。
妄想に支配されたのは俺だけではないようだ。もはや彼女の頭の中は思考が読み取れる状態ではなくなった。
カサンドラさんは、俺たちの様子を眺めながら左手を口元にもっていき、何か考えるようなしぐさをしながら、ちょっとだけ意地の悪そうな笑みを浮かべた。六芒星がデザインされたアンティークな金色の指輪が人目を引く。
「ともかく、どこかレストランに入って、食事でもしながらホテルの空きを検索しましょう」
俺もハルちゃんも大きく深呼吸して、カサンドラさんの提案に従った。




