第12話 事情聴取
一刻も早く大阪を離れ九州に行きたかったのに、俺たちは警官立ち合いのもと病院で診察を受け、その後、警察署で事情を聴かれることになった。
俺のケガは大したことがなく、消毒したあと化膿止めの薬を飲まされ、頬の傷に細胞再生シートを貼っただけだった。
一方、俺を襲った男は頸椎にヒビが入ったらしく、首にギブスをはめることになった。
男の名はブルーノ・タランティーノ、大阪近辺を荒らしまわっていたひったくりだそうだ。
いままでは風のように警官の追跡をかわして逃げ去っていたが、今回、逃走中に壁に激突、負傷して御用になった。と、公式記録には書かれる予定だ。
というのも、警官が現地に来た時にはアスファルトの壁は消滅していたが、目撃者の証言は全員一致して壁にぶつかって自滅したというものだったからだ。
俺はひったくりの被害者で、かつ、犯人から暴行を受けて負傷したかわいそうな人間なので、すぐに釈放してくれてもよさそうなものだったが、付帯情報がいろいろ不自然かつ、怪しげなので、なかなか釈放してもらえなかった。
「君が手に持っていた、これは一体何かね」
『武具のようにも見えるが……』
事情を聴く係だったのは初老の太った警官だった。頭髪は真っ白で目尻のしわが深い。
「ボクたちは日本古代史を研究している高校生で、これは古事記に出てくる天逆鉾の復元模型なんです」
『ホントは本物だけどね』
幸いなことに容疑者というわけではなかったので、俺とハルちゃんは小さな会議室で一緒に事情を聴かれていた。容疑者だったら恐らく別々に尋問だ。
そのおかげで随分と俺は助かった。基本的にハルちゃんの方が弁が立つからだ。
「君たち、住所は埼玉県らしいけど、大阪には何しに来たの?」
『高校生の男女二人で旅行か? ダメだろ、親は知ってるのか?』
「大阪は単なる経由地です。本当の目的地は九州で、伊丹空港から飛行機に乗る予定です。だから、この事情聴取もどきは早く終わりにしてください」
『まったくもう!』
初老の警官の後ろでは若い人の良さそうな男性警官がノートパソコンに向かって必死に供述内容を入力している。
音声入力も併用しているのだろうが、ハルちゃんの長台詞を形にするのは辛そうだ。
「九州での行動予定は?」
『解放してほしいなら、正直に話せよ』
「日本で初めて新婚旅行をした坂本龍馬ゆかりの宮崎です。で、彼に倣って天逆鉾のレプリカが刺さっている高千穂峰に上る予定です」
『これはほんとだからね!』
『あぁ、早く全身を取り戻したいですわ』
天逆鉾はビックリするくらいおしゃべりだった。
「ところで、君たちの間柄は?」
『姉弟でも、親戚でもないよな』
『えっ、間柄ってなんだろう?』
「リクくん、私たちって……」
ハルちゃんが不安そうな視線を俺に向けた。なんだろう、実は今日会ったばかりだし、バイト仲間っていうのは違うと思うし……
「おともだち……ですかね?」
『えっ、ただのお友達?』
『ただの友人で泊りがけの旅行はないだろ』
なぜか俺はハルちゃんと初老の警官二人から非難の視線を浴びることになってしまった。
「あっ、いや、個人的には友達以上を期待しているところではありますが、相手の同意もある事ですし……」
『いやだ。これって告白ってやつ?』
ハルちゃんの頬が赤く染まった。
『高校生のくせにけしからん奴だな、下心満載でお泊り旅行に誘ったということか?』
『すげぇ、うらやましいな』
最後のつぶやきは書記をしている若い警官だ。
なんかますます話がこじれてきたような気がする。話を持っていきたいのはそっちの方向じゃない。
俺が頭を抱えていると、会議室にショートカットでちょっと太めの中年女性警察官が入ってきた。
「失礼します。報告することがありまして」
女性警察官は背筋の伸びた姿勢のまま、腰を曲げ、初老の警官の耳元で何事かつぶやいた。
肉声は、よく聞こえなかったが、心の声はバッチリ聞こえた。
『例のひったくり、ブルーノ容疑者ですが、留置所で殺害されました』
「んな、馬鹿な」
初老の警官は驚きの表情を浮かべた。
『えっ、ナニナニ、どうしたの?』
『何が起こったのか、俺にも教えてくんないかな』
二つ目の心の声は若い警官だ。
『事実です。鋭利な刃物で心臓を一突き。死因は出血性ショック死です』
初老の警官も声を落とした。しかし、地声が大きいので肉声も聞こえる。
「監視カメラは?」
『侵入者の姿は映っていません。鉄格子につかまっていた容疑者の胸から突然血が噴き出した映像だけが残っています』
初老の警官は言葉もなく目をむいた。まるで怪談話だ。
「どうしたんですか?」
俺はとぼけて質問した。内心相当ショックだったが、必死で表情をごまかした。
ハルちゃんと若い警官も知りたそうに初老の警官に視線を向ける。
「例のひったくりが死んだそうだ」
「えっ?」
『まさか、首の怪我が原因じゃないよね』
ハルちゃんが不安そうな目を俺に向けた。もし、そうなら俺は人殺しだ。でも、現実はそうじゃない。事実の出し惜しみはしないで欲しかった。
『いいのかしら、部外者にしゃべっちゃって』
女性警察官は、眉間にしわを寄せながら追加情報を初老の警官に耳打ちした。
『それと、もう一つ、ブルーノ容疑者の履物が盗まれたそうです』
「あの派手なサンダルか?」
俺の背筋に寒気が走った。犯人の目的は神具の奪取だったのだ。ということは俺も狙われる可能性が高い。
「どうしたの?」
『顔色が悪いけど』
犯人はアレックスではない。ゲイボルグには姿を消す能力などないはずだ。神具を狙う何者かが、このすぐ近くにいる。そして、そいつは姿を消すことができるのだ。
俺はテーブルの上に置いてあった天逆鉾の柄を思わず握りしめていた。




