一難去って
『涼川 任儀 11月1日誕生 20歳 男性 B型 170cm 60kg 【もっと表示】』
イヤホンの個人特定機能によると、この男は涼川本人で間違いなさそうだ。
「では、"わたし"からいくつか質問をさせていただきます」
隼先輩はそう言うと僕にアイコンタクトを取ってくる。それは、ここに来る移動中に打合せしていた"作戦"の合図だった。
僕は涼川に気づかれないよう、イヤホンによって見えるモニターのホーム画面に入る。そして『通話機能』によりある人物を僕は呼び出した。
「(ここからはよろしくお願いします。メガネ先輩)」
《オッケー! じゃあさっそく始めちゃうよ。『心拍測定:リミット解除』》
その瞬間、表示されていた涼川の情報に新たな項目が追加される。
『…… B型 170cm 60kg 76回 【もっと表示】 』
イヤホンの機能の一つ『心拍測定』。本来自分の心拍しか測ることのできないのだが、制限を取っ払うことで目に映る人の心拍をこれで把握できるようになった。
隼先輩曰くこの数字が異常に跳ね上がった時のタイミングを僕に見てほしいというのが、移動中に僕が受けた指示だ。
そして僕が準備している間にも、隼先輩はどんどんと質問を涼川に向けて容赦なくぶつけていた。
「では、この監視カメラの映像は全てあなたで間違いないのですね」
「はい。これはボクで間違いないです」
「わかりました。それなら本題です。あなたのその特別な力を見せてください」
先輩はそう言うと涼川に外へ出るように促す。涼川はそれに従い隼先輩の後についていこうとする。その時、ふと後ろへ振り返り一番右奥にある洗濯機を見た所を僕は見逃さなかった。
僕達が全員外へ出るのと同時に隼先輩は涼川へ向かいペットボトルを投げ渡そうとする。その瞬間涼川の背後から突如として"怪物"──いや、"ファイター"が姿を現した。
その姿は僕の『ブルー・オーシャン』と似たマネキンのような白い身体で髪の毛は一切生えていない人型。
だが僕と違うのは、そのファイターの身体に一切の装飾が無いこと。まるで高級デパートに置かれたマネキンをそのまま盗み出したかのように真っ白で、無垢な状態のファイターに僕はある意味での恐怖を感じていた。
涼川のファイターは投げられたペットボトルを掴もうと手を伸ばす。すると先ほどまで何もなかった右の手の平に、突如として黒く禍々しい渦のようなものが出現した。そしてペットボトルはその渦に引き寄せられているかのように軌道を変え、渦の中に吸い込まれていった。
早瀬さんの予想通り、やはり涼川はファイター使い。監視カメラに収められていた不可解な現象はカメラに映らなかった涼川のファイターのせい、というわけだ。
「こいつに名前は付けていますか?」
「一応『ポへット』って名前を付けました」
「『ポへット』…… いい名前ですね。役所に登録はされましたか?」
「え、登録とかあるんですか!?」
その時、任儀の心拍数が急激に上昇し98という数字が表示される。この焦り具合からしてどうやら『ファイターの登録制度』について初めて聞いたらしい。
(なんだよかった。ただの登録忘れか……)
僕は思わず肩の力を抜き小さくため息を漏らす。
そりゃあ、何かあってくれた方が僕の力を発揮できるしジェイクさんに認めてもらえるかもしれないとか言うと不謹慎かもしれない。実際に僕は心の奥底ではそれを期待していた。でも、今考えると平和的に解決した方がいいかもしれない。僕はそう考えを改めた。
「取り調べは以上となります。お疲れさまでした」
「とんでもないです。迷惑をおかけしてすみませんでした」
「一週間以内の登録を忘れないようにしてください」
そうして涼川は隼先輩へ向けて深々と頭を下げる。どうやら話は終わったようだ。
──少なくともこの時の僕はそう思っていた。
「ところで涼川さん、モフモフはお好きですか?」
「…… は?」
隼先輩の意味不明な言葉に思わず声が出た──のは僕だった。
だって先ほどまで真剣な取り調べを行っていたのにも関わらず、突然気の抜けた質問をしてきたからだ。
「あ…… もちろん好きですよ!」
「ですよね。じゃあ今あなたのすぐ後ろに座っている"あの子"も可愛いと思いませんか?」
とっさに涼川が振り返るとそこにいたのは隼先輩のファイター、『エド』だった。だがその『エド』の様子がおかしい。あの天使のような顔立ちとは一変、優しい顔立ちには不釣り合いなほどの大きな牙をむき出しにしながら『エド』は涼川に向かい唸っていた。
「"俺"のファイター、『エド』はとても鼻がいい。だから事件解決の依頼が頻繁にやってくるんです。特に"探し物"を見つける時なんかはね」
「先輩どういう──」
僕の言葉を遮り、先輩は右ポケットから何かを取り出そうとした、その直後。
(あれ、"また"──)
涼川はまたコインランドリーの中に一瞬視線を向けていた。
そうして隼先輩が取り出したのは小さく透明なパケ袋。その中身は…… "まっ白い粉"だった。
「それはッ……!」
何かを言いかけた涼川の心拍数は、すでに120を超えていて今もなお指数関数的に上がっている。
ふと僕と隼先輩と目が合う。そして僕の手元へと隼先輩の視線が落ちた。僕は静かに親指を立てる。これは「上がっている」というハンドサイン。それを見た先輩は持っていたパケ袋を破り『エド』に向かって匂いを嗅がせ始めた。
「俺はあなたの能力を初めて聞いた時、どんな犯罪にも利用できると思った。だから"念のため"確認させてもらう。行けッ! 『エド』!」
その瞬間、とてつもない猛スピードで『エド』は涼川や僕を通り過ぎコインランドリーの中へと入る。向かったのはコインランドリーの外に出る際、涼川が一瞬見たあの右角の洗濯機。
「やはりあったな。"隠し穴"が!」
『エド』は器用に前足を使い扉を開けると勢いよくその中へと入っていく。かと思うと『エド』はすぐに隼先輩が見せたような"まっ白い粉"が隙間の無いほど詰まっているパケ袋を一つ口に咥えていた。
「俺がさっき見せたあの粉はただの"ザラメ"だ。だがそれを見たお前はひどく驚いていた。そして極めつけにこの"臭い"。これは正真正銘の『覚醒剤』だ!」
先輩がそう言うと『エド』は咥えていた袋を地面にたたきつける。たちまちパケ袋が破れ、粉が床に散らばった。
「ここまでくるともう擁護はできない。これからお前は違法薬物所持の疑いで一緒に来てもらう!」
そう言って隼先輩は涼川に向かい指を向ける。だがこんな状況の中、僕は先輩に対してある違和感を感じていた。
(コインランドリーから出た時も、先輩がパケ袋を取った時も僕は涼川を見ていた。だから涼川の見ていた洗濯機の位置が分かる。だけど先輩はその時涼川の方を見ていない。一体どうやって──)
そんな事を考えているなんて気づきもせず、隼先輩は涼川の方へと距離を詰めようとする。だが隼先輩がその一歩を踏み抜いたその時、涼川は突如グラスを弾いたような音と共に空中へと打ち上げられた。
「なッ!?」
あまりにも突然の出来事に僕はとっさに『ブルー・オーシャン』を出現させ、涼川へ向かい指を向ける。だが──
「駄目だ清澄! 撃ってはいけない!」
「何でですか先輩! じゃないと──」
「規則だ! 『攻撃許可』が下りていないッ……!」
そういいつつも隼先輩は下唇を強く噛んでおり、僕達は建物のでっぱりに掴まる涼川をただ黙ってみる事しかできなかった。
(だけどなんで突然。まさか涼川のファイターの能力は『物を収納する』ことじゃないのか?)
そう僕が思った時だった。
《攻撃許可が下りたよ!清澄君!》
二手遅れてメガネ先輩から返事が返って来た。その声が聞こえた瞬間、考えるより先に僕の身体は行動に移っていた。
「『飛散』!!」
リロードを介さないサファイアの速攻攻撃。だが腕に狙ったはずの弾丸はまるで『透明な板』に阻まれたようにまたもグラスを弾いた音と共に反射し明後日の方向へと飛んでいく。
(まただ! でも一体どこから──)
その時だった。
「ジンギ氏~~ッッ!!」
僕達の頭上から絶叫が放たれ、気が付くと涼川の掴まっていた手は建物のでっぱりから屋上のてすりへと変わり、今屋上へと到達しようとしている。そして僕は目に映った"ソレ"を見て、ある証言を今更ながらに思い出した。
"でもマオいつも一緒にいるあの『ブスメガネ』きらーい "
なんていう事だろう。僕はすぐ近くに隼先輩がいるのにも関わらず奴らに向かって大きく叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「敵は──『二人いた』ッ!!」
最後まで読んでいただきありがとうございます✨




