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少女の探し物

 放課後の帰り道、そろそろ四月も終わろうかという満ち溢れた陽気は、退屈な授業で疲労の溜まった体に心地よい眠気を誘ってくる。

「ふあぁあ、ねむてー」

 入学式から一カ月も経とうかという時期。ほとんどの新入生は既に部活に入部しており、放課後は汗水を流しながら走り回っていたり、高校生になった自分がこれからどんな成長を遂げていくのだろうか? などと未来の自分に想いを馳せていたりするのだろう。

 そんな未来の自分に希望をもっている新入生の中で俺は一人、退屈な気分のまま学校を後にする。

 昔は野球をやっていたのだが、特に思い入れがあったわけではない。最初は親に言われてやってみて、結局中学までは続けていたが……もう野球をする気は無い。中学まではなんとなくでやれてはいたけど高校からは違うと部活の見学に行き思い至った。

 高校野球はなんとなくで出来るような甘いスポーツではない。

 まず見学して素直に出てきた感想は、この学校の野球部は「あんまり強くないだろう」だった。

 でも練習をしていた部員たちを見ていると、俺には無かった熱意がはっきりと伝わってきて、少し野球の出来るような、ましてやそんなに野球が好きでもない俺が入るような場所ではないとそう結論づけた。

 かといって他にやることも無く、部屋に帰り着いては、ゴロゴロしながら漫画やら雑誌やらを読み漁り、いつの間にか寝落ちして起きたらまた読み返す。まさにニートとは俺みたいな奴をいうのだろうか? などと考えてみたりする。

 まあ、学校に通っている時点でニートではなく、学生であるのだが。

 しかし、最近は暖かくもなってとてつもなく眠い。いつも帰り着くと、とりあえずベッドに横になり、漫画を読みだす。そしていつの間にか寝落ちしている。というのが心地が良くて癖になりつつある。

「おっと、そういや昨日開拓した書店で新刊買ったんだったな」

 まだこちらに来て日も浅く、偶に自分の住んでいるアパートの周りを散歩している。一人暮らしをしている為、どうしてもいろんな店をチェックしておく必要があるのだ。

 自分の住んでいるアパートは学校周辺の住宅地にあり、住宅地から少し歩いたところに駅がある。駅周辺にはいろんな店が立ち並んでおり、この街に住んでいる人たちで賑わう繁華街となっていた。

 昨日は繁華街に立ち並ぶ店の中に書店を見つけた。書店の中はとてつもなく広く、膨大な数の書籍が広がっていて、同じ本何冊置いてあるんだよ……とちょっと突っ込みたくもあったが品揃えも申し分なく、田舎の古臭い書店よりもこっちの方が清潔感があって俺は好きだった。

 その時にちょうど探していた漫画の新刊を買い、今日の放課後にゆっくり読もうと思っていたのだ。

 家の前に辿り着き、鞄の中にある部屋の鍵を探す。

「ん? ……ないぞ。ちょっと待て、鍵が無い!」

 鞄の中にしまっておいた鍵を探す。ポケットに入れると財布やスマホと一緒になるから取り出した時、一緒に落ちてしまうのではないかと危惧し、いつも鞄の中に入れている。

「おいおいまじか。ここまで来てそれかよ……」

 目の前には安息の地へと通じる扉が目の前にあるというのに、鍵が無いのではどうする事も出来ない。

 まさか学校に落としたのか? 可能性は十分ある。

「はぁ……やっぱり次からはポケットに入れとかないとな」

 俺は開き直る事にした。何時までもくよくよしていても仕方が無い。

 それに失敗してみないと判らない事もある。失敗をするからそれを改善しようとする意識が生まれるのだ。

 都合よく自分にそう言い聞かせながら帰ってきた道を戻る。

 学校へは徒歩十分なのでそんなには掛からないのだが、自分の部屋の前まで来てまた学校に戻るというのはなかなか鬱屈した気分になる。

 だらだらと通学路を戻るが、そんなに時間を掛けること無く学校に着いた。

校門を通り過ぎたあたりでグラウンドからサッカー部の野太い声が聞こえてきてふと思う。野球をやっていた時もそうだったがどうして全員で声を張り上げながら走るのかあまり理解ができない。走りながら声を出す練習なのだろうか? みんな声を合わせて出す事によって連帯感などの向上を図っているのだろうか? まあサッカーはチームワークが大事だと良く聞くしな。

 そんな事を考えグラウンドを眺めつつ、校舎を目指す。

 校舎に辿り着き、昇降口で靴を履き替え教室へと向かう。鍵を紛失した場所は大体見当をつけているし、すぐに見つかる筈だ。。

 三階へと階段を上り、二つ教室を通り過ぎた所に自分の教室がある。

「――ん? なんだこれ」

 靴越しに何かを蹴飛ばしたような感触があった。視線を下に向けると、そこには真新しい青いノートが落ちている。

「えーと……仲山千野? って確か同じクラスだよな?」

 ノートの表紙には名前だけが書いてあった。

仲山千野――自己紹介の時に名前を聞いた覚えがあるが……あまりぱっとしないおとなしそうな奴だったし、顔もぼんやりとしか思い出せない。

 授業のノートだろうと特に中身も見ず教室へと持っていく。同じクラスメイトだし、机の上にでも置いといてやろう。

 教室の扉の前に立ち、ある問題点に気づく。そういえば鍵は開いているのだろうか? この時間はもう誰もいないだろうし、開いてなかったら職員室で鍵を借りてこよう。

 施錠の確認をするため扉を開けようと試みた。

「お、開いたぞ」

 誰かいるのだろうかと扉を開け教室の中を覗くと、ある異変に気づく。

一つは教室は机やら椅子やらが所々列を乱していた。多少なら俺も気づかなかっただろうが、一目で分かる位、大きく位置をずらしている机もある。

 そしてもう一つは、一番後ろの窓際の席で机にうなだれている女子生徒が居た。腕をだらんと下げ、窓に向かって顔を向けている。

 何処までも深い漆黒のオーラを纏うその姿を見て、俺はこう思った。

 ……失恋だな。

 まあ高校に入学してとりあえずかっこいい男子ををゲットしようと意気込んだが、あっけなく自分の恋心が粉砕されて黄昏に浸っている――そんなとこだろう。

 顔が見えない。誰かはわからんがとりあえずそっとしておいてやろう。

特に声をかける事も無く自分の席へと向かう。俺の席は一番後ろの真ん中であり、ここからは女子生徒の哀愁漂う背中が見える。

 あまり気にしない様心がけ、俺は乱雑に物が詰められている机の中身を漁り出した。

「――ひっ!」

「うわっ」

 俺が机を漁っている音が聞こえたのだろうか。ガタッっという音と共に軽い悲鳴が聞こえてきた。女子生徒の声に俺の方も一瞬だけ驚く。そろそろとその女子生徒の席を見ると。

 窓の方を見ていた頭を回転させ、こちらを見て……いるのだろうか? 長い黒髪が顔を覆い隠していて本当に見られているのか分からない上、誰かも判別出来ない。

 ……いや、あれは貞子だ。間違い無い。

「だれ……ひっく……ですか?」

「お前も誰だよ!」  

 絶望の淵に立たされているかのようなか細い声につい突っ込んでしまった。どうやら貞子では無かったようだ。

「ひっく、わたしっ……はっ……なかやま…でっす。ひっく、じんせい……っ……おわりっ……ましっ……たっ! ひっ……ひひひっ」

 涙と鼻水で顔をグシャグシャに歪め、そう言った女子生徒は、自嘲的に笑い始めた。

 ……やっぱり貞子だ。



「お、おい、大丈夫か?」

 ……なんだか相当痛いダメージを受けているようだ。

 その女子生徒は仲山と言っていた。――ん? 仲山ってさっきのノートの持ち主か? こんな下品な泣き方する奴だったのか……。涙を流すならしくしくと、もっと清楚な泣き方をして欲しいものだ。

 大分落ち着いてきたのか鼻をすする音も聞こえてこなくなり――最後にもう一度ポケットからハンカチを取り出し鼻をかむ――涙を拭ってこちらを向いた。

「ぐすん、すびばせん……取り乱しちゃいました」

「ああ、気にするなよ。――それで? 何かあったのか?」

 涙を流す仲山を見ていたら、思わず泣いている理由を聞いてしまった。

 俺の席と仲山の席は三つ離れていて、二つの机越しに会話する。俺もとりあえず席に着き、肘をついて窓側の彼女の方へと顔を向けた。

 想像はついている。どうせ振られたんだろう。しかし好きな奴に振られたなんて言われたらどう反応すればいいんだ? ……全く分からん。やはり放置しておくべきであっただろうか? でもあんな悲壮感の漂う泣き顔を見せられたらちょっとな……。

「無くし物を……それがけっこう大切な物でして……」

 ……どうやら違ったらしい。それなら一体何を落としたんだ? この落ち込みようからして相当大事なものに違いない。

 だとすれば……はっ! まさか勝負パンティか!? 

 ……いやそんなわけがない。だがしかし、俺がそんな物を落として見せびらかされでもしたら今の仲山みたく間違いなく号泣するな。いや、涙を流す間もなく死にたくなってくるだろうな。

「ノートを無くしちゃいまして、私の大切なノートを……」

「ノート? そんなもんで何故泣く?」

 ……どうやら違ったらしい。まあ当たり前だ。

 恐らく、机やら椅子が微妙にずれているのは仲山が焦って探しまわったせいだろう。それほど取り乱すとは一体何が書いてあるんだろうか?

「私はこの学校に入学する前、友達ができるか不安だったんです。ですからお姉ちゃんのアドバイスや本から引用した言葉をまとめたノートをいつも持ち歩いてたんです。新しく友達が出来ても会話に躓いちゃったりしないように」

「ほぅ」

「でもそのノートが消えちゃって、あれがないとせっかく出来た友達ともどう付き合っていけばわかりませんし、そもそも他の人に見られちゃったらもう学校来られないです……」

 両手を太ももに挟み、もじもじしながら話す。声にも力が無く、だんだんと消え入りそうになっていた。

 俺から言わせてみれば、この時期普通にクラスメイト達と話を合わせていれば友達と言える相手くらい見つかると思うけど……。

 でも仲山みたくそんな不安を抱える奴もいるんだ。だからノートに勇気が出る言葉でも書いているのかもしれない。

 このまま悲哀まみれの仲山を見ているのもかわいそうだし、もったいぶる必要も無い。

「おい、これ仲山のか?」

仲山は俯きしょぼくれていた顔を上げる。その視線は俺が掲げた右手のノートに集中した。俺が掲げたノートは先程廊下で拾ったノートである。

「え!? そ、それ私のです! ど、どこで拾ったんですか!?」

 は、はやいっ! 

 机二つ分隔てた距離を仲山は一瞬で詰め、間近まで顔を接近させてきた。

 油断していたのもあるが全く仲山の動きが見えなかった。もし二人で殺し合いをしたら一瞬で俺の命が持っていかれていた事だろう。

「さっき廊下で拾ったんだ。ほら」

 手に持っていたノートを仲山へと渡す。強張っていた顔も徐々に緊張のとけた笑みへと変わっていった。

「――っありがとうございます! もう学校に来られないかと思いました」

 仲山はノートが見つかった事に感激しているのか感謝してもしきれないという程、何度も何度も頭を下げて来る。

俺はそんなにすごい事をしたのだろうか? 全く自覚出来ないんだが。

「いや、そんなに感謝される様な事もしてないよ。それよりな」

「はい! 何でしょう?」

 すっかり機嫌を直して目をギラギラに輝かせる仲山に少々驚きながらも、気になった事があるので聞いてみる。

 結構当たり前すぎてもしかしたら俺がおかしいのだろうかと疑問に思ってしまう程、単純な話しなんだが。

「なんでそんなノートに名前を書いた? まあ名前があったからお前に届けられたんだが」

 このノートは仲山の誰にも見られたくないノートであったのだ。そんなノートの表紙にはご丁寧に彼女の名前が書いてある。仮に見つかってみんなに回し読みとかされても名前を書いてなければ誰の物なのか分からない。

 何かしらの事情があったのだろうか? 例えばこのノートが誰かとの思い出の品で、その人との思い出が詰まったノートが自分を友達へと導いてくれるのではないのかと――。そんな思い入れがあるのかもしれない。

「自分の物には名前を書く! そう教わってきたからです!」

「……そうか」

 特に深い意味も無かった様である……。



「すみません、本当に助かりました」

 仲山は俺の隣の席に腰を下ろし、隣の席で会話することになった。

「あんまり気にするなよ。あとクラスメイトなんだから敬語とかやめろよ。逆に使われるこっちが恥ずかしいから」

 深々と何度も頭を下げ、お礼を述べてくる。何度も頭を下げ、上げ、下げ、上げ。……いい加減にしとかないと髪がぼっさぼさだぞ……。

 仲山は俺に対して最初から敬語を使っていた。

癖なのかも知れないが、クラスメイトに敬語なんか使わせていたら周りからどんな視線が飛んでくるか分からないからな。とりあえず止めて欲しい。

「そうなんですか? ……う、うんわかった。初対面の人とはなんだか敬語で喋っちゃうんだよね。知らない内から癖になっちゃってて」

 仲山の口調が敬語からタメ口へと変化し、それが嬉しいのか、「えへへ」と照れくさそうに笑っている。

 それより俺の名前覚えてたんだな。まあ俺も仲山の名前覚えてたんだし、覚えておいてもらわなくちゃ困る。というか悲しくなってくる……。

「あの、ところで三浦君は何しに来たの?」

 仲山はこちらを覗くように上目使いで聞いてきた。首を軽く傾げた時、肩に掛かっていた艶やかな黒髪がさらりと肩から落ちる。

 なんだか……柔らかそうな雰囲気の奴だな。

そんなことを考えていると仲山の言葉の意味を理解するのに手間取ってしまった。

 あぁそうだ。すっかり忘れてたが鍵を探しに来たんだった。早いとこ見つけて昨日買った新刊読まないと。

 顔を涙と鼻水でグシャグシャにしていた仲山が衝撃的すぎて、何をしにわざわざ教室まで来ていたのかを忘れていた。仲山に構って自分の目的を忘れてしまうとは。

「鍵を探していてな。家に帰ったら鍵が無いもんだから探しに来たんだ」

「鍵……あっ! ちょっと待ってね! えっと、それってこれのこと?」

 俺がここに来た目的について話すと、仲山は短く答え、スカートのポケットから安っぽい鍵を取り出した。それを渡してもらい、どんな鍵かを確認する。鍵には二○一と書かれたキーホルダーが付いておりその裏には俺が住んでいるアパートの名称がシールで貼りつけられていた。

「……女神よ」

 仲山が渡してくれた鍵は確かに俺の物であった。まさか仲山が拾っていたとは思いもよらず、つい彼女を崇める様な事を言ってしまう。

 いかんな、仲山の後ろから後光が燦然と輝いている。――いや、ただの夕日か……。

「いや、すまん。本当に助かった。これがもし見つからなかったら大家さんにコテンパンにされてたかもしれない」

「うん! 私もノートを見つけてくれてありがと。そうだ! 何かお礼させてくれないかな?」

仲山は思いついたと言わんばかりに手を合わせて言う。

「お礼? 俺の鍵見つけてくれたんだからいいじゃないか。俺だって十分感謝してるよ」

 俺は言葉通り、十分に感謝している。さっきも言ったが万が一鍵を無くしでもしたら俺が住んでいるアパートの大家さんにみっちり怒鳴られてしまう。

 こちらへ引っ越してきた時にもらった鍵を早々に無くしてしまったのだが、その時はとりあえず畳の部屋で一時間正座させられ、黙々と大家さんに教えを説かれた。怒鳴られはしなかったが終わってみると足の甲やら脛やらに畳の痕がくっきりと残っていて感覚が無くなってしまう程痺れていた。なかなかの美人さんなのだが説教がねちねちとおっさん臭い。

 何故鍵ごときでそんなに怒るのか全くわからん……。

 そんな事情もあり、仲山には少なからず恩を感じているわけで――。

「逆に俺が礼をしたい気分だ。さあ! 俺をなんなりと使ってくれ!」

 特にお礼の内容が思いつかず、とりあえず仲山なら無茶なことも言わないだろうと高を括ってそんな事を言った。

「そ、そうなの? じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

 仲山はいきなりもじもじとしだし、自分の長い髪をくるくると指で回している。夕日が出ている所為だろうか、ほんのりと恥ずかしげな顔が紅潮しているようにも見えた。

 もしかして……もしかするのか!?

「私と……友達になってください!」

「……はい」

 まあ……だろうな。



「よかったぁ! また友達が増えたよ!」

「まあ俺はいいが、お前はそれでいいのか? 友達と言ってもまだ俺たちはただ口約束しただけの仲だぞ」

 友達になって欲しいと言われ、とりあえず友達になった……のはいいがそれを友達と呼べるのか? 俺にも入学してそれなりにクラスメイトと喋ってはいるが、まだそいつらとの方が距離が近いような気がする。俺的にはまだこいつとの関係はただの口約束しただけのクラスメイトに過ぎない。

「いいんだよそれで。お姉ちゃんに聞いたアドバイスの一つなんだから」

 そう言うと仲山はノートを俺の方へと突き出してきた。

 なるほど、お姉ちゃんに言われたからか、仲山の姉はなかなかポジティブな教育をしているんだな。

「とりあえず誰かに友達になって、って言えばそれできっかけが出来るって教わったんだ。そこから自分の事を話して、相手の事を知って、だんだん仲良くなっていけばいいんだよって」

 仲山は仲山姉の事を語る時、なんだか嬉しそうに話す。お姉ちゃんの事が大好きなのだろうと、その表情から見てとれた。

 なるほど、ただの口約束と思えていた言葉はきっかけをつくる為だったか。そこからその人との関係を深めていけばいいと。

 なんと知略的な戦術だろうか……仲山の姉君おそるべし。

「だからとりあえず、これからよろしくね!」

「そうだな、とりあえずこちらこそ」

 晴れて俺たちはとりあえず、友達になったのだった。これから先、どうなっていくのかは俺と仲山次第――という事なのだろう。

「それで?」

 話も一区切り着いた所で鍵も戻ってきたしそろそろ我が家へ帰ろうかと席を立とうとしたら、まだ話は終わっていないと首を傾げて聞いて来る。

「ん? 何が?」

 それで? と言われても何のことなのかさっぱりわからない。まだ何かあるのだろうか?

「まだ君の望みをきいてないよ? さあ! 私をなんなりと使ってください!」

勢い良く席を立ち、左手を水平に掲げ、右手を胸に当て、天井を仰ぎながらそんな事を言ってきた。

 別にいいと言ったんだが。しかし、なんなりと? 使ってください?

 さっき俺が仲山に対して放った言葉だが、仲山が使用するとなんだか如何わしい事を言ってるように聞こえてしまう。

 これからの高校生活でその言葉を多用しないか少し心配になったが、今の俺は如何わしい事を言われ、如何わしい事で返す。という度量が無い。男としての未熟さを地味に思い知る。

 だがこれはいい機会だと閃いた。

誰かに聞いてみたい事があった。別に仲山でなくても良かったのだが、とりあえず友達になったのだ、せっかくだし聞いてみよう。

 それに俺はまだ仲山が友達だと半分しか思っていないのだが、もう半分を埋めるためにはこの事を聞いてもらわなくてはいけないと思う。

「それじゃあ――」

「うんうん!」

 仲山はわくわくしているような笑みを見せ、中腰になり俺の顔へ自分の顔を近づけてくる。その笑みに俺が聞きたい事をぶつけてみよう。

「聞かせてほしい。仲山の目には俺がどんな風に映ってる?」

「へ?」

 結構近めにあった仲山の顔は、そんなことでいいの? か、どうしてそんな事を? のどちらも考えている様な困惑した顔になっていた。

「要するに、今のお前にとって、今の俺はどんな奴かって聞きたいだけだ」

 あまり納得がいかないようなムスッとした表情を一瞬だけ浮かべ、思案顔になる。

「そんなことでいいの? んー最初見た時は、優しそうな人に見えたよ」

 優しいか、確かに自分でもそんなに強面ではないと自覚しているが。

「そして今ではね、予想した通りすっごい親切な人だったんだなって、友達になれてすごい嬉しいって思ってるよ」

 ――そうか、優しいか。

 仲山の顔につられて、俺の顔も少しだけにやけてしまう。でも、少しだけだ。すぐに気分が暗くなってしまう。そういう意味では彼女の笑顔に少しは救われたのかもしれない。

 だって俺はそんな善人ではない。彼女には優しいとか親切とか良い意味で捉えられる褒め言葉をもらったわけだが、それは俺の事を知らないからだ。

 今まで会話を交わした事が無いのだから当たり前なんだが。

「そうか、ありがとう」

 仲山にそう返す。本当に心の底から感謝している。そういう目で見てくれた事に。

 でも、それはお前が俺の事をまだ良く見てないから、俺の事を全然知らないから。

 ――俺がただの屑だってことに気が付いていていないだけなんだ。

 俺の過去を知ってまだ、仲山が友達としていてくれるなら俺たちは本当の友達に、それこそ親友にだってなれるのかもしれないな。

「今のはノーカンだよ!」

 仲山は人差し指を俺の前にビシッと突き立ててきた。俺の心に迫っていた黒い影が一気に霧散してしまったかのように晴れていく。

「そんな事お願いじゃなくてもいくらだって言ってあげます。だからもっとちゃんとしたお願い事をよろしくお願いします」

 俺のただ自己満足なだけの願いは却下された。安っぽい願いは受諾してくれないらしい。

「ふっ、わかったよ。じゃあどんな事してもらうか? 何でもいいんだろ?」

「う、うん、何でも……いいよ?」

 少し怯える様に顔を赤くする千野は可愛らしい小動物みたいで、自分もなんだか恥ずかしくなってしまう。

「……すまん。まだ思いつかないからまた今度な。考えとくよ」

「そ、そうだね! じっくり考えて来て!」

 仲山も納得してくれたみたいだ。それにしても願い事か……。

 俺はこの学校に来て何を望んでいるんだろう。何しにきたんだ? 何を望んでいるんだ?

 窓から見える、燃える様に赤い夕焼けを見ながらそんな事を考えていると、夕焼けと一緒に視界に入っていた仲山が帰り仕度を始めていた。

「三浦君? そろそろ帰るけど……」

 仲山は、机の中の物を鞄へと丁寧にしまっていき、両手で鞄を持つ。

「ああ、帰ろう。……その前にだな」

 千野は完全に忘れているのであろう。 俺は教室中を見渡した。

「え? あっ! そうだったよぉ……」

 最後に仲山がノートを探した形跡を消す為、バラバラになっていた机の列を正す。二人で教室を出ると、仲山は誰も居なくなってしまった教室の鍵を閉めた。



「なんだか友達と一緒に下校するとなんだか頼もしいなぁ」

 昇降口から中庭へ、そしてグラウントが見渡せる横道を歩いている途中、いきなりそんな事を言ってくる。

「頼もしい?」

「うん、だってみんな部活してるから一緒に帰る人居なかったし、一人寂しく帰ってたよ。でも隣に友達が居るだけでこんなに楽しい気分になれるんだね! やっぱり三浦君が友達になってくれてよかったよ」

 そんなに喜んでくれるのは、素直に嬉しいと思うのだが。

「俺はまだ友達としてお前に何かしたつもりはないんだけどな……。っていうかお前部活とか入ってないのか? その方が友達もできると思うけどな。それこそ百人や千人だって」

「うん、確かに部活すれば友達だってたくさんできるのかもしれないけど……」

 そう言って照れた様な笑いを見せる。

「あんまり自信ないんだ……何かを始めようって思った事もあったんだけど、いざやってみようとすると、私に出来るのかなって尻ごみしちゃって……」

「自信が無いか?」

 今まで何もやってこなかった奴が何かを始めようと意気込むのはとても良い事だと思う。でも何もやってこなかった分「自分がどれだけ出来るのか」が分からないんだ。どれだけの才能があって、どれだけ努力する事が出来るのか?

 そう考え出すと、不安はどんどん募っていく。

「うん……駄目だね、私って」

「いや、俺はそれくらい慎重な方がいいと思うぞ」

「え?」

 俺の仲山を肯定する言葉に、仲山は驚く。まさか褒められるなんて思っても見なかったのだろう。

「安易な気持ちで部活を選んだって本当に続けていけるのかわからない。たとえ才能があったとしても、好きじゃないと続かないからな」

「……うん」

 逆に嫌いになってしまう可能性が無い事も無いんだからな。

「三浦君は? 何か部活に入って無いのかな?」

「まあいろいろあってな、俺も部活に入る気はないんだ」

 その場を流す勢いで、ただの興味本位で聞いてきたのであろう仲山の問いに俺は軽く返した。

「そうなんだ、じゃあ部活やって無い同士、今度遊びに行きませんか?」

 結構唐突な仲山の誘いは話題を転換する、という意味で都合が良かったのだが、仲山の中で何故遊びに行くという選択肢が出て来たのか、全く分からない。

 だが特に普段が忙しい訳でもない。

「ああ、いいぞ」

 しかしちょっと待て……自然な流れで返してしまったが、いくら友達とはいえ女子と二人で遊ぶってのは果たしてデートとは言わないのだろうか?

 よし、どう思ってるのか聞いてみるとしよう。

「しかし、それってデートじゃないのか?」

 出来るだけ無関心を装いながら尋ねてみる。

「友達なんだからデートじゃないんじゃないかな?」

 特に顔色一つ変える事も無く、淡々と返される。

 ほう、なかなかこいつはしっかりしているな。あくまでも俺の事は友達だと思っていて、異性としてはあまり見られてないらしい。少しは意識されてるのかと思ったが、全くそんな事は無いようだ。

 なんだか、男として自信無くすな……。

 自分で聞いておいて自分の自信を無くす羽目になるとは思わなかったぞ。

「……わかったよ。放課後と休日はたいてい暇だから声掛けて来るなり、連絡するなり好きにしてくれ。」

「やったぁ! じゃあ連絡先教えてください!」

「ああ、ほらよ」

 自分のスマホ渡し仲山にやってもらう、そんなやり取りをしている間に校門へと辿り着いた。

「私こっちなんだ」

 一歩前に出た仲山は自分の家があるのであろうその方向に指をさす。

「そうか、俺はこっちだ」

 どうやら俺と仲山の家は学校から見て真反対の方向にあるらしい。

「そっか、帰る方向一緒だったらまだ一緒に居られたのにね」

 仲山は名残惜しそうにその場に佇んでしまう。

「おいおい、帰り道同じだったら一緒に帰るつもりだったのか? それは今日友達になった俺達が出来るような事じゃないって。しかも同性ならともかく俺達は男と女だぞ。そういうのはもっと特別な関係の奴らがするようなもんだ」

「え、でも友達ってそういうものじゃないのかな……?」

 仲山は悲しそうに、不安な眼をして聞いてくる。

 こいつは本当に友達との、それも男との付き合いってのがなかったんだろう。純粋な目をした仲山にきつく言うのは気が引けるのだが。

 とりあえず友達として言っておかなければならないだろう。

「間違ってはいない。友達同士が一緒に帰るのも別におかしくはないさ。だがな、俺達がいくら健全な友達です。って言ったところで周りの目には俺達が付き合ってるようにしか見えないかもしれないだろ」

 俺達は友達だろうと俺が言うと仲山は一瞬笑顔になったが、その後の言葉に当惑した表情を見せる。

「友達だからこそ俺達はそこまで一緒にはいられない。それなりに話したり、遊んだりするのは構わないが、周りの視線も少しは気にしてみるんだ。俺達は二人で生きているわけじゃないんだからな」

「そう……なんだ、あはは……なんかごめんなさい。私しつこかったかな」

 すこし傷ついた表情を見せる仲山は、軽く俯く。

「一緒に帰る奴を探してるんなら女子の友達を探せばいい。とにかく、男である俺と一緒に帰るのはまずいんだ。俺とお前が友達かどうかはともかくな」

 俺の少し突き放す様な言い方に、傷ついた表情を仲山は見せた。

「うぅっ、そ、そうだよね……」

 ちょっと、きつく言いすぎたか? うっわ、なんか黒い煙みたいなのが見える。これが負のオーラって奴か!? いや、仲山の落ち込み具合から見えてしまった俺の幻覚だ。相当ダメージがでかそうだな。

「あはは、ごめんなさい、いつも一人でいたから友達とどうやって接していけばいいのかわからないんだ……ぐすっ」

 仲山の長い睫毛には涙だと見てとれる水滴が付いており、今にもぼろぼろと落ちてしまいそうだ。

 これはいかんな、俺がいじめているみたいだ。でもこういうのは友達として付き合い始めて長くなればなるほど言いづらくなってくるものだ。はっきりと言っておく必要がある。

 ただまあ、少しのフォローも必要だな。

 俺は仲山の俯く視線の先に自分の顔を移動させ、微笑んで見せる。

「いいんだよ、わかんなくて。最初は出来ないのが普通なんだ。それがお前にとっては今だっただけだろう?」

「う……うん」

 俯いていた仲山は涙を流させまいと、グッとこらえているのが見てとれる。

 仲山が泣くのを我慢しているその表情は、まるで小さな子供の様で、そんな表情が俺の庇護欲を掻き立てる。

「お前の事はなんとなくわかったから、わかんないことがあれば何だって聞いてこいよ。とりあえず友達なんだから俺の知ってる範囲で答えてやる」

 仲山はごしごしと自分の袖で涙を拭い、こちらへと笑いかけ――。

「うん! ありがとう!」

 はっきりとした声音で嬉しそうに答えてきた。

 結構当たり前のことを言ったつもりだったんだが、自分の考えを相手が理解してくれると嬉しいもんだな。



 一連のやり取りを校門前で、しかも友達になってまだ一日と立ってないような相手と繰り広げたわけなのだが、俺達が校門前で長々と話しこんでいるとそれこそ、彼氏彼女の関係だと勘違いされかねないのでこの辺で帰る事になった。

「それじゃ、またな」

 そう言うと俺は自分のアパートに帰る為、歩きだす。

「あ! 最後に」

 と仲山に引き止められた。

 さすがにそろそろまずいんだがな。さっきから校門を通る奴らにチラチラと見られていてちょっと恥ずかしい。確実に勘違いしてる奴らもいるだろう。

「これからもよろしくね! 三浦君」

 笑顔で手を振りながら別れの言葉を口にする仲山。その笑顔は自分が見た誰よりも輝いて見えて。

 ――そして、温かかった。

「……ああ、こちらこそよろしくな」

 その温かさが冷え切った俺の心を包んでくれるようで……。

 今日とりあえず友達になったばかりの、しかもさっきなったばかりで一番俺の友達としては新しい、そんな彼女が、高校に入って友達になった他の誰よりも、一番俺の心を照らし出してくれるのかもしれない。

 父さんの言葉を思い出す。

『人と出会え』

 こうして仲山と出会い、友達となった俺はこの先変わっていく事が出来るのだろうか? 俺にとって仲山はどういう存在になって、どういう影響を与えてくるのか?

 そんな期待に似た感情を抱えながら、自分の住むアパートへと帰って行った。


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