「いと美しき花弁の上に!!」
~~~ジーン~~~
テントを出たジーンは、ゆくあてもなく走った。
とはいえ初めての土地での、しかも夜中のことだ。
テントから離れるのも心細いので、あまり遠くへは行けなかった。
池のほとりの草むらに腰を下ろし、ひと息ついた。
傍らに、奇妙な形の植物が繁っていた。
花芯がポワンと光を放つ、ランプのような植物だ。
「外惑星探検記」に出てくるランポ草。
水辺に群れ成し輝き、微かな風に頭を揺らすランポ草……幻想的な光景だったが、感じ入る余裕はジーンにはなかった。
頭の中はさっきのことでいっぱいだ。
「ちぇ……タスクったらホントにひどいんだから。あんなにボクが頑張ったのに……っ」
ぶつくさつぶやいた。
「死ぬほど恥ずかしかったけど、タスクがどうしてもって言うから頑張ったのに……っ」
エーテルの扱いを覚えたいというタスク。
倒錯的な手順を必要とする儀式だが、ジーンは教えたいと思った。
相棒が強くなり、今よりもっともっと格好良くなる。その姿が見たいと思った。
彼が周りにはべらせている女の子たちへの対抗意識もあった。
自分がここにいるぞと。
自分は彼の親友であり、相棒であり、妹分であり、そして将来的には……。
「古式に則ったしょ、初夜の儀でも……あるんだから……っ」
つぶやきながら、耳まで真っ赤になった。
そして改めて、先ほどの自分たちの行動を思い返した。
ふたり、下着一枚だけのあられもない姿で抱き合った。
横になったタスクの胸に、ジーンが吸いついた。
タスクは全身を赤く染め、しとどに汗を流して快楽と羞恥に悶えた。
ジーンは逃げ出しかけたタスクの唇を奪い、舌を無理やりねじこんだ。気絶するまで責め立てた。
「くわあああぁ……想像以上に恥ずかしいぃ……」
顔を両手で覆うジーン。
「あんな大胆なことするなんて……マーテル・アデルったらどういうことだよもうっ」
生命の精霊マーテル・アデルは、母ソニアが交信し、力を借りていた精霊だ。
ジーンが物心つくかつかないかの頃に、儀式を経てジーンの中に移り住んだ。
会話や視認が出来たわけではないが、自分の中にいることは知っていた。
マーテル・アデルは極めて淫蕩な性格で、ジーンが眠っている時などによく悪さをしてきた。
ジーンの体を操り、自ら慰めるというようなことが何度もあった。
今回も同じだ。
マーテル・アデルはジーンの体を操り、タスクの体を弄んだのだ。
「でもすごかったなあ……。男の子の体って、興奮するとあんな風になるんだあ……」
ジーンは再び、先ほどの光景を脳裏に描いた。
初めて見たタスクの恥じらい、タスクの泣き声……。
「んく……っ」
ぞくぞくと、ジーンは背筋を震わせた。
顔を赤くして、息を荒くした。
「えへへへへ……」と、陰にこもった笑みをこぼした。
そう、マーテル・アデルの長きに渡る薫陶を受けたジーンは、ちょっとムッツリなコに育ってしまっていたのだ……。
「……はっ、いけないいけない、そろそろ戻らないと」
ひとしきり身悶えてから、ジーンは首を伸ばしてテントのほうを窺った。
入り口の布が捲れる気配はない。
タスクはまだ迎えに来ない。
「ちぇー、タスクめ、冷たい奴ぅー」
ジーンは唇を尖らせた。
「そろそろ心配して探しに来てくれてもいいじゃないか-、まったく。けしからんっ」
ぷんぷんと怒りながら、勢いよく立ち上がった。
と──
ランポ草の花弁に頭が当たった。
地面に描かれた光の輪の中に、何かが落ちてわさわさ動いた。
わさわさ動いた。
「……え?」
一瞬、ジーンは動きを止めた。
目の前で起こった現象に、はっとなった。
花弁の上に何かがいたのだ。そいつらがボトリボトリと落ちてきた。
体長10センチ程度。全体的に扁平で、一対の複眼のある頭胸部と腹部とに分かれている。
大きなハサミが1対と、5対の肢、先端に鋭い針のある尾を持つ。
頭頂にギザギザの小さな角が生えていて、それが王冠に見えることからつけられた名がオウカンサソリ。
「獰猛だが行動範囲は広くない。木々の上、繁み、岩の下、土の中、泥の中に潜み、敵が近づくのをじっと待つ。感覚野が発達していて、とくに音や振動に敏感に反応する。飢えには強く、1年2年食わなくとも死にはしない……」
ロキの記した「外惑星探検記」の中の一節。「惑星ジャンゴに生息する危険生物」の一項が、動揺するジーンの口から滑り出た。
「捕食する時はまず尾にある針を獲物に突き刺す。針は毒針であり、神経毒が内包されている。毒を注射された相手が麻痺して動けなくなったところをハサミで削ぎ取るように捕食する……」
地面に落ちた5匹のオウカンサソリが、素早い動きでジーンに迫ってきた。
「うわうわうわ……!?」
ジーンは踵を返して逃げ出した。
光線銃を抜き撃とうと腰を探ったが、ホルスターを忘れてきたことに気がついた。
「そうだ、テントに……!」
必死で逃げているちに、いつの間にかテントから遠く離れてしまっていた。
ゴソ、ゴソ、ゴソ……。
音をたてて地面が動いたかと思うと、地中からオウカンサソリが這い出してきた。
一匹や二匹ではない。
十匹や二十匹でもきかない。
「なんで……! なんでこんなに……!?」
足もとを這いまわるオウカンサソリを避けるように、ジーンはジグザグに走った。
木の上から落ちてきた一匹を横へ跳んで避けて……バランスを崩した。
「とっとっと……!?」
地面に両手をついた、足が止まった。
ジーンの足は止まっているのに、何かの足音が聞こえた。
ゴソゴソゴソゴソゴソゴソ……。
群れの足音。
ランポ草の光に薄められた闇の中、前後左右あらゆる方角から、それらは近づいてくる。
恐ろしい数だ。
「そっか……ここは水場だから……」
ロキはこうも記していた。
水場を好んで棲息するのは、おそらく水を補給しに来る生き物を狙ってのことだろう、と。
「つまりここは……オウカンサソリの群生地!?」
最悪の想像に、ジーンはゾクリと背筋を震わせた。




