「吸い込み纏う!!」
~~~新堂助~~~
いそいそとパイロットスーツを着込んでいると、外から鋭い悲鳴が聞こえてきた。
「……ジーン!? いったい何が!?」
はっとして立ち上がった。
(……おや、気づいてなかったのか?)
アデルが呆れたような声を出した。
(こんな危険なところに寝泊まりして、なんとも気丈なことよと思っておったのだが、まさかただの間抜けだったとはな……)
「……どういうことだ? アデル」
(娘が夜ごと読んでいた例の書物によるならば、水場はオウカンサソリの群生地だ。小さいが好戦的な奴らでな。馬や牛ぐらいの生き物なら、毒針で刺して動きを止めて、瞬く間に平らげてしまう)
「そ……っ?」
慌ててジーンの残していったホルスターを引っ掴んだ。
「それを早く言えよおおおおー!」
(だって聞かれなかったもの)
「そりゃそうだけどさあー!」
口論していてもしょうがない、俺は全速力で外に駆け出した。
「ジーン! ジーン!」
ジーンの声がしたほう──池のほとりへと続く緩い斜面を駆け下った。
途中、何匹かのサソリを見かけた。
扁平な体の、赤黒いサソリだった。
アデルいうところのオウカンサソリなのだろうそいつらは、俺に気がつくと、毒針とハサミで威嚇してきた。
「邪魔くせえ! どけよ! おまえらなんかに関わってる暇はねえんだよ!」
構わずに群れの間を駆け抜けた。
2、3匹が飛びついて来た。
「うおおっ! 危ねえええっ!?」
なんとか躱したが、予想以上に俊敏な動きをしてくるのに肝を冷やした。
このどこかにジーンがいるのかと思うとぞっとした。
ジーン、俺のジーン。
冒険の仲間、子犬みたいに可愛い妹。
あいつが泣いて、俺に救いを求めてる。
「ジーン! どこだ! 声を出せええええええ!」
大声を上げたが、答えは返ってこなかった。
俺の声に反応して、オウカンサソリが集まってきただけだった。
「くそっ! 俺はバカだ! こんな見知らぬ土地で、真夜中に! 女の子をひとりで歩かせるなんて!」
(そうだな、大バカだ。ほんに救いがない。死ねばよいのに)
「フォローとか全然ないんすかー!?」
死体蹴りやめてください!
(……いまだに気づかぬあたりがとくに、な)
「……ん?」
アデルの言い回しが引っかかった。
「どういうことだ?」
ふん、とアデルは腹立たし気に息を吐いた。
(のう、ぬしはなんのために娘と儀式を行い、なんのために我をその身に宿したのだ?)
「それはもちろんエーテルを……」
あ。
「……エーテルを使えってこと?」
(ようやくわかったか。のう、ぬしよ。我を誰だと思っておる。生命の精霊姫、マーテル・アデルだぞ? 愚かな人間どもと共に生き、道を指し示すのが役割だ)
さりげに姫キャラタグをつけやがったなこいつ……。
「ど……どうやったらいいんだよ? 俺いままで、エーテルなんて感じたことないんだけど……っ」
アデルはハアとため息をついた。
(感じたことがないだと? たわけめ、ぬしはずっと感じておったはずだ。むしろぬしがエーテルそのものとなり、戦ってきたはずだ。我には見えるぞ、ぬしの記憶が。白き娘と合一化した時のあり様が)
俺の記憶が見えるのか、さすが生命の精霊。
「……シロとの時のことを言ってんのか? あの合一化を?」
(そうだ。白き娘に合わさる時にな、ぬしは一瞬、エーテルそのものに分解されているのだ。分解した上で合わさっているのだ)
「俺が……エーテルそのものになってた……?」
何度か考えたことがある。
シロと合一化している時、俺の体はどうなっているのか。
魂だけが抜けているのだとしたら体はどこかにあるはずなのだが、そんな痕跡は一度もなかった。
たしかにそれなら説明がつく。
細胞どころか霊体レベルまで分解された俺は、シロと合一化し、その後再構築されることで元の状態に戻っていたのだ。
(その時の感覚を思い出せばよいのだ。さ、ぬしよ。まずは目を閉じ、心を静めよ)
「簡単に言ってくれるぜ。この状況で心を落ち着けて目を閉じろ?」
俺の声に反応したオウカンサソリが十数匹、うじゃうじゃとこちらに向かってきてる。
(怖くて目なんて閉じれぬか? 毒サソリの大群にビビったか?)
煽り口調でアデル。
「……ばぁーか言え、誰がビビるかよ」
俺は言われた通り目を閉じた。
肩幅に足を開き、軽く膝を曲げた。
両手を体側にだらりと下げた。
全身から力を抜き、自然体で立った。
お袋から一番最初に教わったこと。
それは殴り方でも蹴り方でもない。
立ち方だ。
足や手の置きどころ、胸の反らし具合、気持ちの持ち様、呼吸法──それがすべての基本だ。
ピンと、体の中に一本の芯が通った。
呼吸が楽になり、気持ちが落ち着いた。
緊急事態なのに、これ以上なく気持ちが澄んだ。
(……目に力をこめよ、その状態で光が見えるか?)
目に意識を集中すると、ほわほわ青い光の玉が浮かんでいるのが見えた。
「……見える」
(数は?)
「10か20か……」
(それがエーテルだ。イメージしろ。それらを吸い込み、総身に纏え)
「……わかった」
吸い込み、纏う。
アデルの言い方は武術に似てる。
気の扱いの説明に近い。
空気と共に光を吸い込み、臍下丹田へ降ろした。気を乗せ、経絡を通して全身へ送り出した。
足の裏、膝、腰、背中、肩から手の先、頸椎を通って眉間と頭頂へ。
全身がじんわりと温かくなった。
(……目を開けよ、何が見える?)
言われた通りに目を開いた。
迫りくるオウカンサソリ、草木に花、それらすべてが光を宿していた。
それぞれ色も輝き方も違った。オウカンサソリは赤黒くもやもやしてて、草木は黄緑色でふわふわしてた。
俺の全身は、海中を思わせるようなゆらゆらした青を帯びていた。
「みんな色が違うんだな……」
(……よし、見えるようだな。光はエーテルであり、生命力そのものでもある。色の違いは個々の特徴を表している)
「……ん? あれは……」
木々の向こう、赤黒い光が大量に集まっている場所がある。
取り囲まれるようにして、小さな金色の光があった。
金色、ジーンの髪の色──
「ジーン!」
俺は全力で走った。
走りながら大声を出した。
「おいおまえら! 俺の方が美味いぞ!? ジーンより肉はついてるし、地球産のITっていう血統書付きだ!」
俺の声と動きに反応して、さらに何匹かがこっちに向かって来た。
いいぞ、そのままみんな来い。
(……ぬしよ、体を張るのはいいが、奴らの狙いを引きつけた上でどうするか、その算段はあるのか?)
「引きつけて水中に飛び込む!」
(奴らは水中にいても追ってくるぞ? 泥の中に潜んでいたりもするしな)
「じゃあ木の上に登る!」
(あの外見で木登り出来んと思うか?)
「引きつけて、全速力でちぎって逃げる!」
(それで済む数であればいいがな……)
「おおーい!? わざわざ怖い言い方すんじゃねえよ!」
たしかにあの赤黒い光の数は尋常じゃねえけども。
(いやなにな……このオアシス……そこそこの大きさであろう? キャラバンの立ち寄り地になってもおかしくない。にも関わらず集落のひとつもない)
「つまりどういうことだってばよ!?」
(……簡単じゃ。ここは人が棲める場所ではない)
アデルの恐ろしいつぶやきと同時に、俺はジーンを発見した。




