「未完の大器!?」
~~~新堂助~~~
目覚めると、俺はベッドの上にいた。
見慣れたベッドの上だった。
といって、官舎のベッドじゃない。
実家はそもそも和室で布団だ。
お互いにお世話になることがないといいがなと御子神と話してた、ガリオン号の医務室のベッドの上だった。
ジーンは丸椅子に腰かけ、俺の枕元に突っ伏すようにして寝てた。
「痛でででで……」
体を動かそうとしたら、鋭い痛みが走った。
毛布をめくって見れば、全身いたるところに包帯が巻かれていた。
そういやけっこう大変だったもんなあと、いまさらのように思い出した。
亡霊部隊や大佐と戦って、精霊銃の余波でぶっ飛ばされて、船内のあちこちにぶつかって、しまいには次元渡り。
燃料もねえし、衝撃波をもろにくらったおかげで船体は抑えがきかねえし、エンジンまで止まっちまうし車輪は出ねえしで、アクション映画さながらの胴体着陸をするしかなかった。
「生きてるってことは……うまくいったってことかな……」
見たとこジーンにも大きな怪我はなさそうだし。
「……ま、こいつがジーンによく似た天使でなければって話だけど」
ジーンの寝顔をしばし眺めた。
汗で前髪が額に貼りついてる。
手のあちこちに細かな切り傷がたくさんついてる。
ベッドの下を覗くと、包帯やガーゼの切れ端や軟膏類が散乱していた。
医療用のハサミで切ったり貼ったりしてくれたのだろう。
注射器が何個も落ちているのは痛み止め用か麻酔用か。
いずれにしても不慣れな作業に手間取るジーンの姿を想像して、ほっこりした気分になった。
感謝の念をこめて、形のいい頭を撫でた。
撫でられた感触で気がついたのか、ジーンは「ううん……」とうめいた。
空色の綺麗な瞳をパチリと開いて──俺と目が合って──そして──
「タスクうううううっ!?」
がばりと、飛びつくように抱き付いてきた。
「うおおおおおおおっ!?」
予想以上に大きな反応に、俺はビビった。
「タスク!? 目覚めたの!? 良くなったの!? 具合悪くない!?」
「待て待て落ち着け! 平気だから! これこの通りピンピンしてるから! ほら、どーどーどー!」
「ホントに!? ホントに大丈夫なの!? やったあああああああ!」
「痛ぃってえええええええええええ!?」
ジーンは喜びのあまりか、顔を真っ赤にしながら俺に覆いかぶさってきた。
ぎゅうぎゅうと体を押しつけ、頬ずりしてきた。
「わかった! わかったから! 俺が起きて嬉しいのはわかったから! 押すな乗るな! マジで痛いから! ほらそこ、傷口だからあ!」
「うわぁあああああああああああん! よかった! よかったよおおおお! ホントに死んじゃうかと思ったよおおおお!」
「死ぬ死ぬ! 今死ぬ! ホントに死んじゃう! 死んじゃうからって……おまえ人の話聞けよおおおおお!?」
「おーい船長、起きてるかー? ……ってああ、お楽しみ中か、すまねえな」
「待てガドッーク! 変な察し方しないで俺を助けろおおおおおおお!」
感情が昂ぶったジーンをなだめるまでしばらくかかった。その間俺は、何度か地獄を見た。
「やれやれ、ひどい目にあったぜ……」
改めてベッドの上に体を起こし、患部を確認した。
幸いなことに、傷が開いたりはしていなかった。
急激な動きさえしなければ、とりあえずは平気なようだった。
ガドックの話によると、頭や内臓諸器官にも異常はないとのことだった。
「しっかし……船の操縦に戦闘に応急処置に医師も顔負けの診察か。なんでも出来るんだな、すげえなガドックは」
本気で感心していると、ガドックは「一人前の船乗りなら、これぐらい出来て当然だ」とそっぽを向き、「丈夫に生んでくれたお袋さんに感謝するんだな。普通の人間なら2、3回は死んでらあ」と吐き捨てた。
うーん、この照れ屋さんめ。
「へいへい、いつも感謝してるってーの」
ほくそ笑みながら、俺は答えた。
実際問題としてITである俺は、こう見えて普通の人間ではないのだ。
妙子よりも御子神寄りというか、多元世界人に近い存在だ。
だから耐久力だって並みじゃない。
「……まあそんでも、今日はさすがにヤバかったけどな」
「今日じゃないよ昨日だよ。タスクは一晩中寝てたんだから」
ジーンが不機嫌そうに口を尖らせた。
「ホントに心配したんだから……もうっ。無茶ばっかりしてっ」
「ありゃそうか、悪い悪い。ありがとな、ジーン。手当してくれて」
ベリーショートをぐしぐし撫でてやると、ジーンはすぐに機嫌を取り戻した。
「えへへへへ、それほどのことはしてないよ」とコロコロ笑った。
……チョロい。
チョロすぎて将来が不安だわ。
大丈夫かしらこのコ。
……と、いまタスクって言ったか?
そっか、俺のかけた暗示はもう解けたんだな。
俺は戦いのさ中のことを思い出した。
パニックに陥ったジーンを落ち着かせるために与えた役割。
俺が兄で、ジーンが妹。
即席の兄妹関係は、想像以上に上手く機能した。
妹は兄の指示通りに船に閉じこもり、兄がピンチになったら空に向かって一発撃った。
そうそう、あの強力な一発──
「なあジーン。その銃についてなんだけどさ。それっていったいなんなんだ? 誰かがタイクーンって言ってたけどさ、ある種の光学兵器みたいなもんなのか?」
俺はジーンのホルスターに収まっている銃を見ながら聞いた。
「これはね、正式には精霊銃っていうんだ。真ん中の宝石部分に精霊が封じられててさ、トランス状態になった精霊使いがそれを使役するんだ。古き嵐の精霊は、中でも強力な力を持っててさ……」
トランス状態という言葉で俺は、ようやく腑に落ちた。
ジーンの思い込みの激しさというか極度に暗示にかかりやすい性質は、精霊使いとしての素質でもあるのだろう。
「……悪魔砲って、オレらは呼んでた」
それまで黙っていたガドックが、口を挟んできた。
「その気になれば宇宙船だって落とせるほどの、とんでもない代物だ。実際に昔は、そいつで多くの船が落とされた。艦首に仕込んでな、精霊使いがぶっ放すんだ」
常にない、神妙な表情だった。
「精霊使いが残忍無比な悪魔と化す、だから悪魔砲」
宇宙船を落とす?
うへえ……見た目はただ古めかしい銃なんだがなあ……。
「昔はってのは? 今はそういうことはないわけ?」
「船の防御能力が向上した、単純にそういう話だ。今じゃどの船にも搭載されてる反重力スクリーン。あれをぶち抜くほどの威力が出せるなら話は別だが、そうでないなら通常の光学兵器で充分だ」
「……職人芸に科学技術が勝利したってわけか、なるほどね」
「ちなみにジーン」
「なぁに? ガドック」
「おまえはもう、あれは使うな。たしかにおまえのお袋のソニアは優秀な精霊使いだった。だがおまえは違う。てんでなってねえ」
苦虫を噛み潰したような顔でガドック。
「わかってるよそんなの……ボクだって、もうあんな怖い思いはしたくないもん」
ぶうぅー、とジーンは唇を鳴らした。
「タスクがピンチだから必死だっただけだもん」
俺の肘に腕を絡めて、「ねー」と同意を求めてくる。
「はは。そうだな……」
相槌を打ちながら、はたしてそうだろうかと俺は思っていた。
たったあれだけの俺の言葉ですら本気で受け止めて兄妹に成り切ったジーンだ。
トランス状態に陥りやすいことがイコール精霊使いとしての資質であるならば、こいつはひょっとしたら……。
「でも大丈夫、これからはあんなに怖いことないもんね? だからこんなの撃たなくていいんだもんね?」
「ねー、そうでしょ?」と同意を求めてくるジーン。
その目は安らぎに満ちている。
完全に俺を信頼し、委ね切ってる。
「ああ……そうだな……」
こんな子犬みたいなコが、将来的に伝説級の精霊使いになる……なんてことがあったりするんだろうか?
適当に相槌を打ちながらも俺は、そんなよしなしごとを考えた。




