「地獄の淵より来た男!!」
~~~新堂助~~~
「誘爆する可能性は考えなかったか?」
大佐は自分の後ろにある爆薬の入った箱に目をやった。
ハンドグレネードの爆風を受けてわずかに地面を転がり、ちょっと箱が歪んでいた。
「あんたらみたいなテロリストが運用するのはどうせ雷管が必要なやつだろ? 密着状態ならともかく、あんだけ離れて投じりゃ誘爆なんてしねえよ」
答えを返しながら、ジーンに借りた光線銃を抜き撃った。
よそ見をしている大佐に向けて2発。
わき腹を正確に貫いたはずだった。
だけど当たらなかった。
当たる直前、何かにぶつかった。
弾けて消えた。
「バリア……だと……!?」
大佐の体の側面に、黄色い光の板──バリア?──が出現していた。
「ってことはこいつが御子神の言ってた……っ?」
路地裏ガチバトルのランキング戦に参加している御子神の話では、こっちの世界にはエーテル使いというのがいるらしい。
超常の力で、時に神の如き猛威を振るう恐ろしい奴らだと。
しかし実戦で使用出来るほどの者は稀であり、それこそランキング戦に参加でもしない限り、遭遇する確率は低いと。
それこそ北海道をぶらついていたらいきなりヒグマに出会ったぐらいの確率であると。
言ってたのに……。
「めっちゃ遭遇してるじゃんかよお!」
いったい俺の運ってどうなってんだよ!
引きが強いのか弱のかはっきりしろよ!
もうやだ! この主人公体質!
クマーッと頭を抱えたくなったが、すんでのところで踏みとどまった。
そうだ、お手上げするには早すぎる。
まずは調べることだ。
どういった代償があって、どういった効果を発揮出来るのか。
展開速度は? 持続時間は? 強度はそもそもどれくらいだ?
「ちぇ、めんどくせえなあ……。こうなりゃ一から試すしかねえか……」
舌打ちしながら、さらに2発撃った。
狙いは足。
膝を横から。
再び大佐の口が動いたかと思うと、今度は膝の周辺にバリアが出現した。
同時に手の指も動いていたから、呪文なのか、なんらかのしぐさで出現させているのか判断がつかない。
いずれにしろ、恐ろしく展開が早い。
上下に振っても問題なく対応してくる柔軟性もある。
「……たいしたものだ。武器弾薬の扱いにも詳しく、ちょっとした隙にも容赦なくつけこめる」
大佐は振り返りながら、素早い動作でホルスターから光線銃を抜き様、1発撃った。
横っ飛びで躱しつつこっちも撃ち返したが、やっぱりバリアで防がれた。
今は喋っていたし、手も銃を操作していたはずだから、えぇと……えぇー……?
「……反応速度も上々。だが少しぎこちないな。測っているような動きだ。もしやエーテル使いと戦った経験がないのか?」
「うるせえよ! このスカシチートグマ!」
地面に落ちていたSMGを拾い、全力で連射した。
LP-9とは迫力が違う、6連装銃身からの毎秒何百発って数のレーザーの奔流。
だけどすべて防がれた。
弾倉が空になるまで撃ち尽くしたが、大佐は光を鎧状に纏って耐えきった。
ん? 今……。
余裕そうな顔をしているが、わずかに足元に乱れがあった。
1センチか2センチか、たしかに後退している。
衝撃自体を完璧に殺せるわけではないのか。
だったらまったくのお手上げじゃない……か。
「少年」
睨み合いながら次の手を考えていると、大佐が話しかけてきた。
「さきほどの言葉、訂正させてもらう」
「……はあ?」
「我々はテロリストではない」
「……じゃあなんだよ」
大佐は笑みの形に目を細くした。
細くした目で、見下すように俺を見た。
「正義の味方だ」
……何言ってだこいつ。
「へっ、言ってくれるぜ。じゃあなにか? 正義の味方が善良な一般市民を殺そうってのか?」
「勘違いしているようだが、おまえたちは善良な一般市民ではない」
「……じゃあなんだよ」
「おまえたちが、テロリストだ」
「………………なんだと?」
大佐はガリオン号に目をやった。
「彼の船は、世界の垣根を超える術だ。あらゆる世界のあらゆる場所へ、即座に軍隊を送りこめる埒外の手段だ。無限に戦争を拡大させる、悪魔の兵器だ」
「…………………………」
動揺を押し殺すのに必死だった。
そんなこと、いままで考えたことがなかった。
だが言われてみれば、たしかにそのとおりだ。
座標さえわかっていれば、次元破砕船は文字通りどこへでも行ける。
たとえば国の中枢に。
たとえば重要エネルギー施設の根幹に。
どこへでも、死を送り込める。
「……そんな揺さぶり、効くもんかよ」
平静を装うため、ゆっくり噛み締めるように言葉を発した。
「使い方の問題だろうが。交通事故を起こすからといって、車に罪があるわけじゃない。刃物を使った殺人があるからといって、刃物そのものに罪があるわけじゃない。道具はあくまで道具だ。悪いのはいつだって、使う人間そのものだ」
大佐の目元の皺が増えた。
動揺を見抜かれたのかもしれない。
「なあ少年。我々は、これまで幾多の戦場を経験してきた。最悪の暴君と、最低の圧政者と、血で血を洗う死闘を繰り広げてきた。暗殺を、惨殺を、虐殺を。多くの無法と卑怯な振る舞いを目にしてきた。この国の政府に謀殺されそうになったことすらある。だがな、それでもなお、おまえたちほどの悪は見たことがないよ。無邪気な顔して、なんの痛痒もなく死を売り歩く子供の商人。なんとも度し難い生き物だ」
「……はん、悪魔の兵器に死の商人ってか? 中二病乙」
理論理屈に呑み込まれる前に、早々に会話を打ち切った。
この路線では、俺は勝てない。
大佐の言い分が正しいような気もするし、そうでないような気もする。
俺たちのしていることが間違っているような気もするし、そうでないような気もする。
自分の中の論理が明確でないから反論出来ない。
だから迷いが生じてしまう。
そこが狙いなのだ。
ジーンの混乱を静めるために俺が与えた役割。
俺に混乱を与えるために大佐が与えた役割。
両者は似たものだ。
前者が「兄の勇姿を見守る妹」、後者が「悪魔の兵器を売り歩く死の商人」。
攻撃に使うか防御に使うかの違い。
大佐は気持ちの悪いレッテルを貼ることで、俺の良心に揺さぶりをかけてきた。少しでも俺の動きをかく乱するために。
「……つくづく大人げないおっさんだよな。チート能力持ちのくせに、ガキ相手に搦め手まで使ってさ」
俺の恨み言を聞くと、大佐は愉快そうに肩を揺すった。
「はっはっは、許したまえ。私も昔は少年のように素直な性格だったのだがね。そのせいで幾度となく辛酸を舐めさせられた。経験を生かしているというわけだ」
「獅子は兎を追うにもってか? 出来ればもっと別の路線で生かしてほしかったね」
「未熟な後輩を指導するのも先輩の役目だろう?」
「そんな煽りに俺が吊られクマーッ」
釣り糸に頬を引っ張られるジェスチャーをつけた俺の返しに、大佐は「……ふむ?」と首をかしげた。
ま、理解されたらされたで困るんだけどさ。
「まあよかろう。とりあえずの目的は達せられたようだ。すでに私の言葉はおまえの心臓を縛っている。そうだろう? 若き戦士よ。自身の罪を意識したままなお、十全に動けるか?」
「……そう思うなら試してみるかい?」
強がってはみせたけど、割と本気で気にしてた。
忘れようとしてるんだけど、どうしても胸の奥のしこりが消えてくれない。
ガリオン号の船長であることは正しいことなのか。
ペトラ・ガリンスゥの技術力を世界に広めることにはどんな意義があるのか。
そもそも守る必要があるのか。
平和とは? 善とは? 人の悪意はどこに宿る?
バカな考えが次々と頭をよぎる。
このままではヤバい。
迷いを持ったまま戦えば、確実に殺される。
それほどまでにこいつは強い。
離れていてもビンビン伝わってくる。
……何かないか?
俺は自身の胸の内を探った。
迷いを打ち消すための強い言葉を。
俺の背を叩く、魔法の言葉を。
その時だった。
──タぁスクぅぅぅぅぅー!
キイィィィィィィイン!
宇宙港のスピーカーが甲高く唸りを上げ、紛れもない妙子の声を運んできた。




