「20対1!!」
~~~大佐~~~
背の高い男だった。
手足異様にひょろ長く、他の兵士たちと同じ砂色の迷彩服を着ていても、ひとりだけよく目立った。
顔立ちもまた異様であった。
全体に火傷のあとがある。赤黒くまだらを描いていた。
ナイフの切り傷のように細い目の奥で、血走った目玉がぎょろりと蠢いた。
彼は大佐と呼ばれていた。
軍に所属していた時の、最後の役職だ。
優秀な男だった。
優秀な部下たちと共に、多くの海賊や反政府組織を葬った。
その責めは苛烈であり、敵をひとりも生かさないことで有名だった。
熱心な男だった。
敵を葬ることに全精力を傾け、それ以外には目もくれなかった。
善と悪の境目が甚だ危ういものだということを、まったく考慮に入れなかった。
ある時、彼は罠に嵌められた。
密かに海賊と結びついていた将軍の指示で向かった惑星で、海賊たちに包囲された。
脱出はしたが、多くの部下を失った。
彼自身も全身のいたるところに火傷を負った。
顔の皮膚はほとんど全滅。
生きているのが不思議なくらいの重症だった。
自分たちが亡霊部隊と呼ばれていると知った時には、だからとても腑に落ちた。
自分たちはもう死んでいるのかもしれない。
恨みのみにて動く亡霊。
亡霊たちの指揮官。
まさにその通りではないかと。
「──ガリオン号の諸君」
ハンドスピーカーを持つ大佐の前に、兵士たちが縦列を2本作った。
2列向かい合い、SMGタイプの光線銃を上に向けて支え持った。
捧げ銃のような姿勢だった。
「諸君らは勇敢に戦った。寡勢にて我らに抗し、一歩も退かなかった。弾が尽きたかそれともEMP弾の影響か。いずれにしても諸君らの翼は折れた。もう飛べまい。だからこの上は潔く投降したまえ」
大佐は皮肉に口元を歪めた。
「降りて来ぬなら死ぬだけだ。船ごと爆破するだけの爆薬を、我々は用意している」
ゲート付近の戦いは、すでに収まりつつある。
銃声は散発的となり、ガードタワーからは火の手が上がっている。
ガードの増援はもうじきだろうか。
だがそれまでにはカタがつく。
「言っておくが、救援を待つのは無駄だぞ? 無力な犬どもは、正義の前に膝を折った」
大佐の声に応えるようにして、パイロットスーツを着込んだ少年がひとり、ハッチから現れた。
軽快な足取りでタラップ降りると、亡霊部隊の面々を見渡した。
ゲートの方角をチラリと見やった。
「へっ……」
怯える様子もなく、媚びへつらう様子もなく、ただ皮肉に笑った。
身長は170もないだろう。
歳も若く、顔立ちも幼すぎる。
武器は……腰のベルトに光線銃を差しているが、それだけだ。
それだけだが、言いようのない凄みがあった。
多くの修羅場をくぐり抜けてきた者だけが持つ雰囲気を、少年はまとっていた。
「……ほう」
大佐は感嘆の吐息を漏らした。
ハンドスピーカーを部下に手渡すと、改めて少年に向き直った。
「……どうしました? 大佐」
直近にいた部下のひとりが声をかけてきた。
「どうもこうもあるかね。君、愉快な話だ」
「……愉快、ですか?」
部下は眉をひそめた。
「投降してきたのでしょう? 死より辛い目に遭わせられるとも知らずに」
忌々しげに息を吐いた。
「愚かなことです。まだ潔よく特攻してきたほうが救いがある」
捕虜になるくらいなら自死を選ぶ彼らにとって、投降は最も恥ずべき行為だ。
だからこそ、彼らは捕虜とした者を丁重には扱わない。
延々と責め苦しめ辱め、人間としての最低限の尊厳すら奪った画像を敵方に送りつけた後に斬首する。
この場合の敵方はペトラ・ガリンスゥであり、協力者であるクロスアリアだ。
パイロットの首は、クロスアリアの官舎に送り届けられることになるだろう。
「投降? 違うな。彼はどうやら、やる気だよ。単身で、この人数相手に。しかも……」
勝つ気だと、大佐は見抜いた。
~~~新堂助~~~
指揮官である大佐に対して、兵士たちは縦列を2本作っていた。
互いに向き合い、捧げ銃みたいな姿勢でSMGを支え持っていた。
いかにも儀礼的な姿勢。
宗教戦士じみた風貌が関係しているのかもしれない。
かもしれないが、俺に言わせりゃ隙だらけだ。
その体勢から俺を撃つには構え直して狙い定めるという二挙動が必要だし、フレンドリファイアを考慮するなら移動して射線を確保するという手間がかかる。
こんな小僧がひとりで、しかも武装に歴然たる差があって、なお完璧な警戒しろってほうが無理な話なのかもしれないけどさ。
ちょっと舐めプがすぎるんじゃないですかね? おっさんたち?
「ま、こっちにとっちゃ好都合だけど……」
ゆっくりと歩むように近づき──直前になってギアを変えた。
前足の膝から力を抜いた。
重力落下に伴う体の前傾を推進力に変え、滑るように前に出した。
すかさず後ろ足を引きつけた。
また前足を出し、後ろ足を引きつけた。
同じ動作を滑らかに繰り返した。
飛ぶのでもなく、蹴るのでもない。
地の上を滑る影のような、古伝の歩法──
「なっ……!?」
「特攻だと……!?」
先頭にいたふたりが俺の接近に気づいた時には、もう十分な距離にまで踏み込んでいた。
ひとりの手首を掴み、捻じるようにぶん投げた。
もうひとりが引き金を引いた。
6連装の銃身が「フィィィーン」とガトリングガンみたいに回転して、嵐のようにレーザー光線を吐き出した。
だが狙いは定まらず、俺の脇の地面を抉った。
素早く詰め寄った。
顔面へ右の掌打。
グチャリと鼻の潰れた感触があった。
倒れそうになったのを支え、くるり回転させて後ろをとった。
引き金が引きっぱなしになっていたのでレーザーの射出は止まらず、回転の過程でふたりの兵士の足を薙ぎ払った。
気絶した兵士の体が弛緩すると同時に、連射は止まった。
──その時には、すでに仕込みは済ませていた。
「くっ……この小僧……!?」
「盾にする気か!? ふざけやがって!」
「構わん、撃て撃て!」
さすがはテロリストというべきか、味方を人質にとられても情に流されはしなかった。
だけど縦列隊形だったことが災いして、ほとんどが遊兵になってしまっていた。
射線の通った前方の3名が射撃をしてくるのを、気絶していた兵士の体で受け止めた。
同時に、誰かが叫んだ。
「ハンドグレネードだ!」
悲鳴のような声だった。
叫んだ兵士の足元に、ピンの抜かれたハンドグレネードが転がっていた。
盾にしていた兵士の腰から奪い、どさくさまぎれに投げておいたのだ。
『……!』
全員が息を呑んだ。
構わず俺を撃とうとする者、逃げようとする者、ハンドグレネードを蹴飛ばそうとする者、様々な思惑が交錯した。
混乱の中、俺は地面に転がった。
盾にしていた兵士の背に隠れ、身を丸めた。
ドン、凄まじい爆音がした。
爆風で体が浮いた。
キーンと響くような感覚があり、束の間耳が聞こえなくなった。
頭を振りながら立ち上がると、みんな地面に倒れていた。
動いている者はいなかった。
──想像以上の威力だぜ……。
そうつぶやいたつもりだが、上手く言葉に出来ていたかどうかはわからない。
と。
ひとりいた。
ひとりだけ立っていた。
大佐だ。
最初と同じところにいた。一歩も動いていなかった。
大佐の足元に、折り重なるようにして兵士が3人倒れていた。
盾にした……いや、なったのか。マジかよ……。
ぞくりと背筋が震えた。
大佐を守る兵士たちの狂信に……だけではない。
笑っていた。
薄い唇を引き裂かんばかりに開いて、大佐は笑っていた。
多くの味方を失ったのにも関わらず、大佐は笑っていた。
面白い玩具を見つけた子供みたいに、大佐は笑っていた。
大佐の笑い声が聞こえることで、聴力の回復にようやく気がついた。




