第三十九話 休日のお出かけ Ⅱ
流石に人数が多いので、ASIAまでは車で向かう事にした。
屋敷の裏側の地下にある車庫から八人乗りのワゴン車を出す。
皆を乗せて安全運転で特に問題も無く、予定よりも早めにASIAの駐車場に車を止める。
「さて…お昼はASIAに入ってる飲食店で食べるから、それまでは各自自由行動でいいよな」
「それじゃあ、俺はスポーツショップ行くけど、誰か来るか?」
「じゃあ、俺も行くぜ」
「あ、自分も行くっす!」
「葵はどうするんだ?」
「あぁ、少し用事があるから、皆で行ってこい」
「おう、じゃあまた後でな」
功、槐、朱里の三人はスポーツショップに足早に行ってしまった。
残ったアリス、鈴、秋保は主に秋保の主張で服屋を見に行った。
「さて、EGWの本社は近いし…偶にはゆっくり散歩でもするか」
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世界一位の品揃えで有名なスポーツショップ「AOIスポーツ」に来ていた。
確かに品揃えは他の店の数倍はあり、靴だけでも数十種類はある。
「うぉ~、このシューズめっちゃ軽いっす!」
「いやいや、このシューズの方がいいぞ、グリップが半端ないぜ!」
「うはぁ~、このシューズは…」
槐と朱里は陸上用の靴を見ながら二人で楽しそう?に話している。
まぁ、二人とも同じ部活だし結構一緒に喋ったりしているのを見るし、意外に相性がいいのかもな。
「二人とも陸上部なだけはあるな…俺もグローブ見ないとな」
俺は基本的にサードだけど、偶に外野もすることがあるから前々から外野用のグローブ欲しかったんだよな。
野球のコーナーに行くと、壁一面に様々なグローブが所狭しと並べられている。
「お、これいい感じだな…値段も手ごろだし、これにするか」
結構直ぐにいい感じのグローブを見つけられた。
一応他にもいろいろ見ようかと思ったら、秋保から電話がかかってきた。
「もしもし、どうかしたのか?」
『いや~、今大丈夫かな?』
「ん?一応買いたい物は買ったけど…」
『なら丁度良かった。三階の「キアーズ」て店まで来てね~』
「え、お、おい…切れてるし」
まぁ、特に買いたい物が他にあったわけでもないし、呼ばれたなら仕方ないか。
未だにシューズに熱中している二人に声をかけたが、まだ見て居たいらしいので一人で三階の指定された店に向かう。
三階に上がると服やバッグ、靴や帽子などのファッション関連の店が目につく。
エスカレーターの脇にある案内板で「キアーズ」を探すと、結構大きな店舗で直ぐに見つかった。
「キアーズ」は大型の女性用のファッションショップだ。衣服は勿論の事、帽子や靴、バッグやアクセサリーなどの様々な小物も扱っている。
「お、来たね」
「おう…それで、何か用か?」
「うむ、実は鈴の服を選んでいたんだけど、男子の意見も聞きたいなぁ~、と思ってね」
「…俺じゃああんまり役に立たないと思うぞ?」
「大丈夫だよ…(鈴も功に見てもらいたいはずだし)」
「ん?何か言ったか?」
「いやいや、何でもないよ…」
秋保に連れられて店の奥に向かう。
周りには女性ばかりで少し肩身が狭い感じがする。
秋保は試着室の一つに顔を突っ込んで何やら話をしている。少し聞こえてくる声から、中に居るのは鈴らしい。
その試着室の横には黒を基調としたゴシック系?というのかな、白いフリルの付いたワンピースを着ているアリスが居た。
「ほらほら…大丈夫だよ。似合ってるって!」
「で、でもぉ…」
「あぁ、もう。まどろっこしい!」
「え、ちょ!?」
秋保が何やら話をした後に、更衣室のカーテンを勢いよく開け放つ。
そこに居たのは今朝の白地の地味なシャツにスカートではなく、この店で選んだらしい服を着てすこし俯いている鈴だった。
白い半袖のシャツに赤いネクタイを緩く締め、黒く袖のない薄めの生地のジャケットを羽織っている。スカートは短めの赤と黒のチェックで、膝下ぐらいの長めの黒いブーツを履いている。
髪はサイドで纏めていて、何時ものゆったりとした雰囲気は無くカッコ可愛いというのか…とにかく似合っていた。
「ど…どうかな?」
「お、おう」
「…もぁ、おうじゃないでしょ!」
「あぁ…似合ってるぞ」
「…ありがと」
「(ふっふっふ…計画通り)」
照れる鈴の横で、アリスをいじりながらほくそ笑む秋保であった。
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「もぉ、せっかくなんだから着ておけばよかったじゃん」
「さ、流石にまだ恥ずかしいし…」
試着を済ませて、先ほどの服一式を買ってエスカレーター脇の休憩スペースでジュースを飲みながら槐と朱里の二人が上がって来るのを待つ。
「(そんなんだから、功が何時まで経ってもふらふらしてるんだよ?)」
「(…そうなのかな?でも、それって、私の事特に何とも思ってないだけじゃ…)」
「(…そんな事いつまでも言ってるんなら、横取りしちゃうよ?)」
「え!?」
「ん?どうしたんだ、さっきから二人でコソコソして…」
「え?べ、別に…何でもないよ」
そうこうしていると、エスカレーターから買い物袋を持った朱里と槐が上がってくる。
「おう…結構買ったんだな」
「…まあなぁ、良いもんがおおくて、ついなぁ」
「いや~、大収穫っすよ!」
「あ、二人も何か飲む?」
そう言ってバッグから財布を取り出したその時だった、黒いパーカーを着てフードを目深にかぶった男が鈴に体当たりのようにぶつかって来た。
「きゃ!?」
鈴がぶつかられた衝撃でそのまま地面に倒れそうになるのを、間一髪で受け止める。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
「ッチ、あの野郎、財布パクってきやがった!」
一瞬の出来事だったからか、鈴本人は気が付いていないようだったが、冷静に事を見て居た槐が直ぐに気が付いて男を追う。
男は既に数十メートルは離れているが、槐の短距離の速さは尋常じゃない。まず簡単に追いつけるだろう。
「くっそが、まちやがれぇ!!」
しかし、男は上手く人の脇をすり抜けていくために、なかなか上手く間合いを詰めれない。
すると、一人の女の子が男の前に立ち塞がるように飛び出してくる。
「邪魔だ、退け!」
女の子は男が払いのけようと伸ばしてきた腕を取り、そのまま流れるような綺麗な動作で背負い投げをした。
「ぐはっ…」
「まったく、ここら辺は治安良いはずなんだけどな…まぁ、小物は知らないだけか…」
倒れた男が何とかふらふらになりながらも立ち上がるが、すぐに女の子がガクガクの足を足払いして男を地面に倒す。
やっとの事で追いついた槐も、少し驚いた表情で女の子を見る。
肩を少し越す長さの黒髪に黒い瞳で鋭い目つきだ。キリッと整った顔立ちで体も鍛えているのかよく引き締まっている。
「あ、ありがとうな。助かったぜ」
「…ん、良いって事よ。これ位大した事ないさ」
「もぉ、彩華ちゃん、いきなり走らないでよね」
「あ、ごめんお姉ちゃん、つい…」
そんな会話をしながら、人込みをかき分けるようにして、一人の背の小さい少女が歩み出て来る。
少女はセミロングの黒髪で、前髪を右側に寄せて赤い花の付いているピンで留めている。顔つきは幼くみえるがそれに似合わず、出る所は出ている。
会話から察するに姉妹のようだが、さっきの身のこなしといい、いったい何者なんだ…
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何時ものように顔パスで社員用の地下駐車場に車を止めて、無駄にデカいビルのエレベーターで開発部のオフィスに向かう。
階を表す電光板が四十七階を指し、ゆっくりとドアが開く。
「あおいちゃ、おふぅ…」
「抱き付くな、殴るぞ」
「殴ってから、言わないでよぉ…」
例によってエレベーターのドアの前で出待ちしていた眼鏡に、溝内に軽いパンチの挨拶をしてからオフィスに入る。
オフィスに居る数人の社員の顔見知りに軽く挨拶してから、オフィスの奥にある管理室に向かう。
開発部の管理室には数人の社員が、PCに向かってカタカタとキーを叩いている。
その様子を眺めていると、後ろから眼鏡が腹を抑えながら入ってくる。
「もぉ、葵君は過激なんだから…」
「もう一発欲しいのか?」
「…まぁ、せっかく来てもらってあれだけど、もう原因も判明したし特に問題ないんだよね」
「そうか、まぁ、それぐらいはやってもらわないとな…それで、原因は?」
「簡単な事さ。NPCのAIが自己判断でデータの最適化をして、その際にできた新たなデータがバグとして認識されたんだよ」
データの最適化か…このRDOのNPCのAIは黒と白のAIを流用しているから、自己学習機能の関係で自己判断により、データを書き換えたり新たにデータを作成する事もある。
今回はそのデータの書き換えがバグとみなされただけで、基本的に致命的な書き換えなどは無く、感情表現や行動範囲などのデータが書き換え、新たに作成されていた。
恐らく、多くのプレイヤーの接触で元のデータ以上の行動が要求されて、自己判断でデータの書き換えによる最適化をしたのだろう。
「僕はね、この現象がとても嬉しいんだよ」
「そうか?」
「もちろんさ。だって彼らは自分で思考して、自分の判断で成長しているんだ。彼らはまさに人間と同じように生きているんだ、この広くて小さな世界で…」
生きているか…眼鏡はどうしようもない変態だが、こういう所は素直に認めている。
ただのデータの集合体では無く、一つの意思を持った生き物として見るその考えは、確かに傍から見たら可笑しな事かもしれないけど、確かに彼らは意思があり生きているんだと俺も思っている…
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ASIAに戻ってくると、少し違和感を覚えた。パッと見では特に変わった事は無いように見えるが、数人の警備の人員が入れ替わっている事に気が付いた。
無駄に自分から騒ぎに首を突っ込む気はないし、そこまで騒ぎになってないから、喧嘩か何かがあったぐらいだと思っておこう。
中に入って竹にメールで場所を確認しながら適当に皆が良そうな所を探していると、意外な人物に声をかけられた。
「あれ、葵さんじゃないですか!」
「ん?…なんだ柳田か。お前も買い物…じゃなさそうだな」
「いや~、本当は非番だったんですけど、少し面倒事が起きてしまいまして…」
「面倒事か…軽犯罪か何かだろ?それで、何かがあってPDPのお前がパシられてると」
「いや~、まぁ、そんな所です」
柳田は少し困ったように苦笑いしている。こいつはナヨナヨしてはいるが、意外に真面目で芯が強くて上からの信頼も厚い。
柳田の所属するPDPとは民間の警察権を持つ警備会社で、この町はそのPDPの本社がある所謂PDPのおひざ元なので、かなり治安が良いから事件などは本当に珍しい。
「まぁ、俺には関係ないけどな」
「いや、それがですね…」
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確かに俺は色々やってきたが、そろそろ厄介事とは関わりたくないんだが、周りがそれを許してはくれないのか。
皆の待機しているASIAの事務所に向かいながら簡単に事の詳細を聞くと、犯人以外は全員身内とか…呪われてるんじゃないのか、割とマジで。
「それでですね…少し彩華くんがやりすぎたみたいで」
事の詳細は簡単なものだった。鈴の財布を盗った犯人を彩華が捕まえたんだが、少しばかりやりすぎて犯人が過剰な暴力だ何だと言ったらしい。
まぁ、確かに背負い投げの足払いに踵落としまでおまけはやりすぎだろう。おかげで犯人は肋骨三本折ってるし。
「はぁ…アイツは加減ってものを知らないからなぁ、普通の奴にそこまでしちゃダメだって教えたのにな」
「あはは…まぁ、篠崎さんの娘さんで、被害にあったのが葵さんの妹さんでしたし、犯人が死なない限り少し長い注意だけですけど…」
事務所前に来ると、中からは楽しげなか声が聞こえてくる。
少なくともお説教のはずだけど、と思い柳田をみるが、またもや困ったように苦笑いしている。此奴も苦労してるんだな。
突っ立っていても仕方ないので、しょうがなくドアを開けると、やはりと言うかなんというか、出されたせんべいをかじりながら楽しげに雑談する女子一行と、部屋の隅で静かにお茶を飲んでいる男子一行が居た。
「はぁ、まったくお前らは、少しは緊張感を持「あ!?兄貴!!」話を聞けってのぉ…」
俺が反している途中でいきなり彩華がソファーから飛び上がり、こっちに向かってヘッドスライディングのような勢いで飛んでくる。
流石に避けたら固い地面に顔面衝突するので、仕方なく押し倒される。
「兄貴!あいたかったっすよ!!」
「あらあら、彩華ちゃんたら、積極的ね」
「ふぁ!?ちょ、ちょっと!私の葵に何してくれてるわけ!!」
興奮しながらすり寄ってくる彩華。それを見ながら黒い笑みを浮かべる姉の彩芽。さらに彩華の行動に演技を忘れて素の口調で叫ぶアリス。
あぁ、本当に…今すぐ家に帰りてぇ……
俺の心の声は、誰にも届く事は無かったのだった。




