第9話 聖女様も、逃げてきました
国境からの連絡は、雪の降る前に届いた。
聖女リリア様が、護衛一人と一緒に保護を求めている。
怪我があり、竜医より人の薬を扱う方へ診てもらいたいという。
私はネラ先生と、医務室へ向かった。
彼女は、以前の白い服を着ていなかった。
灰色の旅装で、袖の端が焦げている。
指先の傷に、白い光がうっすら残っていた。
私は近づく前に、薬師として診療を手伝うと名乗った。
彼女は、私の顔を見て目を見開いた。
「ユリア様」
「はい。ここでは、薬園で働いています」
「あなたが、出ていらしたことは聞いていました。でも、本当に」
そこで、彼女は口を閉じた。
先生が体の様子を聞く。
私は必要な薬を選び、彼女の使った魔法と、痛みが出た時刻を確認した。
光が傷をすぐ塞ぐので、皮膚の下へ熱が残っている。
表面がきれいなら治ったと思われ、次の儀式へ呼ばれたという。
「私からも、熱があると言いました。聖女に病気はないと」
彼女は、自分の指を見た。
私は夢の中で、その指へ薬を塗ろうとしていた。
そのあと彼女が倒れ、私の瓶が床へ落ちた。
毒だと叫んだのは、彼女ではなかった。
処置が済んでから、二人で少し話した。
リリア様は光の力を使える。それは本物だった。
けれど、広場全体へ治療の力を送るほどの魔力は、自分にはない。
王宮の器具を通すと、できた。
どこから力が来るのか尋ねると、国の蓄えだと答えられたという。
「病気の子が歩けるようになりました。私には、嬉しかったんです」
彼女は視線を下げた。
私は、それを責められなかった。
ククの呼吸が楽になったとき、私も嬉しかった。
使った草がどこから来ているかを知らないのと同じくらい、誰の力かを知らなかったのだろう。
「でも、儀式が大きくなるほど、私の体が冷えるようになりました。夜には熱が出る。器具を見せてほしいと頼んで、断られました」
彼女は一度、儀式への参加を拒んだ。
その翌日、部屋の戸に鍵がついた。
護衛が王宮の外から来た家族へ知らせ、荷を入れる門から連れ出したという。
護衛は、廊下の椅子で眠っていた。足に包帯がある。
「あなたのことを、もっと前に聞けばよかった。私は、自分の仕事で一杯でした」
彼女は言った。
私は王都で、彼女を遠くからしか見ていなかった。
綺麗な人が来たから、自分の場所がなくなったと思っていた。
居場所をなくしたのは、彼女も同じだった。
「今は、体を休めてください。私のことは、あとで」
私はそう答えた。
仲良くするために、過去を全部無くす返事はできない。
でも、今夜眠れる薬を用意することはできた。
部屋を出ると、レオニス様が廊下にいた。
彼女の話を聞いたのだろう。険しい顔だった。
「力を奪った器具を、今すぐ止めたい」
私は頷いた。
けれど、リリア様の体に残った光を思い出した。
向こうにも、治療を受けている人がいる。
止めるなら、その人たちの体を傷つけず、こちらの火脈も失わない方法が必要だった。
私はそのことを、彼へ話した。
彼はしばらく目を閉じたあと、わかったと言った。
怒りの先にも、仕事があった。




