第10話 あなたの花を、もう少し見ていたい
冬の薬を仕込むため、薬園は忙しくなった。
私が育てた草も、ネラ先生の確認が終わったものから使い始めた。
種から急に花へ伸ばした鉢は、見た目のわりに根が弱い。リタさんの土と、何日かの休みが必要だった。
私が魔力を流せば何でもすぐ間に合う、と言わずに済んだことは、後から大事になった。
リリア様は指先の光が落ち着いてから、少しずつ調査へ加わった。
器具を使う時刻。どの石へ触れたか。どの管から光が来るか。
自分の体のことなので、よく覚えていた。
一日に調べる時間は、先生が決めた。
彼女がまだ続けたいと言っても、休む時間になれば休んでもらった。
私も、同じ扱いだった。
育てる鉢を増やすと、指先の赤みが手の甲まで広がる。
先生に止められ、温室を追い出された。
そこへ、レオニス様が来た。
「追い出されたのか」
「魔力を流しすぎました」
「私も、塔に近づくなと言われた」
二人で、庭の椅子に座った。
どちらがより言いつけを破りやすいかでは、私が負けそうだった。
ククがサーヤさんと一緒に歩いてくる。
冬鱗の色が、少し銀色になっていた。
私の膝へ乗ろうとして、母親に止められる。
「ユリアさんの手は、お休みです」
子竜は、少し考えてから、レオニス様の足に顎を乗せた。
王の足なら休まなくてよいと思ったのだろう。
私は笑った。
彼も、足を動かさずに笑った。
「王都へ戻るつもりは、もうないか」
彼が聞いた。
私は庭の奥を見た。
青い花の鉢が並んでいる。
母と、私の部屋に残した本は、今も向こうにある。
全部が嫌いになったわけではない。
「家族に会いたい気持ちはあります。でも、あの薬園へ戻って、また毒草を隠して育てたくありません」
「ここに残る理由が、私の国が役に立つからだけなら」
彼は、そこで言い直した。
「役に立つ場所をなくしたくない、と言いたかった。私が、君に」
私は彼の顔を見た。
王が国を褒める話から、急に私の話になった。
彼は少し照れたように、ククの顎を指で撫でた。
「君が来てから、私は花を見るようになった。薬の材料だと知っていても、咲いた朝が気になる」
私は、覆った鉢を見る。
毒草の花にきれいだと言ったのは、先生が最初だった。
でも、明日も見たいと言ってくれる人は、彼だった。
「私も、あなたの国の朝が好きです」
言って、少し後悔した。
国、と言ってしまった。
目の前の人の隣で、焼き芋を食べた朝まで含めたかったのに。
「あなたといる朝も」
私は足した。
レオニス様は、私のほうを向いた。
庭の花が、かすかに鳴った。
共鳴が出たのか、冬の風だったのか、私にはわからなかった。
夕方、正式な亡命の許可が届いた。
成人の本人として滞在でき、薬園で働くことも認められた。
婚約については、王都の窓口へ私の意向が伝えられている。
王が花嫁を探しているかどうかは、どこにも書かれていなかった。
私は書類をしまい、青い鉢の前で手を止めた。
ここへ残れる。
逃げ込んだ先に、続けたい朝ができた。
そのことをレオニス様へ伝えたくなり、私は彼のいる庭へ、もう一度歩いていった。




