第6話 花嫁候補より、薬師の名前を先に
青灯草は、三鉢に増えた。
レオニス様が薬園へ来ると、三つとも鳴った。
釣り鐘の音が、温室のガラスに反響する。
リタさんが土を運びながら、耳を澄ませた。
「なるほど。ほんとうに鳴くのね」
「ご存じだったのですか」
「王の魔力と合う人が育てると、鳴くという話。薬師が合ったなら、助かる人も多いでしょうね」
私は安堵した。
有能な薬師だと、認められる兆しかもしれない。
ところが翌日、王の家を管理する夫人が来た。
「花嫁候補として、お名前をお預かりしてもよろしいでしょうか」
私は鉢の蓋を閉めた。
聞き間違いだと思った。
「薬師の登録は、まだ仮のものです」
「そちらも存じております。青灯草の共鳴は、王と生活をともにする方の魔力の相性を見る、古い目印でもありますので」
夫人は、椅子に座って説明した。
王の魔力が身近にあっても、相手が疲れにくい。互いの温度を感じやすい。
それだけで婚姻が決まるわけではない。
花のない相手と結婚した王も、花が鳴いた相手と友人で終わった王もいる。
候補に名を出せば、身分や暮らしの条件を正式に相談できるという。
私は、覆い越しの花を見た。
毒草が鳴るというだけで、人生がもう一つ決まる。
そういうものにしたくなかった。
「お返事は、今しないといけませんか」
「いいえ。あなたが望まなければ、名は載せません」
夫人は頷き、帰っていった。
私は同じ説明を、レオニス様にも確かめた。
彼はすぐに、断って構わないと答えた。
「君をここへ連れてきたのは、ククの薬を確かめたかったからだ。花は、来てから初めて見た」
「候補にならなければ、亡命の手続きが」
「変わることはない。ネラの薬師としての評価も、私が決めることではない」
私は椅子へ座った。
膝から力が抜けたあとで、がっかりしたような気持ちが少し残る。
王様が自分を花嫁に選んだわけではないとわかると、ほっとする。
でも、それだけだと知ったら、残念にもなる。
私は何を望んでいるのだろう。
「そんな顔をさせるつもりはなかった」
彼が言った。
私は思わず顔を上げた。
「嫌なのではありません。わからないのです。ここへ来たばかりで、あなたが親切だということしか」
「それなら、先に私を知ってもらいたい」
彼は、庭のほうを指した。
昼の短い休みに、ククが歩く練習をするという。
サーヤさんも、診療所の子供たちも来る。
一緒に見に行かないかと聞かれた。
私は、はいと答えた。
花嫁候補の話より、ずっと答えやすかった。
ククは、まだ足が少し危なっかしかった。
大人の黒竜の前に立ち、翼を張ろうとする。
レオニス様は人の姿でしゃがみ、手を広げた。
ククがその胸へ、勢いよく倒れ込む。
「もう一度か?」
王の声は、呆れていた。
でも、子竜が立ち上がるまで、背を支えていた。
私はその横に座り、もう一度歩く子を見た。
三度目に、ククは私の膝を行き先に選んだ。
私は受け止めた。
レオニス様と目が合い、二人とも笑った。
こういう午後を、また過ごしたい。
花が知らせてくれたことより、その希望のほうが、私には確かだった。




