第13話 毒草の根を、竜王様へ
塔の床は、温かかった。
レオニス様が送った熱が、まだ石に残っている。
その上にいる彼の手だけが、冷たかった。
人の姿へ戻り、外套をかけられている。首筋に黒い鱗が浮き、呼吸のたびに赤い光が透けて見えた。
ネラ先生は手首と胸を確かめ、薬の包みを開けた。
「灰虹根。用意した分を、まず使う」
私は小さな器を出した。
灰色の根を、確認済みの薬液へ浸す。
人なら意識を失う草だが、成竜には中心の火の暴れを抑える働きがある。
強い火を全部消してしまえば、体を戻す力まで失う。
先生は様子を見ながら、一度に使う量を決めた。
私が勝手に増やしてはいけない。
王は薬を飲み、僅かに目を開けた。
「巣は」
「診療所へ移しています。ほかの竜医もいます」
私は答えた。
彼の目が、私の顔で止まった。
「君の手が」
今、そこまで見なくてもいいのに。
私は指先を袖へ隠しかけて、やめた。
「薬を作れています。あなたは、呼吸をしてください」
王が、少しだけ笑った。
笑えることに安心してはいけない。先生は薬の変化を確かめ、私へ次の根の用意を頼んだ。
診療所では、成竜の患者も増えている。
確認済みの灰虹根を、あと二鉢使うことになった。
私は温室へ戻った。
リタさんが、鉢の布を外した。
成竜の薬として育て、冬に備えておいたものだ。何週間も土に根を張らせた。
今から種を一瞬で伸ばしても、同じ薬にはならない。
私は熟した株に手を置き、残っている根の成長を少しだけ促した。
一鉢ずつ、リタさんが土から外して確かめる。
細すぎる部分は使わない。無理に花へ力を送らない。
三つ目の鉢で、腕が重くなった。
もっと育てれば、助けられる人が増える。
でも、急に弱い根を増やしたら、先生へ渡す中身がわからなくなる。
私は手を離した。
「ここまでです。二鉢分は、同じ状態になりました」
リタさんが頷いた。
彼女が籠を持つ。私の鞄には、水と乾いた布だけを入れてくれた。
「今、運ぶのは私の仕事。あなたは、塔へ戻って見たことを伝えて」
私はその通りにした。
途中の階段で、足を止めて一度息をついた。
空の下に、町の窓の光が見える。
薬園の予備の炉も、診療所の毛布も、誰かが以前に用意したものだった。
私の毒草だけで一晩を救う必要はない。
救えないことを認めてから、また階段を上れた。
朝、王の首の赤い光が薄くなった。
先生は、今は危ない時期を越えたと言った。
私は椅子へ座り、そこで初めて手が震えた。
レオニス様が目を開ける。
「座っているのか」
「はい。走り回るのは、終わりです」
彼はしばらく、私を見ていた。
私も、彼を見た。
無事に国へ来た朝から、初めて、次の朝に会えないかもしれないと思った。
その怖さは、眠っても消えないだろう。
「あなたが、戻ってきてくれてよかったです」
私は言った。
薬の効き目を知らせる声にはならなかった。
彼が手を伸ばす。私は冷たい手を包んだ。
「待たせたな」
それだけだった。
私は頷き、目を閉じた。
先生が戸の外へ行き、静かに戻ってきた。
今度は私にも毛布を掛けた。
二人とも眠るようにと言われ、私は手を離そうとした。
レオニス様の指が、まだ少しだけ動いた。
「離さなくても、いい」
私は、はいと答えた。
その朝だけは、薬の名前より先に、彼の名前を胸の中で呼んでいた。




