身勝手な心
騎士団本部の訓練場に乾いた金属音が響く。陽光を受けて、打ち合う剣が鋭く火花を散らした。
「くそっ……もう一回だ!」
アルティアの荒い声が漏れる。
私は間合いを詰め、再び剣先を向けるが、目の前のアルティアは一歩も退かない。息を乱しながらも、真っ直ぐこちらを見据え、ためらいなく踏み込んでくる。
その真っ直ぐさが、かえって胸の内をざわつかせた。
次の瞬間、身体はほとんど反射で動いていた。
打ち込まれた剣をわずかに受け流し、軌道を外す。そのまま踏み込み、隙を逃さず一撃を差し込む。
鈍い衝撃音とともに、アルティアの体が地面へと崩れた。
「立て」
短く告げると、すぐにまた構え直す。
呼吸は乱れ、心はまるで静まらない。それでも剣だけは冴え渡り、何度も向かってくるアルティアをいなしていく。
その様子をみている周りの騎士達は、いつも厳しい中にある温かさを感じない、冷たい瞳に動揺と、やはり素晴らしい身のこなしに羨望も入り交じり複雑な感情を抱いていた。
アルティアが立ち上がり、体制を低くして走り込んできた瞬間。
家の結界が破られる気配を感じた。
「おい!!」
一瞬の油断、驚いたアルティアの剣先が右頬をかすめ、赤い線をつくる。
しかし、直ぐにアルティアの手首を柄で弾き、剣を落とさせる。
「すまない…結界が破られた」
そう告げ、直ぐに転移魔法の印を出現させる。
「各自、エドワードの指示のもと、稽古を続けてください」
そう残し、家に向かって飛び立った。
残された騎士達は、静寂がたちまち騒がしくなる。
「なんだ?」
「転移魔法を使うって…一大事か?!」
「ここ最近の団長…様子が可笑しかったよな?」
パンパン。
鋭い手打ちの音が、場の緊張を一瞬で変える。
フィリアに名を受けたエドワードが中央に歩き出す。その後ろには、先程まで叩きのめされていたアルティアもいる。
「いいか!団長は急務に向かった!!
今から、各々二人一組で勝負し、勝った者はアルティアに相手してもらえ!!負けた者は、素振り千回!!」
その言葉に騒がしかった口は閉ざされ、額には冷や汗をかく。
「「はっ!!」」
一斉に返事を返したはいいものの、誰一人としてアルティアと戦いたいとは思っていなかった。
(団長が最強だが…アルティア様だって桁違いの強さなんだぞ…全騎士団の二番なんだから!!)
先程までボコボコにされていたアルティアを見て、弱いと思う者などいるはずがなかった。
▽▼▽
「…貴方は誰ですか?」
家に戻ると、門の前にブロンドの女性とニアが寄り添って倒れていた。
その周りをリリィやベラ等の従者が囲っていた。
客室のベッドにブロンドの女性とニアを寝かせる。二人は固く手を繋いでおり、離れなかった。
医師を呼んで体を見てもらっても、異常はなく。眠っているだけだという。
ベッドサイドの椅子に腰掛け、どちらかが目覚めるのを待つ。
時折、リリィは顔を覗かせ飲み物を持ってくる。
門は水魔法の水爆破で粉々にされていた。
ブロンドの女性が行ったのか、だとしたら目的は何か――誘拐?
それにしては、眠っているのが辻褄が合わない。
回復魔法をかけてみても、満たされているのか、零れ落ちて効いていない。
高かった陽光も沈み始めた時。訓練を終えて客室に入ってきたエドワードとアルティアに状況を説明する。
そして、説明を終えた辺りで、ブロンドの女性が目を覚ました。
起きた彼女の瞳は珍しいピンクの瞳をしていた。
(どこか…ニアに似ている気がする)
そして何故か、私はピンクの瞳に鋭い眼差しを向けられていた。――その感情は怒りだ。
私の問いかけに、低く怒りを混じらせた声で答える。
「…ディリティ」
「おい、ディリティ?なんでニアと一緒に倒れてたんだ?」
窓際に背中を預け腕を組み立っていたアルティアが問いかける。
「…ニアが閉じ込められていたからよ」
その言葉に、顔が強張った。
「閉じ込めてたっていうか、守ってたんだろ?」
私の心の事情をしらないアルティアは、眉間に皺を寄せて反論する。
「…守るね」
その冷ややかな眼差しが私に向いている理由が思い当たる。
「それより、何故倒れていたんだ?」
ディリティ側に立っていたエドワードが問いかける。
「ニアに聞いたのよ、ここから出たいかどうか。そしたら彼女は出ることを望んだの」
エドワードの問いかけに答えるように、しかし、私に何かを突き刺すような言い方。
「だから…エルディオン様の元へ連れて行ったの」
その言葉に三人とも目を見張る。
「え、エルディオン様とは?貴方は関係があるんですか?」
思わず立ち上がりそうになるのを、拳をつくって堪えた。
「ええ、エルディオン様は私達の神であり、源なので」
そう告げると、続けて
「貴方達に、説明しようと私だけ戻ってきたのよ。――ニアはまだエルディオン様の元にいるわ」
エドワードは顎に手を置き腕を組み思考を巡らせる。
「秘境の森は…現実には存在しない…または別の空間に存在するということか?」
その答えに、ディリティは頷いた。
「貴方達はどこまで把握してるの?」
その問いに、エドワードが簡潔に説明する。そして話を聞き終わったディリティは口を開く。
「大方あっているわ。秘境の森はかつて、フィシオロゴス国の中に存在していた。
しかし、瘴気に満ち、朽ちてしまった為、エルディオン様が浄化が終わり再生するまで、隠してくれているの。
だから…無いというか、見えないと言った方が正しいかもね。肉体は行けない思考の世界に隠しているの」
そこから、淡々とディリティはニュムペー族について、ニアとディリティについて説明してくれた。
そして――エルディオンの同化についても。
「同化…」
その言葉に、握っていた拳に力が入る。
呟いた私の言葉を聞き拾い、馬鹿にしたように鼻で笑うとディリティは鋭い視線を突き刺す。
「最後に決めるのはニアよ。エルディオン様も……貴方も、自分の欲で縛ろうとしないで」
その言葉に何も返せない。胸が重くなる。
「今も、ニアが望まないなら、ここへは帰ってこないでしょうね」
すやすやと心地よさそうに眠っているニアに視線を戻す。
「…貴方は守護者であり、監視者とは?何を監視するんだ?」
エドワードは眼鏡に触れながら、疑問を投げる。
「…ニアの性格は分からないもの。もし、邪悪な者に力を貸すような子なら始末できるようによ」
その言葉に、エドワードは納得したように頷く。
「まぁ…その可能性は限りなく無いに等しかったけど」
「そうなのか?」
首を傾げるアルティアに視線を動かすディリティは答える。
「一緒に眠っていた私はずっと傍にニアを感じていたわ。あんなに綺麗で美しく純粋な魂が歪む性格になるはずないもの」
「というか、お前傍で見守ってたら誘拐や奴隷で捕まってた時も助けてやれよ」
そのアルティアの言葉に、ピクリと眉が動く。
「私が目覚めたのは、貴方達がニアを見つけた時よ。
それに…エルディオン様にはニアの人生に余り関わってはいけないとも言われていたし…」
(きっと、大地の力をある程度使えるようにしたかったのと…自分の元へ戻ってくるようにする為ね。
神とは言え、感情はもっているし、ニアを好んでいるのは直ぐに分かった。
きっと眠らせている間に、私と一緒で美しい魂に心奪われたんだわ)
「どいつもこいつも自分勝手ね」
吐き捨てるように言うディリティにアルティアは視線を彷徨わせた。
「…すみません。ニアを傷付けてしまって」
吐露した感情にディリティは大きなため息を吐く。
「…それでも私は貴方の方がいいって――勝手に思ったのよ」
その言葉に落ちていた視線を上げる。
「私も勝手ね。――いい?帰ってくるかは私も知らないけど。
もし帰ってきたら忠告があるわ。貴方達が調べたヴァルクレイムには気を付けて。
最近邪悪な瘴気が、この世界に探知されてる。絶対に狙いわニアよ」
三人の表情が引き締まる。
「必ず――守り抜いて」
そう告げると、ディリティは静かに瞼を閉じ、また眠りについた。




