我が半身
「ニア…」
「ディリティ!」
突然消えたディリティが、また姿を現した。
(なんだか…疲れてる?)
心配になり見つめていると、横に結んでいた口元を和らげ、困ったように微笑む。
「帰る?ここにいる?」
そう選択を迫られた。
まだ、胸は重いし、苦しい。
私は…フィリアに嫌われてる。
もう触れてはくれない。頭を撫でてくれない。
だったら…このまま、ディリティとエルディオンと一緒に穏やかな時間を過ごせばいいかと思った。
それでも――会いたい。
近くにいられなくても、姿を見たい。
「…帰る」
ディリティの黒い外套の端を掴む。
「一緒にいてくれる?」
そう問いかけても、ディリティの返事は帰ってこない。
ただ、静かに頭を撫でられた。
▽▼▽
ぼんやりした意識の中で、どれくらい眠っていたのか重い瞼をゆっくり上げる。
見慣れない天井が視界に入る。
「ニア!!」
ずっと聞きたかったけど、聞きたくなかった声が耳を通る。
声の方に視線だけ動かすと、立ち上がり私の顔を覗き込むフィリアがいた。
「…」
なんて言葉を発したらいいのか、分からなくて口を閉じる。
上体だけ起こそうとすると、直ぐにフィリアが支えてくれた。
(え、触って…)
その動作に驚くと共に、手が触れ心が流れてくる。
(良かった、戻ってきてくれて。本当に良かった)
心からの安堵が聞こえる。
「どこか痛いところはありませんか?」
不安げな顔で聞かれて、首を横に振る。
「そうですか…よかったです」
月明かりに照らされたフィリアの瞳は、いつもの夜空を閉じ込めたように綺麗だった。
さらっと大きな手が頭を撫でてくる。
(良かった。本当に戻ってきてくれてよかったです)
「…フィリア」
名前を呼べば、口元を柔らかく孤を描き、目尻が垂れる。
「はい、どうしました?」
(どうして…触ってるの?)
そんな事は聞けなかった。優しく微笑んでくれているフィリアの顔をもう手放したくなかった。
「私もいるわよ」
横で起き上がったディリティが呆れた声で言う。
「ディリティ!」
私は嬉しくなって抱き着いた。
(良かった、ディリティも一緒だ。起きたらいないのかもって思ったから)
▽▼▽
あれから二日経った。
ディリティは一緒にフィリアの家に住むことになって
(私が硬くなにディリティから離れなかったからだけど)
何だか、この間しっかり話したばかりなのに、ディリティを姉のように慕っている自分がいた。
「ニア…今いいですか?」
ずっとディリティに引っ付いていた私にフィリアが部屋に入ってきて遠慮がちに声を掛けられた。
「…うん」
導かれるまま、フィリアの書斎に入った。
書斎の奥にある執務机には、色違いの赤い雫の硝子細工が置かれている。
ソファに腰掛け、視線を合わせられず、ずっと置物に視線を逃がしていた。
「ニア…誤らなければいけないことがあります」
(え、フィリアが謝る事?)
てっきり心が読めることを責められるのかと思った。
あの目覚めた日に、頭を撫でられてからは、私がフィリアに触れられるのを避けていた。
二日経って一度もあれ以来触れていない。フィリアも手套をしていない。
「嘘を…つきました」
「…うん」
「手袋をしていた理由は…瘴気に染まったからでも、怪我をしたからでもありません」
「…うん」
「ニアに傍にいてほしかったからです」
「…うん――え?」
想像もしていなかった返答に目が丸くなる。
フィリアに視線を戻せば、少し伏し目がちに長い睫毛が陽光に照らされて艶めいていた。
「実は、エルディオンがニアと同化する話をディリティに聞く前から、
ニアは十六歳になったら自然に帰ってしまう。もしくは神となりいなくなってしまうのではと…考えていました」
そうディリティからフィリア達にも説明したことは聞かされていた。
それでもディリティは言っていた。
『加護の話はしてないよ』
フィリアは続けて言う。
「残り僅かでいなくなってしまうと考えた時に…どうしようもなく寂しく。伝えられなかったのです」
綺麗な眉は情けなく下がっている。
「一緒にいる時間、伝えねばと思う反面…伝えたくないとも思い。避けてしまいました。
申し訳ございません」
そう頭を下げるフィリアに慌てて否定する。
「そ、そんな!謝らないで!!」
(え?心を読めることじゃないの?)
少し状況が混乱してきた私は思考をぐるぐる巡らせる。
(どういうこと?!心が読める事じゃなくて…離れないでほしくて?一緒にいたら言いそうになって…だから避けて…えっと?)
「待って、でもじゃあ手袋は?なんでしてたの?」
(そうフィリアの感情を読み取ってしまうから避けてたんじゃないの?)
すると、フィリアは頬を赤く染めて言う。
「寂しい感情が増していく中で…頭を撫でる以上に抱き締めて離せそうになかったので――自制の為にしていました」
その言葉にまた思考が停止する。
(え?)
「…つまり――フィリアは私の事嫌いじゃないの?」
今度はフィリアが目を見張る。
「そんな!嫌うだなんて、ありえませんよ」
断言するその優しい声に、胸につかえていた苦しみが取れた。
「よかった…ふぇ、ふぇええ」
安心した途端、ぽろぽろととめどなく涙が溢れてきた。
向かいに座っていたフィリアは慌てて駆け寄り優しく抱きしめてくれた。
(不安にさせてすみません。泣かないでください。我が半身よ)
流れてくる温かな感情に、安心する体温に体の緊張が解けて、気が済むまで泣いた。
目を赤く腫らしながらも泣き止んだ私はフィリアの胸から顔を離す。
「目が腫れてしまいましたね…今冷やす物を持ってきますね」
そう告げ、部屋を出て行ったフィリアの後ろ姿を見届けながら、ふと何度も心の中で聞こえた言葉が頭に浮かぶ。
「我が半身て…なに?」




