芽生えた愛
「あーあニアに会いたいな~」
言葉以上に訴えている感情が耳に突き刺さる。
執務室のソファで足を組み、後頭部に腕を添えて、背凭れに重心を預けているアルティアは不満な声を出す。
「理由もなく接近禁止命令が出たからな…」
もう一人アルティアの向かいに座っているエドワードが、ずれた眼鏡を直しながら不服そうに書類に視線を落とす。
「…すまないと言っているだろう。もう少し時間をくれ」
「何を隠してるんだよ」
アルティアの言葉を流すように、エドワードが用意した書類を持ち上げ読み上げる。
その手には手套はされておらず、綺麗な肌だった。
――神核真理院
『神を信じない』のではなく『神を解析し、超える対象として扱う』
魔導師が数名の小規模団体がオーフィス国には存在する。
そしてその団体の長がヴァルクレイム
その男の素性を誰も知らない。いつも黒と白の仮面をしており、声で男性と分かるだけ。
種族も不明。
アルティアが偵察してきた一ヶ月の間。
護衛のパーティーで聞いた団体だという。そこからは少しずつ情報を得ていった。
「研究対象が瘴気と浄化なのは特に珍しくはないのだが…この掲げている神というのが…」
エドワードの言い分は私も同じように感じていた。
闇魔法を得意とするオーフィス国であれば、瘴気も浄化も対象研究とする団体は多い。
しかし、どこの団体もわざわざ神を出さない。
研究テーマに交わらないからだ。
「…ニアが、回復、浄化に特化した光属性というのと相まって引っかかる」
肘を机に置き、手を組む。
そして続けて記載されている一文。この一文で私達は、ほぼ黒だと確信している。
――裏商館への頻繁な出入りあり。
ニアの事を、知っている可能性が高い。
パルフィ公爵家から逃げた後に、誘拐に来た速度があまりにも早すぎると感じていたが、ずっと見張っていたのなら納得する。
「そして、ここ三年ぱったりと裏商館へは行っていないって…」
アルティアが書類を机に置きながら呆れたように言う。
「我が家に匿っている事を知っているからだろうな…」
私が屋敷を空けている時間は昼間。騎士団の巡回経路に組み込んでおり、深夜には一度帰宅し、変化がないか調べている。
そして周辺に結界を毎日張り直している。
「そしてエルディオンについてだ」
エドワードは新しい書類を私達に渡す。
書類の文を追いかけている最中にエドワードは話し出す。
「アルから仕入れた王宮図書の禁忌文献から出てきた情報だ。信憑性は高い。
結論から言う。エルディオンは大地、生命の神だ。秘境の森の神とも言われている。
エルディオンという名はニュムペー族が健在していた時に言われていた名だと思う」
その書類にはニュムペー族とエルディオンの関係が記載されていた。
大きな生命の樹木、エルディオンを中心としてニュムペー族が街を築いていたという。
平和に暮らしていたニュムペー族が戦争に巻き込まれ、秘境の森は瘴気にまみれ、焼け野原になったという。
少しずつ、大地の神エルディオンは大切な種を守りながら森を復活に導いている。
「完全復活を遂げるにはニュムペー族の歌が必須条件ということだ」
エドワードの言葉に動揺が声を低くする。
「まて、ニアは歌えない」
そう、言葉を詰まらせずに、ここ一年で話せるようになった。
音楽も好きで、特にピアノの音を好み、私が奏でる音が好きだと、よく弾いてほしいとせがまれる。
しかし――歌おうとすると、途端に声が出ない。
「それが…十六歳になったら歌えるとか?」
アルティアは、他二人も過った事を言葉にする。
「まて…それは、つまり、歌うとニアは死ぬということになる」
くしゃりと前髪を乱暴に触れた。
「フィリア、続きがある」
落ち着かせるようにエドワードは言葉を続ける。
「歌は浄化の力を最大に発揮する手段であるだけだ。
問題は――花は生命の神と交合い、同化するということだ」
その言葉に喉がつかえて、背中に嫌な汗をかいた。
(――同化する?)
「ニアがもし、花だとしたら…自然に帰るということだと解釈した。
現状は人間の姿をしているが、本来は自然そのものなのかもしれない。
またはニュムペー族自体が妖精や自然の化身だとしたら?」
エドワードの予想は大体当たることが多い。それに何故か腑に落ちる。
大地の神に愛される理由も、加護を受け自然に守られる理由も、並外れた魔力量をもっている理由も。
――人の心を読める理由も。
「ニア自体…神の存在ということか」
そして、その神を守る役割を担っていたのは、ガラディオス家。
我が家の家紋は空を舞う龍の姿に一輪の花を纏っている。
茎が尾から腹まで伸び、丁度心臓の部分で開花している。その周りを円を描きながら葉と蔓が伸びている。
全ての点が繋がった。
「しかし…不透明な神核真理院について、もっと情報が必要だ」
「ああ、エルディオンの情報はある程度揃った。僕もアルと合流して、そっちを探る」
「おう!」
日々続いた情報集めも、まだまだ必要なことはあるが、ひとまず一段落した。
(しかし、ニアに伝えるのが――怖い)
二人が去った執務室で、背凭れに体重をかける。ギシっと音がした椅子は、私の背に合わせて少し反れる。冷静にならなければと視界を両手で覆う。
出逢った時の、ほんの違和感。
怯えていた少女が、小さな手を私に伸ばし、頬に触れた瞬間。
全身の力が抜けて、大粒の涙を流した。
私が頭を撫でる度に、安心した表情をする。
逆に何か考え事をしていれば、微かに触れてくる小さな手。
そして決まってリリィに私が欲しかった物を代わりに頼んでおいてくれる優しさ。
(――ニアは、私の心が読めるのですね)
そう気付いても、何も変わらなかった。
逆に少し意地悪をして、戸惑うニアを見るのが可愛らしくて愛おしかった。
ただ、もし今触れられて。
自分が人間ではなく神かもしれないと、大地の妖精や化身かもしれないと。
人間ではないと知ってしまったら。
自分を責めやすいニアは、私の元から去ってしまうかもしれない。
あるべき姿へ帰らなければと思うかもしれない。
「騎士…失格ですね」
いつの間にか、守りたいという使命感から独占欲に変わっている事に、驚いた。
門を凍らせてまで、逃がさない。
これでは…パルフィ公爵と一緒だ。
嫌…もっと重い。
龍人族の愛情は深く重い。
胸の鼓動は強く脈打ち、独占欲と執着が溢れ出ているのを感じる。
あと三年。
必ず――ニアがここにいる選択をとらせたい。




