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平凡だった私が生まれ変わったら森の神様に好かれ龍人に愛される物語  作者: 茜雫桂香


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可愛い子猫

「今日も日差しが強いので、外出の際は必ず帽子を被ってくださいね」


カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の床を明るく照らしていた。

最近は日の昇る時間が早くなったせいか、朝のうちから空気がほんのり暖かい。

前世の日本の夏に比べればずっと過ごしやすいが、それでも数分歩けば額にうっすら汗がにじむ程度には暑かった。


私の銀色に輝く髪を耳の上あたりで二つに分けて結び、赤い紐を蝶々結びにしているリリィは、ここ最近、毎朝のように同じことを言う。心配そうにこちらを見るその顔も、すっかり見慣れてしまった。


「うん。分かった」

そう答えるのも、もう何度目だろう。結局、私も毎回同じ返事をしてしまうのだった。

「はい、できました。今日も可愛いです」

純粋な微笑みを向けられて、頬が紅に染まるのを感じながら、部屋を後にする。


王家の目通りから一ヶ月が経っていた。

あの日からまだ一度も夢に樹木は現れない。

紺色の絨毯が真っ直ぐ敷かれた廊下を歩く。


ここ最近は、この世界の歴史や文学の教養、バイオリンや刺繡などの嗜み、社交マナーなど、本来この年齢の貴族の少女がする習い事を皆が交互に指導者となり教えてくれている。

フィリアが外部からの家庭教師を雇うのを懸念した為だ。


今日は午前中はフィリアが教えてくれる社交マナーだ。

(…本当にできるかな)


大きなガラディオス家の紋章が彫刻されている両扉をノックし、片方の扉をほんの少し開けて中を覗く。


(広くて…眩しい)

入室することを躊躇してしまう程の、高い天井に大きなクリスタルのシャンデリアが下がっている。

広い床は舞踏のために何も置かれておらず、大きな窓から差し込む陽光で輝いている。


「ニア?どうしました」

先に入って待っていたフィリアが扉まで近づいてきて、隙間を覗いている私と視線を合わせる。

「あ…ううん」

隠れていたことに少し羞恥心が沸き、誤魔化すように扉を開けて入室した。


「さて、今日からダンスをお教えします」

中央まで導かれ、向き合う形に立つと、背の高いフィリアを見上げる。

「う…ん」

あまり気が進まないのには理由があった。


「それでは簡単なステップから始めましょう」

そう優しく微笑むフィリアが大きな掌を差し出してくる。


(やっぱり…触らないといけないよね…)

そう、触れなければいけないことだ。

触れてしまえば、心の声が聞こえてしまう。

未だに、流れてくる心の声に慣れず、そして罪悪感も少なからずある。

必要以上は触れぬよう気を付けているが…ダンスは手を重ねなければいけない。


差し出された掌に自分の手を重ねるのを躊躇していると、フィリアは少し首を傾げた。

「どうしました?」

「…」

(どうしよう…でも言えない)

心の声が聞こえるから触れないなどと告白できそうにない。

渋々手を重ねた。


(ニア…ダンスが好きではないのでしょうか?)

(または、難しいかもと緊張しているのでしょうか?)

触れた瞬間流れてくるフィリアの声。

「それでは、私に合わせてステップをー」


声が聞こえないように、必死にフィリアの足元だけを見つめ、流れる楽の音に集中した。

それでも


(いいですね、段々足がついてきてる)


(転ばないように)


(ゆっくり…そう、上手)


優しい感情が流れ込んでくる。

すると、ふいに流れてきた声。


(ニアの手は小さくて可愛いですね)


その言葉に頬が熱をもった。途端に集中が切れて足がもつれた。

「わっ」

「ニア」

フィリアが抱きとめる。大きなフィリアの腕の中は安心するけど、今は逃げ出したくなった。

首まで赤いだろう私は両手で顔を隠した。


「ニア?」

不思議そうな、どこか心配してそうな声で名前を呼ばれて、片手で包み込まれながらも、大きな手が私の手に触れた。

(どこか痛めましたか?ー顔が赤いような…)


「フィ…リア」

「はい。どうしました?」

剝がされまいと手で顔を隠したまま

「もう…今日は、ダンス…ここまで、がいい」

(私の心臓がもたない)


(ニア…ダンスあまり好みではなかったのでしょうか)

心配するフィリアの声はずっと優しい。

「分かりました。では少し休憩をしましょう」


ひょいっと私を片腕に抱えて、談話室まで連れて行ってくれた。

その間、頬の熱が冷めるまで、ずっと手で顔を隠していた。

その様子を見たフィリアの容赦ない心の声が聞こえて


(ふふ、なんだか可愛いですね)

(無理に手を取ったら怒りますかね)


全然冷めなかった。



▽▼▽



談話室は落ち着いた雰囲気の広い部屋で、柔らかな色のソファや椅子が円を描くように並べられていた。

窓から差し込む午後の光の中、テーブルには焼きたての菓子が用意されており、ベラが直ぐ横で花の香を漂わせながら紅茶を淹れていた。


「どうぞ」

目の前に出されたティーカップは白に金縁の花が咲いている。

「ありがとう、ございます」


口をつけると、良い香りが口に広がり鼻に抜けた。

ようやく先程の熱から冷静さを取り戻せた気がした。


「この焼き菓子、ニア好きですよね?」


向かいに腰掛け、四葉の形をした焼き菓子を手に取り、差し出してくる。

(確かに、チョコとバターが交互に焼かれた焼き菓子は前世のクッキーと同じ味)

「うん」

その焼き菓子を貰おうと、手を伸ばすと、ひょいっとフィリアは引っ込める。

「?」

意味が分からず首を傾げると、悪戯に口角が片方上がったフィリアは次の瞬間、また私の頬を赤く染めた。


「あーん」


そう低い声で言ったのだ。


(え!!あーんするの?!)

確かに今まで、寝込んだ時はフィリアやリリィが食べさせてくれる事はあったけれど、それは自分で食事が困難だったからだ。

今の私は出逢った時よりも、体重が増え、健康的な体系になりつつあり、走る事だってできるほどだ。


恥ずかしさで唇に力が入り、みるみる頬が熱をもつのを感じる。

「…フィリア、いじわる」

そう拗ねて言うと、フィリアが眉毛を少し下げて

「そうですか?つい…ニアが可愛らしくて」

さらっと

「甘やかしたくなるんです」

笑顔を零す。


そして私の抵抗がなかったことのように、また焼き菓子を差し出してくる。

数秒の抵抗も虚しく、私は小さな口を開いた。

「あー」


つん


微かに唇に触れた指先から流れるフィリアの声は

(ふふふ、可愛らしい子猫のようですね)

焼き菓子よりも甘く、私の味覚を奪った。


(味が…わかんないよ)







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