これから
フィリアの書斎は、屋敷の奥にある静かな部屋だった。
壁一面には高い本棚が並び、古い書物や報告書が整然と収められている。紙とインクの落ち着いた匂いが、部屋の空気に溶け込んでいた。
窓際には大きな執務机が置かれている。深い色の木で作られたその机の上には、いくつかの書類と地図、羽根ペンとインク壺がきれいに並んでいた。
その横には、手入れの行き届いた剣が一本、静かに立てかけられている。騎士団長であるフィリアらしい、無駄のない部屋だった。
部屋の中央には長方形のテーブルが置かれ、テーブル中央には、龍の紋章が刺繍された細長い布が敷かれている。その周りには来客用の肘掛け椅子が、テーブルを挟むように並べられている。
フィリアは執務机の前に立ち、腕を軽く組んでいる。
その近くの椅子にはエドワードが腰掛け、その向かいに私が座り隣にリリィが寄り添うように座る。
アルティアは本棚の近くの壁にもたれ、腕を組んだまま静かに様子を見守っていた。
窓から差し込む夕方の光が、書斎の床を淡い橙色に染めている。
静かな部屋の中で、これから話されることが、きっと大きな意味を持つのだと――誰もが分かっていた。
少しの沈黙の中、口を開いたのはアルティアだった。
「やっぱりニアはニュムペー族の生き残りだと思うな」
その言葉にエドワードも頷き、眼鏡に触れながら
「ああ。それは薄々感じていたから驚きはそこまでない…が」
そこまで言い終わると視線をフィリアに向ける。その視線を全員が追い、フィリアに集中した。
組んでいた腕を解き、もたれていた机から体を離すと
「私がニュムペー族を守る龍人族の家系という話…ですね?」
落ち着いたその声にエドワードもアルティアも大きく頷く。
「正直、両親からも親族からも聞いたことがありませんでした」
素直な感想にエドワードが言葉を放つ。
「ああ、そもそも知られては、いないからな…ニュムペー族自体」
少し間を置いて、アルティアは落ち着いた声で言う。
「でもさ…正直、陛下の言葉に納得したんだよな」
その言葉に静かな沈黙が流れた。
「ええ」
フィリアは低く優しい声で頷いた。
その藍色の瞳は柔らかい視線で私を映す。驚いた私は何も返事が出来なかった。
「俺も」
エドワードまでも大きく頷き私に視線を移す。
続けてアルティアが言う。
「フィリアとずっと一緒にいた俺達が感じるんだよ…」
(なにを?)
言葉に出すより先に、フィリアが答える。
「ニアに初めて会った時から、今まで感じたことがない感情
――理屈ではなく守りたいという衝動が湧き上がるんです」
(自分でも自覚はしていなかった…でも陛下に言われて、腑に落ちた)
「…必然なのかもな」
エドワードはフィリアに視線を移し、口角を上げる。
「今、ニアが目覚めた事も、その時代にフィリアがいることも」
(必然…)
エドワードの言葉が心に落ちる。――私は何をこれからすればいいのだろう。
フィリアは私の前に来ると、片膝をつき手を重ねる。
「必ず―守ります」
(この命に代えても)
そう見つめられる真っ直ぐで揺らぎのない藍色の瞳が私を見据える。
私はただ、見つめかえすことしかできなかった。
▽▼▽
その後は、これからの話をした。
まず、深い森の神様を探さなければいけないこと。ニアが十六歳を迎えると何が起きるのかを探ること。
そして、フィリアの家系の歴史を探ること。
「前に言っていたブランウィン国にあるトデンドロンは、きっと違う。ニアが夢でまた絵本の樹木と会えるのを待つしかない気がするな…」
エドワードは以前見せてくれたトデンドロンの樹木の絵を再度見せてくれた。
私は今度は確信をもって言えた。
「うん、この、木じゃない」
結局は、樹木の夢をまた私がみないと何も進まないという結論だった。この世界にあるのかも分からないとエドワードは言っていた。
「神の扉という説もある」
「なんだそれ?」
アルティアが首を傾げた。
「神しか開けられない、出現させられない扉が存在し、その扉が開いたとき。この世界とは別の世界に繋がっているという話だ」
ふと。前世の記憶が蘇る。
確かに、この世界とは全く違う世界で私は前世を終えている。
神の扉、それは別世界に繋がっている扉。その先に私の知っている世界があるかもしれないし、全く違う世界があるかもしれない。
「が、がんばる」
私は再び夢を見られるように、何か対策はあるかと考えた。
フィリアは口元を和らげて
「夢はそう簡単に己で操作できるものではありません」
「でも…」
眉間に皺を寄せると、続けてフィリアは
「ニアは、この世界の事を知り、好きなことをまず見つけることから始めましょう」
優しく微笑まれた。
「そうだな!そんなに焦ってもしょうがないし、まだ時間はある」
アルティアも白い歯を向けてくれる。
「ああ。焦ったところで時間が勿体ないしな。自由に有意義に過ごした方が賢明だ」
エドワードも右だけ口角を上げる。
「リリィも!ニア様が笑顔で過ごされるのが一番だと思います」
無邪気な笑顔を向けてくれるリリィ。皆の温かさに触れて、視界が滲む。
「はい」




