89.夜会の騒ぎから少ししてのこと
本日、ついに本作「おばあちゃんと孫と魔女の店 ~ 祖母から相続したお店がとんでもなかった件について ~」(イラスト:フライ先生)の書籍版が、SQEXノベルより発売です!
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結珠とジュジュの小話を書いておりますので、そちらも合わせてよろしくお願いいたします!
夜会の騒ぎから少ししてのことである。
それは、以前と同様に突然やってきた。
「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな」
「ナ、ナールさん! え!? おかえりなさい! 突然ですね!」
閉店時間間際の店にひょっこり顔を出したのは、魔石行商人でドワーフのナールだ。
結珠が店主となってから初めて店にやってきたときと同じように、ある日突然店へとやってきた。
「今回の魔石採掘が終わったんでな、来てみた。それに、あのちっこい魔石の在庫がそろそろなくなるんじゃないかと思ってな」
そう言いながらニヤリとナールは笑う。麻袋を床へ置くと、袋を開けて中から魔石が入っているであろう小さな袋を取り出した。
「わー! 助かりますー! そうなんです。実はもうなくて……」
旅立つ前にあれだけ用意してくれていたのに、数日前に小さい魔石の在庫がついに尽きたのだ。
どうやら先日の騒ぎのあった夜会でジュジュが使用したネイルの魔法道具が話題になったらしく、類似品を結珠の店で扱っていると噂が飛び交い、再び買いに来る客が増えたのだ。
低価格魔法道具の在庫はまだあるが、小さな魔石は全て使ってしまったので、在庫が全部売れてしまったら作れないと、若干焦っていたのだ。
こんなナイスタイミングでナールが戻ってきてくれたのは、非常にありがたい。
「いるかと思って、先に小さい魔石だけ準備してきたぞ。あと、魔石粉も」
「ありがとうございますー! よかったぁ!」
おまけに用意周到だ。これはもうお礼をしなければならない。
「良かったら、夕飯食べていきません? 実はこれからジュジュさんも来るんです」
「お、魔術師の嬢ちゃんも元気か?」
「はい! 結構よく食事をしているんです」
「そうか……。じゃあ、遠慮なくご相伴に預かるかな。で? 酒はあるんだろうな?」
「あー。前にナールさんに上げたのではないですけれど、他のものならありますね。葡萄酒とか?」
「葡萄酒か! それはそれでうまいから今日はそれで」
「今日は……?」
何だか聞き捨てならない台詞を聞いた気がする。
ナールはふんっ! と勢いよく鼻から息を出した。
「お前さん、俺にあんな酒の味を覚えさせておいて、だめだとは言わねぇよな? 売り上げから差っ引いてくれて構わないから、あの酒を用意してくれねぇか?」
どうやらナールはよほどウィスキーが気に入ったらしい。
もしかしたら、ここに来た一番の目的がそれかもしれないと思いつつ、結珠は苦笑した。
「わかりました。今日は無理なので、何日かあとに用意しておきます」
近所の酒屋にはもう数か月行っていない。
結珠はウィスキーほどの強い酒を好まないし、ジュジュと楽しむ酒は、ディーターから貰った酒がまだ残っている。結果的にナールがいるときくらいしか行くことはない。
もしかしたら、新しいウィスキーが入荷しているかもしれない。
明日、結珠の店は定休日だ。早速行ってみるかと考える。
結珠から良い返事を貰えたナールも上機嫌だ。
「ジュジュさんが来るまでもう少し待ってくださいね。あ、今お茶淹れます」
「わりぃな」
そう言いながら、ナールは専用の椅子に腰かけた。すぐにお茶を出してやる。
店にはもう客はいないので、少し早めに閉めても問題ないかもしれない。結珠は閉店準備を始めた。
その作業を見つつ、お茶を飲んでいたナールが口を開いた。
「何か変わったこと、あったか?」
「変わったこと……ですか? 特にはなかったかなぁ……。あ、でも没になった新しい魔法道具がありましたね」
「没になった? どういうことだ?」
ナールに、先日のネイル騒動をかいつまんで伝える。
するとナールは実物を見たがった。
「え? いいですけど……」
ジュジュが使用していたものはそのままあげたので、結珠の手元にあるのは試作品として作ったものだ。
作業部屋に置いてあったネイルチップとネイルリングのセットを持ってきて、ナールに手渡す。
「こっちの十個あるのが、爪につけるものです。で、このリングを爪先にはめる感じですね」
「まぁた奇妙なもの作ったなぁ……。俺にはよくわからん」
「ははは……。でも没です。着ける人が限られるし、この指輪はひとりひとりの指の太さに合わせて作らないといけないから、手間もかかるので、低価格魔法道具にはなりえなくて……」
材料費はさほど上がらないが、手間だけが上がるし、使用回数制限がある魔法道具の使い道を考えれば、ネイルは向かない。
それにしょっちゅう夜会であんな騒ぎが起きるなんて想定をしていたら、それこそ警備体制にも問題が生じる。
やっぱりネイルはファッションでなくてはならない。そのうち作業に余裕が出てきたら、普通のネイルチップを作って売るのもありかもしれないとは考えている。
ただ、どうにもやりたいことや家事などもあって、進まないのが現状だ。
今の結珠の店はアクセサリーに絞って販売を行っているが、祖母が経営していた頃は、色々なものが雑多に置かれていた。
もしかしたら、祖母も色々とやりたいものが増えて、それを置いていった結果、統一性のない販売物になっていたのかもしれない。
あるいは、魔法道具ではない普通の雑貨は委託販売を考えても良いのかもしれない。ブース制にして、他の作家の作品も置くのだ。
と、そこまで考えて、それは難しいかもなと思い直す。
自分の世界の客は、あまり店舗には足を運んでいない。通販で出るばかりだ。それに引き換え、店に来る客はワーカード王国の魔術師がほとんどである。
魔法道具ではない商品を取り扱ったところで、見向きもしてもらえないだろう。
結局のところ、自分でやるしかないのだ。
やっぱり余裕が出来たら、今後の経営方針について考えようと結珠は思うのだった。
そうこうしているうちに、店の扉が再び開いた。夕飯の約束をしていたジュジュだ。
「ユズ! 来たわよ! ……って、ナールさん!?」
「よう、魔術師の嬢ちゃん。久しぶりだな」
「え? いつ来たの?」
「さっきだな。数日前に王都に戻ったんだ。身綺麗にして、小さな魔石の加工してから今日店に来た」
「そうだったのね。それで? まだいるってことは一緒に夕飯?」
「そう! ジュジュさんには事後承諾で申し訳ないけど、私が誘ったの。いいでしょ?」
「もちろんよ! パン、多めに買ってきてよかったわ」
途中から結珠が答えた。もちろんジュジュとしてもナールが一緒に食事をするのは大歓迎だ。
今日は料理を結珠が作って、ジュジュはパンを持ってくる話になっていた。店に来る途中で、最近王都で人気のパン屋に寄ってきたのだ。
どれもおいしそうだったので、ついうっかり買いすぎてしまったのだが、ナールもいるのであれば好都合だ。
「ジュジュさんも来たし、夕飯にしようか。今日はね、ちょっとドタバタしてたから手抜き料理で申し訳ないんだけど……」
今日は思った以上に客が多かったため、慌てて仕込んだ肉と大きく切ったキャベツの煮込みとふかし芋、ムール貝の酒蒸しだ。
この前、結珠が大学時代の友達と一緒に行ったビールの祭典で食べたムール貝の酒蒸しがおいしかったので、家でも再現した形である。
貝の旨味があふれている汁にパンを浸して食べたら最高においしいだろう。
「貝……なんてあんまり食べたことがねぇな」
「おいしいですよー。私の国は海に囲まれた島国なんで、魚介類をいっぱい食べるんです。抵抗あったら別のものを用意しますけど、おいしいので騙されたと思って食べてみてください」
ジュジュも最初の頃は魚介類に馴染みがなかったせいで、若干引き気味だったなと思い出す。
最近では食べ慣れてきたのか、すっかり何も言わなくなったので、結珠も躊躇なく出しているのだが、ナールはあの頃のジュジュと同じ反応を示した。
しかし、結珠はお酒にも合うので。とぽつりと漏らす。その一言がナールへのダメ押しになる。
「嬢ちゃんがそこまで言うんだったら……」
「本当にダメだったら言ってくださいね。無理して食べるものではないので」
「大丈夫よ、ナールさん。結珠はおいしいものしか出さないから」
恐る恐るムール貝を口にしたナールだったが、すぐにムール貝の虜になっていた。
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応援してくださった皆様、ありがとうございます。
今後ともこの作品をどうぞよろしくお願いいたします!




