87.公爵令嬢の気付き
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「わたくし……何もかも間違っていたのね……」
「ゲンクローシ公爵令嬢……」
「公爵家の人間で美しいわたくしは、ディーター様に選ばれるべきだと思っていた。でもわたくしは、選ばれた先に何があるのかわかっていなかった」
母である公爵夫人は父公爵に愛されていた。それを見て育った。そんな母はいつも美しく、社交界の頂点に立っていた。
他家の夫人からも敬われ、それが当たり前だと思っていた。
しかしその裏で、母が家の采配をし、社交界の荒波に耐えていることを知らなかった。家の威光で自分はその場に立っていられたのだ。両親や兄たちの恩恵をあずかっていただけなのに、自分のものだと勘違いし、他人にもそれが通用すると思っていた。
もちろん通用していたが、全員に通用するわけではないし、自分の後ろにいる父公爵を見てちやほやしている人間もいたのだ。
それを理解していなかった。これでは、ディーターどころか、どこの家に嫁いだところで通用しなかっただろう。
同格の公爵家には適齢期の婚姻相手はいなかったので、仮に結婚出来たとして、侯爵以下となる。結婚により今より爵位が下がれば、今の威光が通用しなくなる。
今まで格下だと思っていた相手が自分よりも上位になる可能性もあるのだ。自分にそれが耐えられただろうか。
だからと言って結婚しなかった場合、嫁に行かない娘は、いつか公爵家の厄介者になっていただろう。
しかし、その頃には両親も引退の身だ。そのときは娘を連れて領地の隅で隠居することまで考えて無理に結婚しなくても良いと思っていたのかもしれない。
本当に何もかもわかっていなかった。
「魔術師の妻なんて言われても、どうすればいいのかなんて今でもわからないわ。でも、そのわからない……が駄目だということがわかりました。わたくしはディーター様の妻に相応しくない……」
「申し訳ありません」
「何故お前が謝るの?」
いきなり謝りだしたジュジュにゲンクローシ公爵令嬢が問い質す。
「それは……私があなたを煽ったりしなければと……」
「煽った?」
「ドレスですとか、髪型ですとか……」
「ああ……」
そうだ。ジュジュが身にまとっていたドレスや、新しい髪型。そして魔法道具と言った爪の装飾。どれもワーカード王国においてなかったものばかりだ。
夜会でそれについてジュジュを囲んで話をしているディーターの姿を見て、自分の頭に血が上ったことを公爵令嬢は思い出した。
「そうね。あれはどこのもの? あんなドレスを見たことがなかったわ」
聞いて、ゲンクローシ公爵令嬢は首を振った。これから修道院へ行く自分にはもう必要のない話だと思い至ったのだ。
社交界へはもう二度と戻れない。自分はドレスも宝飾品も身に着けることはない。
「いえ、私にはもう必要のない話ね」
「あれは、私が友人に何か新しく注目されるものはないかと相談して生まれたものです。そして何よりも、あなたの鼻を明かしてやろうと、醜くもそう思ったことが原因です」
「え?」
「爪の装飾を問われたことがありましたよね? そのとき私は、自分の知らないことを他人がやっていることを苦く思っているあなたを煩わしく思えました」
いきなりとんでもないことを言い出したジュジュに、ゲンクローシ公爵令嬢は目を丸くした。
ジュジュはかまわず話を続ける。
「だから、今後文句を言わせないような状況を作って煩わしさから解放されよう、自分の評判を下げずに相手に負けを認めさせる方法を考えようと……そう友人と話し合って、あなたの執拗な付きまといから逃れようと考えたのです」
ジュジュは曇った表情でそう言う。何故、暴露とも言うべき話を自分にするのか。
ようやくゲンクローシ公爵令嬢は何故この場にジュジュが来たのかを理解した。
「お前……わたくしに懺悔しに来たのね」
「そうです。……申し訳ありませんでした」
ジュジュはゲンクローシ公爵令嬢へ頭を下げた。
そうだ。自分が煽ったからこそ、最悪の結果を生んでしまった。
ジュジュがこんなことを考えずに、いつも通りの恰好で夜会に参加していれば、ここまでひどいことにならなかったのではないかという気持ちでいっぱいだったのだ。
おまけにただのおしゃれとして結珠から教えてもらったネイルを、とっさの嘘で魔法道具と偽った。それを本当にしてしまった結果、夜会での騒ぎにも繋がった。
どれも偶然という点が線で結ばれた結果だが、どうしてもきっかけを作ったしまったのはジュジュだという考えは頭から離れない。
ジュジュの謝罪に、ゲンクローシ公爵令嬢は令嬢らしからぬ声を上げて笑った。
「謝罪は不要よ。例え、ジュジュさんがどう考えどう動こうとも、あのときのわたくしはディーター様に結婚してもらおうと……相応しいのは自分であると信じて疑っていなかった。自分の正しい道をただ突き進んでいただけだわ。それに抗おうとしたお前を、わたくしが責める立場にはないわ。社交界とはそういうものでしょう?」
「ゲンクローシ公爵令嬢……」
「それに、あのとき魔術を使った私を止めたのはジュジュさんでしょう? 止めてもらわなければ、会場はもっとひどいことになっていたでしょう。それこそ修道院行きでは済まないくらい」
あのとき、ディーターもマンフレッドも間に合わなかった。魔術を発動出来たのはジュジュだけだった。
止められなかったら、どれだけの死傷者が出ていたかわからない。そうなったら、ゲンクローシ公爵家の一族連座で全員が処刑されていた可能性がある。
「止めてもらったおかげで、わたくしだけの罪になったの。もちろんお父様が宰相を辞めて引退を余儀なくされてしまったけれど、それだけで済んだのよ」
「そうでしょうか……」
「どちらにしても、全てわたくしが招いたこと。気に病まないでほしいわ」
そう言われても、ジュジュもすぐには消化出来ない。やはり罪悪感は残る。
ゲンクローシ公爵はもう一度首を振った。
「わたくしが負けただけよ……選ばれない愚かな自分に負けたのよ。だから自分が犯した罪は自分で償うわ」
ようやく目が覚めたらしい。先ほどここへ来たときの覇気のない顔から、今までの自信に満ちあふれたような顔に戻っている。
「わたくしの方こそ、悪かったわね。だからジュジュさんも謝らないで。むしろ、わたくしの思い込みで、周囲まで巻き込んでしまった」
あの夜会の騒ぎのせいで、ゲンクローシ公爵の周囲にいた令嬢たちにも静かに制裁が行われている。
もちろん何もしていないので罪には問われていないが、ゲンクローシ公爵令嬢に従っていたため、社交界では煙たがられている。
ゲンクローシ公爵令嬢に苦言を呈した者はすでに周囲から離れている。それもせず、公爵家の威を借りていた者たちだ。同類と見なされ、周囲からは早速距離を置かれている。
自分の言動でここまで影響が出てしまったことを、ゲンクローシ公爵令嬢はようやく恥じた。
「本当に自業自得。まともな友人もなくして、周囲にはわたくしの言動におべっかを使う者ばかり。調子に乗ってこんな始末だもの。今更言っても仕方のないことでしょうけれど」
思い込みで視野が狭くなっていただけなのだろう。元々は公爵令嬢としての教育は受けている彼女だ。
目が覚めれば、聡明さがうかがえる。もっと早くにこうなっていればと彼女自身も思っているようだが、それを指摘する人間はとっくに遠ざかっていた。
だからこそ、彼女はふと思う。
「こんな形ではなければ、ジュジュさんともお友達になれたのかもしれないわ」
「今からでも遅くないのでは? 行かれる修道院は、手紙を送ることは禁止されていませんよね?」
ジュジュの返事に、ゲンクローシ公爵令嬢は目を見開いた。
手紙は検閲されるが、やり取りは可能だ。
やり取りをする意思はあるとジュジュに言われて、ゲンクローシ公爵令嬢は笑顔を見せる。
「ええ、禁止はされていないわ。ありがとう、手紙を送るわ。ぜひ返事をして頂戴」
「もちろんです。お待ちしております」
二人は握手をする。ゲンクローシ公爵令嬢は手を離すとジュジュを振り返ることなく護送用馬車へと乗り込んだ。馬車は窓に鉄格子がはめられていて逃げることが出来ないようになっている。外も隙間からほぼ見えない。
公爵令嬢が乗り込むと扉はすぐに閉められ、外から鍵がかけられた。
すぐに馬車は動き出した。ジュジュは馬車が見えなくなるまでその場から離れなかった。
それがジュジュがゲンクローシ公爵令嬢の姿を見た最後になった。
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