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86.公爵令嬢の護送

本作「おばあちゃんと孫と魔女の店 ~ 祖母から相続したお店がとんでもなかった件について ~」(イラスト:フライ先生)の書籍版が、4/7(火)にSQEXノベル様より発売となります。

各書店で現在予約受付中です。

ぜひ、よろしくお願いいたします!



 ゲンクローシ公爵令嬢が修道院へ護送される日。

 ジュジュは夜明け前から王城にいた。彼女の旅立つ時間が、まだ王都が目覚める前の早朝である旨を、予めディーターから聞いていたのだ。

 どうしても話がしたいとディーターに頼み込み、出発前の短い時間であればと許可された形だ。

 ディーターも同席しようかと言ってくれたが、ジュジュはそれをやんわりと断った。彼がいてはゲンクローシ公爵令嬢から本音が聞きだせるとは思えなかったからだ。

 護送につく騎士たちにも事前に話は通っていたようで、護送用馬車のところまでジュジュが来ると目礼をしてくれた。ジュジュも軽く頭を下げて、公爵令嬢が来るのを待つ。

 ほどなくして、ゲンクローシ公爵令嬢が騎士に連れられてやってきた。その顔は全く覇気がない。しかし、ジュジュの姿を視界にとらえると、少しだけ瞳に力がこもった。


「申し訳ありません。少々、お話しがしたくこの場を作っていただいたのです」


 ジュジュがいきなりそう切り出すと、公爵令嬢は鼻で笑った。


「何かしら? こんな姿になったわたくしを笑いに来たの?」

「そんなこと……するわけがありません。ただ、お話しがしたかったのです。お付き合いいただけませんか?」

「どうせ……拒否権などないのでしょう? お前がここにいることを騎士たちが認めているのだから……。でもわたくしが素直に話すと思っているのだったら、その認識は改めるべきでしょうね。聞いてはあげるけれど、答えてあげるとは限らないわ」


 相変わらずの憎まれ口である。ジュジュはそれでもかまわないと告げた。


「でしたら、私が一方的に話しをするだけですので、お聞きくださいませ」

「ふんっ」


 ゲンクローシ公爵令嬢はそっぽを向いた。


「まず最初に、私とディーター魔術師団長は、完全に上司と部下の間柄です。もしも親しく見えて、別の関係性があるのではと疑われるのでしたら、それは師団長が私のかつての婚約者の親友であった……というだけです」

「かつての婚約者……」


 さすがにゲンクローシ公爵令嬢もジュジュの婚約者がすでに亡くなっていることは知っていたらしい。

 ぴくりと反応した。


「私は亡くなった婚約者を今でも大切に思っております。師団長もそれを良くご存じです。ですので、我々には互いに大事だった人を悼む気持ちはあれど、それ以上の間柄ではないのです」

「……それを証明するすべなどないでしょう?」


 答えないと言ったのは誰だったか。ジュジュの言葉に、ゲンクローシ公爵令嬢は反応を見せた。


「そうですね。気持ちとは見えないものですから、第三者へ証明は出来ないでしょう。ですが、もしも本当に我々が結婚を望んでいたのでしたら、もっと早くに関係性は変わっていたのではないでしょうか?」

「もっと早く?」

「ええ。貴族の婚姻に、当人同士の気持ちが時には必要ないことがあります。高位貴族であれば、なおさらです。師団長を無理にでも結婚させたいのであれば、もっと早くにどうとでも出来たはずです。けれど、彼の家である侯爵家はそれをしなかった」


 ジュジュの意見に、ゲンクローシ公爵令嬢は黙った。

 侯爵家であれば、当主が子供に対して結婚を強いることは可能だ。あるいは結婚する本人が気に入る相手がいるのだったら、相手の家に打診することも容易い。ジュジュのような子爵家であれば、簡単だろう。

 世間から見れば、侯爵家から子爵家へ婚約の申し込みがあった場合、よほどのことがない限りは良縁と扱われる。

 公爵家相手だったとしても、ディーターの社交界での人気の高さから考えても、歓迎される縁だ。実際にゲンクローシ公爵令嬢はそれを望んでいた。

 要するに、ディーターさえ願えば、この国では婚姻相手など選り取り見取りというわけである。

 それをしていないことこそが何よりの証明だろう。

 おまけに先日の夜会で、侯爵家はディーターの弟が継ぐことが公表された。ディーターは魔術師団長としての功績を認められて、宮中伯になるのだ。

 侯爵家は彼の婚姻に対して、家からの権力は使わないつもりだろう。


「ですので、何もかも誤解です。先日までのあなたは頭に血が上っていたのでしょう。同じ主張をしても聞き入れて頂けませんでしたので、改めて説明をいたしました」


 ゲンクローシ公爵令嬢は確かに今は落ち着いている。ジュジュの説明も、先日とは違って頭ごなしに否定することはなかった。 

 冷静に考えれば、ジュジュの主張は正しいだろう。だったら何故自分は受け入れてもらえなかったのかとゲンクローシ公爵令嬢は考える。


「何故……わたくしではいけなかったのでしょう」

「それは……師団長がおっしゃっていたではありませんか」

「……魔術師の妻にふさわしくない」

「ええ。その通りです」

「魔術師の妻とは一体何なのです?」


 そもそもわからないとゲンクローシ公爵令嬢が言えば、ジュジュはためらいがちに答えた。


「そのままの通りですよ。我々王立魔術師は、有事の際には騎士と同様に討伐や戦場に駆り出されます。命の危険性があります」


 今のところ世界情勢は安定しているので、戦争の心配はあまりないだろうが、魔物は存在している。

 魔物討伐も小さい規模であれば問題がないかもしれないが、スタンピードが発生した場合はその鎮圧には命の危険性が付きまとう。

 もしも儚くなってしまったら? その夫人は未亡人となり家の采配を行わなくてはならない。魔術師や騎士の夫人は、その覚悟を普通の貴族家よりも強く持たなくてはいけない。


「不敬と言われるかもしれませんが、はっきりと申し上げます。ゲンクローシ公爵令嬢はもしも結婚したとして夫人として何を行うべきだと考えますか? 魔術師の妻は着飾って社交を行うだけではありません。ましてや夫にならって魔術を使うことでもありません。あなたはご実家の公爵家で魔術師の妻になるための何を学んだのでしょうか」


 ジュジュの問いかけに、ゲンクローシ公爵令嬢は答えられなかった。

 今のジュジュの話は、先日もディーターに言われた。貴族牢にいたときにも再度ディーターに聞かされた。

 何を言っているのかわからなかったが、ジュジュの説明を聞いて、ようやく頭の中に入ってきた。

 魔術師の妻になって何を行うべきか……何をすべきか……。

 ゲンクローシ公爵令嬢はそんなことなど考えたことはなかった。

 実家では、一番末の子供ということもあって、両親も自分にとても甘かった。欲しいと言えば大体のものは用意されたし、気に入らないと言えば視界から消える。

 跡継ぎは長兄がいるので、心配することもない。

 もちろん公爵家の令嬢として、完璧なマナーは身に着けているし、自分の美貌にも自信はあった。

 社交界デビューする前からちやほやとされていた。年齢さえかみ合っていれば、王族へ嫁ぐ可能性もあったと周囲から言われれば、自分はそういう存在なのだと疑っていなかった。

 だから、同年代の中で最も高位であり、人気のある侯爵家のディーターが自分の婚姻相手なのだと思っていた。

 けれどディーターからは待てど暮らせど打診は届かない。ならば自分からと、父に頼んで侯爵家へ打診してもらったが、けんもほろろに断られた。

 父はその理由に納得していたので、彼女に諦めるようにと言ったが、納得が出来なかった。

 こんなにも素晴らしい自分が婚姻相手で何が不満なのだと父に食ってかかったが、父は首を横に振るだけだった。

 ディーターが良くて、他から来た縁談も全て断ってもらった。そうこうしているうちに、同年代はどんどんと結婚していき、ついには縁談を申し込まれることすら少なくなってしまった。

 現在来る打診は、どこも後妻になってしまった。おかげで、ディーターにますます執着するようになった。

 嫌も好きのうち、照れていらっしゃるのよと自分に暗示をかけて、ディーターに拒否されても付きまとった。相手からはすでに自分の何が駄目なのか、きちんと説明されていたのに。

 それを無視し、彼は自分のものだと求婚もされていないのに、自分の身分をかざして他の令嬢に対してけん制を繰り返した。

 結局、そのツケが今になってこんな形でまわってきた。もっと早くに諦めて身の丈に合った婚姻を結んでいれば、修道院に行くこともなかったかもしれない。

 どれも仮定の話であり、現実はこうなっている。

 美しくありさえすれば、選ばれると思っていた結果だ。

 自分は彼に選ばれるために何かを努力しただろうか。今ならばわかる。何もしていなかった。

 唐突にそれを理解した瞬間、ゲンクローシ公爵令嬢の瞳から涙がこぼれ落ちた。



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― 新着の感想 ―
これは現実の結婚でも良く考えないといけないことですよね。 憧れるのはいいですが、結婚した後の生活は長く続く訳ですし。令嬢は理解するのが遅すぎました。
こんにちは。 まさに『覆水盆に返らず』ってやつですね。少しでも『後悔先に立たず』や『転ばぬ先の杖』な気持ちや心構えが有れば回避出来たでしょうに…。
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