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20.ジェドの生い立ち

 

 レミィは偽名で、本当の名はすみれということ。

 ルトは第一王子アレクシスで、すみれは彼の番として異世界から召喚されたこと。

 後二ヵ月で元いた世界に還ること。

 ルトはレミィをすみれだとは知らないこと。


「こんなとこ、かな?」

「……いや、俺より先に王子に教えてやれよ……」


 ものすごく残念なものを見る目をしてジェドが言う。


「う……ん……うん、そうなんだけど……」

「まあ王子の番嫌いは俺でも知ってるし、その理由も気の毒だとは思ってたけど。──これが一番気の毒だわ」


 ぐさぐさと言葉のナイフがすみれに突き刺さる。


「でもさぁ……知らなかったとはいえ、望んでない(あいて)云々を本人に直接言ってたって知ったらルトが気に病むと思ってぇ……」

「アホウ。相手のせいにすんなよ。お前が王子に、そんなこと言われた番だって知られたくなかっただけだろーが」

「うぐぅぅ……」


 正論がすみれを容赦なく叩いていく。


「まぁ色々納得したわ。じゃあその獣耳、偽モンなんだろ? 人族の耳見せろよ」


 そう言われて、いつもミアが上手く髪型で隠してくれている人間の耳を、髪を掻き分けて彼に見せた。


「本当だ。……俺とおんなじ」


 え? と聞き返すと、ジェドも長めのツンツン髪を掻き分け、人間の耳を晒した。


「どういう、こと? だって、翼……」

「俺は父親が鳥獣人で、母親が人族。翼があって本当良かったぜ。獣人国でまんま人族の姿とか、絶対この歳まで生きられなかったと思うしな。

 母親には口酸っぱく髪を伸ばして隠すように言われてた」


 そもそも平民の父と人族の母は本来出会う筈の無い二人だった。父親は翼があるのをいいことに、興味のあった人族の大陸に行くことを企てた。貨物船に密航し、陸が近付いたら夜の内に船を降り、まんまと人族の大陸に渡った。

 翼を荷物に偽装してブラブラと物見遊山し、働いて日銭を稼ぎ、そうして楽しく過ごしていた時に、人族の番と出会った。彼女は貴族の娘だったが、番衝動に流されるまま二人は愛し合い、幸せな時を過ごす。

 しかし男が獣人であることが露見し、追い立てられるように獣人国へ戻って来たのだと。

 しかしこの国でも母親が人族と分かれば迫害されるだろう。父親はそれを恐れて、木の上に建てた家で彼女を囲った。


「俺が産まれて、家族三人だけで過ごした。幸せだったかも知れないが母親は孤独だったと思う」


 そのせいかは分からないが、彼女はジェドが十四の時に亡くなった。番を(うしな)い、自暴自棄になった父親は殆ど家に帰らなくなり──とうとう色んなところでつくった借金で首が回らなくなって、息子を院長に売り飛ばした、ということらしい。


「俺はこの国でも、人族の国でも厄介者だ。……お前からは獣臭さを感じなかった。だから付いてきたんだ。そしたらやっぱり人族だった。仲間が出来たみたいで嬉しいんだ。二ヵ月だけでもいい、傍に置いてくれ……!」


 必死の剣幕で言われて、胸が潰れそうに軋む。


「……しんどいこと、教えてくれてありがと。もちろん、私の弟だもの。傍にいてくれなきゃね」

「スミレ……」

「あ、城ではスミレもレミィも極力呼ばないようにして。特に貴方はルトにも顔を知られているし……」

「……だから早く言ってやれよ」

「……それが出来たらこんなに悩んでない! もういっそ、知らせずに還る方がいいかもって思ってるのに」

「で? 後で俺とか、誰かに聞かされて。別れも言えず還られたって知ったら、王子死ぬんじゃないか?」

「そこは黙ってなさいよぉぉお! ミアに切り刻まれるよ!?」

「約束できねーな。その前にトンズラすりゃいいし。人の口に柵は立てらんねェって言うじゃん?

 ……嘘! 嘘だって! ナイフをしまえ!」


 すみれの後ろに立つミアが凶悪な顔でナイフを掲げたのを、向かいに座っていたジェドにだけ見えていた。


「俺は言わねェけど、そこちゃんと考えてやれってことだよ! アイツ馬車の中で俺にめちゃくちゃ圧掛けて来てたからな? 自分とは喋ってくれないのに、俺とばっか喋ってるとでも言いたげに! 居心地悪くてしょーがなかったわ。本当に番じゃねェのかよ? 信じらんねー」

「そ、そんなに?」

「そんなに。番であってもなくても色恋沙汰は面倒でしかないっつーのを、身をもって実感したね。

 はー……俺も番を得たら父親みたいになるのかと、今から恐ろしいわ」

「何か、私のせいでごめん……」

「別にいい。俺がここにいるのを望んだんだし」

「──ジェドの番、どんな子だろうね?」

「どうでもいい。そもそも映るとも限んねェんだろ? ああでもそしたら結局ここにいられねェんだっけ。面倒だな……」


 そうだ、アレクシス王子は番探知で番が映らなかった。だから番召喚まで使ってすみれを呼び寄せたのだから。

 ジェドの番が映らなかったら次は召喚を試すのだろうか。出来れば止めて欲しかった。番召喚とはすなわち、すみれのように異世界から人を拐ってくるということだ。自分のように苦しむ人を、増やしたくなかった。

 すみれが本当にアレクシスの番だったなら、番衝動に流されて、全てを棄てて彼と幸せになったのかも知れない。しかしジェドの話を聞いて、それも幸せだったのかは分からない。


(ある意味運が良かったのかも知れない。私は、番じゃないから還れるんだ)


 そう思えたら、何だかちょっと吹っ切れた気がした。


「えー、ルトには、折を見て話す……か手紙を残すよ」

「手紙かぁ……涙で滲まないインクにしてやれよ……」

「もう! ジェドはいちいち刺してこないでよ!」

「この中でアイツの味方してやれそうなの、俺だけみたいだし」

「うぐぅぅ」

「スミレ様が許可してくれるならこの鳥、マオが狩るです」

「この城怖い侍女しかいねーの?」

「さぁさ、もうその辺にいたしましょう。スミレ様、ご帰還お待ちしておりました。お食事にしましょう。沢山お話聞かせてくださいね?」


 ココが食事のワゴンを引いて部屋に入って来た。いつ部屋を出て行ったのかも知らなかった。

 テーブルにはサラダとスープに焼きたてのパン、そして鳥の丸焼きが並ぶ。


(鳥……しかも丸焼き……)


「いや、食うし……食えるけど、これ俺への嫌がらせだよな!?」

「なんのことでしょう。ふふ、さぁ、切り分けますね」


 ココにしては珍しく、まるで突き刺すように丸焼きの肉を削いで皿に盛ってくれた。


(ココが未だかつてないくらいにお怒りだ……)


 相手がこの国の王子でも、目の前の獣人(どうぞく)でも、全面的にすみれの味方でいてくれていることが嬉しかった。


「綺麗なねぇちゃんなのに一番恐ろしいな~。いただきます」

「それ定着してくれてるんだ」

「わりと気に入ってる。作ってくれる人とか命に感謝とか、今まで考えたこともなかったし」

「へへへへ」


 自分の世界の風習を誉められて悪い気はしないすみれだった。

 アレクシス王子がかつてないピンチを迎えていることも知らずに、穏やかに過ごしていた。



 同じ時刻、議会が行われる一室では角の丸い長机に、国王陛下を始めとする国の重鎮が勢揃いしている。

 議長はアレクシスの筈だが、まるで自分がそうであるように振る舞う男はライネルド・テオドット侯爵だ。

 現宰相である彼は壮年を少し過ぎ、ライオンの鬣のように伸びた麦の穂色の髪と髭に所々白いものが混じりつつも、その威厳は少しも衰えずにいた。


「こんなことは前代未聞ですぞ、アレクシス王子殿下。孫娘の番に我が孫リュオルまで捕縛したなどと」

「前代未聞なのは貴殿の息子だ宰相。娘の番をいいように使い、子供の売買なぞおぞましいにも程がある」

「これはこれは……面白い妄想をされる。そんな証拠があるとでも?」

「指示の書簡がわんさか出て来た。言い逃れは出来んぞ」


 机の上を埋め尽くすのは、全てテオドット家から院長宛に送られた指示書だった。


「本当に我が家の封蝋ですかな? 印璽は? サインは。寧ろこのような手紙にほいほいとそんな物を刻むでしょうか? 本物だろうとなかろうと、我が家を陥れる策略だと考えるのが妥当でしょうな」

「……孫娘の番が証言すると言っている」

「ハッハ! これは異な事をおっしゃる……獣人国王子の言葉とは思えませんなぁ! 孫娘の番だろうと人族の言葉を! 昔より忠臣として支えてきた我々の言葉より信ずるとおおせで?」


 宰相に同調して、周りから嘲笑が上がる。笑っていない者は鋭くアレクシスを睨み付けている。


(人族への差別意識は、まだこんなにも根深いのか)


「…………」

「番を否定してはいても、フランシス殿下を王にと推す貴方様だからこそ、我らは静観いたしておりましたが、考え直す時が来たのかも知れません」

「どういう……意味だ」

「殿下の王位継承権の剥奪を陳情いたしましょう」

「……!!」



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