19.アレクシス第一王子(とその番)の帰城
ジェドの年齢を十一歳から十五歳に変更しました。
家族の団欒を邪魔するのもなと思いつつ、すみれ達にもあまり時間がない。仕事を頼む関係上、簡単に挨拶だけでもしておきたいのだが──。
すみれのそんな気持ちをリズが察してくれたのか、家族を宥めて全員でこちらを振り向いた。それを合図にゆっくり近付いて「初めまして、レミィと申します」と自己紹介から入る。
事の経緯から、仕事の説明まで終える。レミィの名は知っているようで、娘を救ってくれて……! と父親を始め家族全員にそれはそれは感謝された。娘を売るなんてどんな父親かと、一言言ってやらねばと勢い込んでいたすみれは肩透かしを食らったが安心もした。今後は騙されないように、お金関連の話は家族に相談してくださいね、と釘だけは刺しておいた。何もなかったと言えど、恐ろしかったなんてものじゃなかったリズの心境を思えば、足りないくらいだったけれど。
リズとリズの家族に別れを告げて、また馬車に乗り込む。今度はミアのいる御者台に乗った。すると直ぐにジェドも、ミアをすみれと挟む形で座る。
出発し暫くすれば大きな街があるのが見え、街道も整えられていて快適。すみれの元に手紙を送るのには困らなさそうだと安心した。
この国では鳥での短文配送と人や荷物なんかと一緒に馬車で送られる荷馬輸送と、鳥系の獣人による青空輸送がある。
早くて安全なのはもちろん青空輸送だが当然一番お金が掛かる。普通に安全で馬車速度なのは荷馬輸送だ。ちょっと値段は上がるが単騎で駆ける早馬便なんてのもある。鳥は時々魔物に襲われたり、途中の事故で届かないことが多いし、脚にくくりつけられるだけの短文しか送れないがまあまあ早くて安い。
(青空輸送……鳥の獣人……)
「っ、ねえ、ジェドの翼が治ったら、リズとの手紙のやりとり、貴方が担当してくれない?」
「はぁ? ……何で俺が」
「ジェドも仕事探さなきゃでしょ? 家族の所に帰らないなら尚更。それとも宛てがあるの?」
「ねぇよ」
「じゃあいいじゃない! 私がいなくなるまではとりあえずやってみてよ。その後も続けるかはジェドに任せるからさ」
ミアを挟んでの会話だから、ちょっと身を乗り出してジェドを見やる。彼はむすりとしていて、多分考えているんだろう、暫く黙っていた。
「あんたの国に、俺はついていけねーの?」
「……うん。無理だね」
「……そーかよ。……やる。この翼が治り次第」
「ありがとうジェド! そうと決まれば滋養の良いもの一杯食べてもらわなきゃね」
先ずはじぃじ……グレイールの陥落からだが、任せたい仕事もあると言えば何とかなるだろう。すみれは簡単に考えていた。
「ジェドは何が好きなの?」
「……特にないけど、お前の作ったやつはうまかった。また作れよ」
口は悪いが照れたようにふいと視線を外すジェドに、すみれはキュンとした。
(可愛い~そういえばジェドは弟に似てるな)
とは言えジェドは眼光が鋭く、しかしそれを補って余りある美少年だった。歳は十五と聞いてはいたが、この世界の十五歳とは思えない程に細く、身長もリズとあまり変わりなかった。きっとそういう所が院長に目を付けられた要因に違いない。
ただ思春期に入った弟が、それまで姉にべったりだったのに、ツンケンし出した時の顔とそっくりだと思ったのだ。
「作るよ。甘いのと甘くないの、どっちが好き?」
「甘くないの」
「りょーかい」
そんな他愛ない話をしたり、流れていく景色を見たり。馬車を走らせながら、朝のなんちゃってミネストローネを作った時に一緒に作っておいた、コッペパンにソーセージを挟んだだけの──所謂ホットドッグを皆に配って食べたり(もちろん他の馬車にも差し入れてある)していたら、王都が見えた。
「僕らはこのまま、城に彼らを連れていく」
ルトとカイルが馬車の荷台から降りながらレミィに声を掛けた。慌ててすみれも御者台から降り、走り寄る。
「うん。気を付けてね」
「それはこっちの台詞だから。何かあったら直ぐにいつもの宿に連絡を入れて」
ルトとの連絡は主に、王都にある宿宛てに送る手紙でのやりとりだった。四つ葉のクローバー一号店を出店してからは、彼からの手紙はこちらに送ってもらうようお願いしている。リズに渡したのもこの住所だ。毎日ミア達侍女三人の内誰かが、手紙の有無を確認するついでに店舗の様子も見て来てくれている。
「わかった。ルトも──」
何かあれば手紙を、と言う前に背伸びをしたルトに、頬へキスされた。またマーキング? と思うものの、気持ちを自覚した今となっては複雑な心境といえど照れてしまう。赤くなる頬を隠すように手で覆った。
そんなすみれを、ルトが眩しそうに見つめていたなんて、気付きもせずに。
「……出来る限りのことはするけど、必ずどこに行くにも護衛を連れて行ってくれ。落ち着いたら連絡する」
「う、うん」
「レミィ様、またお会いしましょう」
「は、はい、カイルさんもお気をつけて!」
にこりと笑んだ彼は、騎士の礼をとるとルトに続いて馬車に乗り込んだ。すみれたちの幌馬車とは違い、こちらは人を乗せる為の馬車で、伯爵とリュオル侯爵令息が乗っている。もう一台は同じく幌馬車で、院長とテレイズが乗せられている──そう聞いていたことを、今になって思い出して。
「ごめん、ちょっと待って、ルト」
「え?」
ルトの返事も待たずに院長の馬車に乗り込んだ。護衛達が驚く中、縄で拘束された男に話し掛ける。
「院長、前院長はどこにいるの……生きている?」
「…………」
「答えて」
「さぁな……生きてはいるんじゃないか。追い出してからも未練がましく見に来ていたようだから」
「それを放置する貴方じゃないと思うけど」
「ふ……まあ、目障りだから、死なない程度に痛めつけろ、と金で破落戸を雇って以降は来てないがな」
「……その破落戸はどこの誰なの」
「知らん。テレイズに丸投げした」
ギッとテレイズに視線を向ければ、彼女は肩を揺らして目を逸らした。
「……孤児院を出て直ぐの村の酒場に、たまたまいた素行の悪そうな男達です。名は知りません」
「そう」
その男達は三人組で恐らく冒険者だという話だった。出来るだけの特徴を聞き出し、当然のように後ろにいたミアと馬車を降りる。
「ごめん時間を取って」
「……どうして僕に──、いや、他にも何か聞き出せたら知らせる」
「ありがとう」
最後までルトとはギクシャクしたまま別れてしまった。しかも本人には理由がわからないから、どうしたらいいかも分からないという理不尽さに申し訳ない気持ちがわき上がる。
何度か話したそうな視線を送られたが、気付かない振りをしてしまった。馬車でもお喋りするのはミアかジェドで、ルトを振り向きもしなかった。明らかに作られた壁にルトはどうすることも出来ず、しかし問い質すことも出来ずに、城へと戻ったのだった。
「レミィ。今頃、いきなり戻ってきた王子と連れ帰った罪人に大騒ぎになってる頃だと思う。出来るだけ早めに戻ろう」
というミアの言葉を受け、馬車を走らせ裏口から城へと入った。
もちろん裏口にも見張りの兵が立っているが、グレイールの配下なので彼から持たされている身分証で通れる。こうして出入りするのは初めてではないので、特に荷を検められたりもしない。今回は荷台にミアのフードを被らせられたジェドがいるが。
馬丁に馬車を預け、三人ですみれの部屋近くの庭に向かい、先ずジェドを小脇に抱えてミアが飛び上がって、バルコニーに軽やかに着地した。次にすみれも同じようにミアに抱えられて、一瞬で三階にある部屋へ到着する。何回経験しても凄いと、毎回はしゃいでしまうすみれだった。
いきなり城に連れてこられたジェドはずっと挙動不審だ。
どういうことだ、という視線を裏門を通ってからずっと向けられている。部屋に落ち着いてから説明しようと思っていたのだが、口を開こうとする前に部屋の扉がノックされた。
慌てて誰何すると、やはりと言うか何と言うか、グレイールだった。とりあえず後で詳しく話すからここにいて、とジェドをバルコニーに残し、いつものソファーに座ってミアに目線を送り、扉を開けてもらう。
「先触れもなく訪問しまして、申し訳ございませぬ……急いでお知らせせねばならぬ事態となりましてな……して、お風邪は治られましたかな、番様」
「え、ええ。もうすっかり。どうぞお掛けください、グレイールさん」
グレイールの角には相変わらず布や綺麗な石飾りが巻かれたりぶら下がっている。揺れるそれらを見ていたら「アレクシス王子殿下がお戻りになりました」と告げられた。
「……そうですか」
「直ぐにでも殿下を見ていただきたいところですが、色々とやっかい事まで持ち帰って来こられましたので、番様はあまり部屋からお出になられませぬよう」
心なしか彼の表情に疲れが見えた……気がした。
「わかりました」
「それから、バルコニーに居る者の紹介をお願いできますかな」
(バレてた……!!)
仕方なくミアにジェドを連れてきてもらい、彼の身の上と、手紙のやりとりを担ってもらうつもりだと説明すると、グレイールは一つ溜め息をついて──
「なりません」
と一刀両断された。
「どうしてですか? これからは中々遠くの孤児院まで向かうのは難しいでしょうし、連絡役が欲しいと思っていたのです。彼は適任かと」
「番様の傍に、殿下以外の男を置けるとお思いですかな?」
(私は王子の番じゃないのに!?)
そうぶちまけてしまいたかった。いや、既にグレイール程の権力者で魔術師なら、知っているのではと疑ってもいる。それならば何故、番の確認をして欲しいと言ってくるのかが解らないが。自分の目で見るまで信じないタイプなのかもしれない。
「期間限定ですが、彼は私の弟になります。恋愛感情なんて生まれません」
「…………ならばジェドと言ったかな」
ジェドはこくりと頷く。きっとミアに極力喋るなと言われているのだ。口の悪さでグレイールを怒らせてしまわないようにだろう。
「貴殿には"番探知"をしてもらう。そして番と結ばれてからならば、番様の近くにいることを許そう」
「そ、そんな簡単に行えるものなのですか?」
すみれの質問に、確かに平民は褒章が与えられる程の功績をあげた場合か、貴族と同じだけの献上金や品を差し出せる豪商くらいしか受けられないだろうと話すが、こと王子の番である貴女様を守る為ならばいくらでも。という返答だった。
(高位貴族にしか許されていないってのは、そういうことだったのか)
何だか思うところも色々あるが、違う世界の人間が物申すことでもないかと考えないことにした。
「ジェドはどうしたい?」
「別に番なんかはどうでもいいけど、そうしないとここにいられねーんなら、やる」
「では一週間後番探知を行います。そのつもりでいなさい。貴殿の部屋は後で案内しましょう。
ミア、ココ、マオ。くれぐれも番様を危険にさらさぬよう肝に銘じよ」
「「「はっ」」」
いきなり現れたココとマオにジェドの肩が波打つ。
グレイールが扉から出て行ったのを確認して、すみれはふーーーっと長い息を吐いた。
「で、どういうことだよ、レミィ」
「えーとね……うーん。どうしようか、ミア……どこまで話していいかな」
「こうなったらもう、全部話して協力してもらったらいいんじゃない? ね、ジェド。ここにいる四人以外に何か少しでも洩らしたら……翌日の朝日は拝めないと思って」
「ちょっとミア! それは物騒過ぎる……」
「わーった」
躊躇なく言い切ったジェドに驚きつつも、ちゃんと最初から、順序立てて説明することにした。




