18.郷愁
殆どの子供達は蜂蜜とバターを掛けて。甘いものが得意じゃない人はそのまま、パンケーキを平らげて行く。
ソーセージも、結構な量を持って来ていた。朝食で少なくない量を消費してしまったが。
後は日持ちするように干し肉とか、冷凍したお肉とか。今は孤児院の氷庫から酒を追い出して、全部収納してある。今は魔石にイーサンの魔法を籠めてもらったものを入れているが、氷庫があるとは思っていなかったのであまり日持ちしないからと量は持って来れなかったが、子供の成長に欠かせない、栄養のある物を色々と。
料理が出来る子達には足が早いものから使うこととレシピを教えておいたし、すみれも前院長探しとこの孤児院が安定するまで何度も通うと決めていて、その都度食糧や衣類や本等、必要な物資を持ってくるつもりだ。
食堂の椅子は当然子供達の分しかないので(院長とテレイズは院長室で豪勢な食事を摂っていたそうだ。許せん)子供達が満足するまで食べてからすみれ達が順番に食事を摂ることになった。
先ずはルトにカイル、イーサンとニールを始めとする護衛の面々だ。仕事中だからとすげなく断られたが、交代で食べたらいいと説得したらルトからも援護があって、不承不承といった体で椅子に座った彼らだったが──パンケーキを頬張る顔は綻んでいた。
(強そうな男の人がパンケーキ食べてるの、可愛いな)
だんだんと母親のような気持ちになってきた己に苦笑する。
「レミィは食べないの?」
まだ皿に手をつけていないルトに尋ねられて、ゆっくり食べたいから最後でいい、と答えたら寂しそうに食べ始めた。
(今の心境で楽しくお喋りしながら御飯食べるのは無理……)
というのが本音だった。
カチャカチャと子供達が使った食器を自分達で洗い、布巾で拭いてくれたので、そこにまた焼けたパンケーキを盛り付けていく。色んな人が善意でくれた皿は大きさも柄も違う。これはこれで、色んな皿と料理の組み合わせが見れて楽しかったりする。
ルト達も食べ終わり、片付けようとして護衛達が慌てて代わっていた。ルトは不満そうだったが、まあ王子なので仕方ないだろう。カイルだけなら今まで通り好きに動けるのだろうが、今回はこれだけの人数が出て来てしまったので多少の不自由は受け入れるしかない。
ミアとすみれ、残りの護衛達でテーブルを囲み、蜂蜜を掛けたパンケーキを口に入れる。甘さが口いっぱいに広がって多幸感が凄い。カロリー? 些事だ。口内が甘ったるくなったら、ソーセージを食べてリセットさせる。甘いとしょっぱいの交互で永久機関の完成であった。
「んー、美味しく出来て良かった~! 風魔法ホント便利。私も使えたら良かったのに」
「わかるーあたしも魔法は使えないからなぁ」
「そうなの!?」
てっきり跳躍とか、身体強化に使っていると思っていたすみれは驚いた。
「うん。あたしも元は孤児だし。だからね、レミィが気に掛けてくれるの嬉しいよ」
「そうだったんだ……」
初めて聞く話だった。
今まで行った孤児院の中に、ミアがいた孤児院はあったのか聞けば、魔物に襲われて彼女以外全滅だったと聞いた。
小声で話してはいたが、聞こえたのだろう隣の男性が掌で目元を覆って泣いていた。
(ええ……?)
どうもおかしいなと思っていると、食べ終えた食器を洗っていたニールが小声で「俺達の部隊、全員孤児院の出なんです」と教えてくれた。もしかしたら彼はミアと同じような境遇だったのかもしれない。
食べ終わった食器を護衛達が片付けてくれるというのでお願いして、子供達の昼食にスープを作ることにした。パンにも合うし。トマトっぽい野菜(チノミと言うらしい。まさかと思うけど血の色みたいな実って意味だろうか)と玉ねぎ、じゃがいもに似た物まで畑にあったので、細かく刻んでなんちゃってミネストローネを作る。
コンソメがあったらもっと美味しく出来るのだろうが、生憎作り方をなんとなくでしか知らないので、少しは出汁が出るかも? とソーセージと細かく刻んだ干し肉を代わりに放り込む。
すみれが野菜の皮を剥いてミアが刻んで鍋に入れ続ける。野菜から水が出るから水分はあまり入れすぎず、後は弱火で煮込めばいい。釜戸は魔術具だったので火の調節は簡単だった。
クッキーを焼くオーブンもあるし、キッチンの設備はかなり整っている。これが貴族をもてなす為だったのが腹立たしいが、今は良い方に考えよう。
子供達はクッキーの作り方も既に覚えているようだし、クローバー出店の手伝いなんかよりも、先ずは心の傷を治すことを優先させたかった。
残りの二ヵ月はそれに注力して、お店関連はミア達にお願いしよう。皆ももう慣れているしすみれがいなくても大丈夫だろう。
「レミィ、そろそろ出発しよう。準備は出来た?」
「うん。行ける」
ミアに促され、馬車へと急ぐ。
一度帰ると言うと子供達には不安そうな顔をされたが、イーサンとニールに残ってもらうと伝えればホッとした顔をしていた。大人の味方がいてくれるのだと安心したのだろう。
すみれとミアが乗ってきた幌馬車の御者台にミアが座り、荷台部分にすみれとジェド、ルト、カイルとリズが乗り込んだ。本当は御者台にミアといたかったのだが、ジェドがレミィが行くなら俺も、と御者台に乗ることを仄めかしてきたので諦めて荷台に乗ったのだ。
何故ならそうするとリズがルトとカイルと三人で荷台に、ということになるので。それを察知した彼女に懇願するように見つめられれば、すみれの選択肢など無いに等しかった。
(リズを送ったら御者台に乗ればいいか)
今から向かうのはリズの村だ。ここから近いらしいのできっと直ぐに着くと思えたのも大きい。
ルト達が乗ってきた馬車には護衛達と、伯爵とリュオル侯爵令息、更にもう一台の馬車には院長とテレイズが乗せられているそうだ。全員特殊な縄に繋がれていて、ルトにしか外せないようになっているらしい。という話をガタガタと揺れる荷台でルトが話してくれた。
(色んな魔法があるんだなぁ)
彼はそれきり黙ってしまったので、痛いくらいの沈黙が場に落ちてくる。どうしたものか、とすみれは気になっていたことを聞くことにした。
「ジェドの翼って、成長途中? いつ飛べるようになるの?」
「ハァ? 違ェわ。逃げられないように毟られたんだっつーの、親父に」
「えっ」
今度は場が凍った。どう考えてもつついてはいけない藪をつついてしまった。
「飛べるようになるには一ヵ月くらいかかるかもな。栄養のあるもん食わしてくれよ? ねぇちゃん」
にぃ、と悪い顔で笑うジェドに面食らった。気を遣われたのだろうか。
(ねぇちゃん、かぁ)
脳裏に浮かぶのは本当の弟。元の世界にいる大切な家族。
「栄養いっぱい摂ったら早く治るの?」
「ああ」
「わかった。お姉さんに任せなさい」
ドンと胸を叩くと、ジェドがプハッと笑う。可愛いとこもあるじゃないかと釣られて笑った。
「リズは、お家に戻っても大丈夫? 戻って来るなとかは言われない?」
急に水を向けられ、リズはビクンッと尻尾の毛を逆立てた。
「だっ、大丈夫だと思いますっ! 借金はわたしを売ったお金で返せたはずですし、働き口は探さないとですけど、家族仲はいいので……」
後半は声が小さくなっていった。ジェドの前で言うことではなかったと途中で思い至ったのだろう。本人はどこ吹く風で過ぎ去っていく景色を見ている。
「そうだね……じゃあとりあえず一ヵ月、私が雇っていい?」
「それは……有り難いですが、何をすればいいんですか?」
「私が今住んでる所は、孤児院からはちょっと遠くてね。でも様子は見に来ようと思ってるの。リズの家族で文字を書ける人はいる?」
「えと、お母さんが、書けるし読めます。以前どこかのお屋敷で働いてたらしくて」
「へぇ! 凄いね。じゃあリズは孤児院に毎日様子を見に行ってくれないかな。嫌だったら断ってね、無理やり連れて行かれた場所でもあるし」
「大丈夫です!」
馬車があまり揺れなくなった。土がならされた街道に出たのかもしれない。
「じゃあ、孤児院の皆の様子をお母さんに伝えて手紙に起こしてもらって、この袋の中に入ってる住所に送って欲しいの。これ、とりあえず一ヵ月分の給金と、便箋代と郵送代ね」
金貨だと使いにくいだろうと銀貨と銅貨で金貨三枚分の硬貨と住所(もちろん城ではない)を書いたメモの入った皮袋を、リズの手の上に置く。
「えっ! 凄く重たいです……! ぎ、銀貨!? 貰いすぎではないですか!?」
リズがギョッとして皮袋を取り落としそうになる。平民なら向こう一年くらいは食べていける、とは教えてもらっていた。
「まあ、お母さんも毎日書くの大変だと思うし、二人分だと思って。大家族なら入り用だろうし、遠慮しないで、ね?」
「……ありがとうございます……」
ポロポロと雫を落としながら、リズがぎゅうとすみれのワンピースの袖を掴む。可愛すぎて天を仰ぐ。
(ああっギュッて抱き締めたい~!!)
悶えている内に村に着いたようで馬車が止まった。
カイルが降り、次にルト。リズにカイルが手を貸している横ですみれも降りて、ジェドは残ると言うので置いてリズの家に向かう。
小さな一軒家が見えるとリズは走り出し、扉を叩いて父母を呼ぶ。直ぐに扉が開き、まろびでる勢いで家族全員出て来て、リズにすがりついて泣きだした。
(ああ…………ジェドが来ないわけだ…………眩しくて、泣いちゃいそう)
日本にいる父を母を、弟を想った。
急にいなくなって心配しているだろう。
ニュースにもなったかも知れない。
物静かで優しい父親、代わりに二人分喋るお喋りで元気な母親。
反抗期に差し掛かっていた生意気盛りの弟は、そうしつつもシスコン気味な所があった彼は、泣いてやしないだろうか。
──会いたい。
リズみたいに家族に抱き締められて、そして自分も家族を抱き締めたい。
────還りたい。




