21.グレイールの頼みごと
すみれ達がそれを耳にしたのは、翌日になってからだった。
朝食後に扉を叩いたグレイールと、いつものソファーで向き合って直ぐ彼からもたらされた内容に、マオが淹れてくれた紅茶を取り落とす所だった。
(証拠を偽物扱いするなんて……)
そんなことを言われて、あまつさえその言い逃れを認めた形で議会を終えてしまったとあっては、この先どんな物的証拠が見つかったとしても、のらりくらりと躱されてしまうのは目に見えた。
アレクシス王子の王位継承権剥奪を議題に、議会が開かれるのが二週間後というのもよくない。
「私の手の者をテオドット家に潜入させてはいますが、中々大っぴらには動けぬでしょう。二週間もあれば大方証拠という証拠は処分されるでしょうな」
まあ、よしんば見つかった所で役に立つかは甚だ疑問ですが。とグレイールは溜め息を吐いた。
院長と伯爵は貴族牢。テレイズは平民が入る牢屋に入れられたままだが、リュオルは宰相が自身の屋敷で謹慎させると言って、その足で連れ帰ってしまったらしい。
孫娘の知るところとなれば泣きつかれ、院長も遠からず牢から出すだろうとグレイールは語る。
どこまでも身勝手な振る舞いに怒りを通り越して呆れた。
(悔しいね、ルト)
アレクシスは自室で謹慎しているそうだが、隣にいても物音一つ聞こえてこない。
(大丈夫かな……)
しかし正体を隠している身としてはこの両部屋を繋ぐ、例の扉を叩くわけにもいかなかった。
「でもどうして王子が謹慎に?」
「明確な証拠もなく宰相を糾弾して混乱を招いた、と陛下に。その場で王位継承権を剥奪されないよう、とりあえずの幕引きをしたかったのではないかと……」
(陛下は王子に情がないわけじゃないんだ)
グレイールは沈痛な面持ちで続ける。
「そのせいでせっかくの証拠が使えなくなったことに、殿下は気落ちされているのでしょうな。王位継承権は常日頃から放棄したいと訴えておられましたから」
「陛下には見当違いな擁護をされて、臣下には裏切られ、んでも結局王位継承権を剥奪されて、気付けばレミィはいなくなってたってなると、もう立ち直れねーかもな、王子」
すみれにだけ聞こえるようにジェドに囁かれ、またチクチクと罪悪感に苛まれた。
(不吉なこと言わないでよっ)
「番様に、お願いしたいことがあるのです」
◇◆◇◆
「あ"あ"〜! コルセットきつい! 無理!! もう無理だからー!!」
「我慢するです」
侍女三人掛かりでコルセットを締められ、クローゼットに眠りっぱなしだったドレスを着せられる。
こうなることを見越して(流石に殿下の隣の部屋で騒々しくするわけにいかないので)空いている一室を借りたのは正解だったと言えよう。
ぐったりとソファーに沈み込むすみれの髪に、せっせと櫛を通すミアはそれはそれは生き生きとしていた。
「やーっとスミレを着飾れるの楽しい〜!」
「スミレ様のすべすべのお肌にお化粧を施せるなんて……もうあきらめておりましたのに……」
「スミレ様、爪は何色にするです?」
違った、ミアだけでなく浮かれきったココとマオにも弄り倒されたのだった。
耳を隠すように編み込んだ髪に、透明感のある薄(く見える)化粧、開いたデコルテにはアメジストをあしらったネックレスが輝き、ペールピンクのドレスと、同じ色に塗られた爪。
大きな姿見で見た自身の姿は、最早別人では……とすみれに思わせた。
何故ずっと避けて来たドレスアップを今、という感じだが、これにはグレイールからの頼まれ事が起因している。
それに必要になるだろうということで、立ち居振る舞いを主に公爵家出身のココに教わっているのだ。
運動靴かぺたんこ靴愛用者だったすみれにとって、重いドレスにヒールの高い靴で歩くだけでも一苦労だった。何よりコルセットが辛い。これを最初に経験していたら、下着制作にこの一年とお金を費やしていただろうと思うくらいに辛い。
「こんなの毎日着る貴族令嬢凄い。尊敬する」
「慣れるしかありませんからね。二週間頑張りましょう、スミレ様」
ニコニコと優しく口角を上げて笑んではいるが、ココの指導はなかなか厳しい。普通の令嬢が物心つくかつかないかの時期から叩き込まれる立ち居振る舞いを、付け焼き刃で身に付けさせようというのだから仕方ないのかも知れないが。
朝からやっていると夜には靴擦れし、さらには全身筋肉痛になってうまく身体が動かせず、ミア達にお風呂に入れてもらう事態となってしまった。
そうしてベッドに入るとすぐに微睡んで、落ちるように眠りに就いた。
同じように従僕として仕込まれているという、別行動中のジェドは大丈夫だろうかと、そんなことを思いながら。




