16.ままならない心
院長室には既に院長の姿はなく(今は地下牢に入れられているらしい)すみれ達が退出する前とは様子も違った。あらゆる書類やら、さっきまで無かった大きな絵画やらが雑然と積み上げられている。
「端的に言うと、院長は現宰相の孫娘の番だった」
「現宰相……って、めちゃくちゃ偉い人なんじゃあ……?」
「すっごい偉いですよ~しかも番絶対主義者で、それ故第二王子派なんですよねぇ……宰相と同じくらい偉い人の筆頭魔術師は第一王子派なのが救いですけど……」
(薄々思っていたけど、グレイールさんそんなに偉い人だったの……!)
「カイル、余計なことはいい。……主導していたのは息子で次期宰相予定の男──番の父親だな。色々とやりとりした書簡が出て来たから証拠にはなる。失脚は無理だろうが、多少は力を削げるだろう。……でもそれをすると恐らくレミィ、君が危険だ」
「それって、私が恨まれるからってことだよね」
ルトはハッキリと頷いた。
「それでも構わないよ、ちゃんと罰を受けて欲しい。子供達をあんなに傷付けたのに野放しなんて赦されない!」
「簡単に言うな! ……僕だって……君を傷付けた男を無罪放免にするなんて考えられない! けどアイツは──」
「現宰相──ライネルド侯爵の孫、リュオル様ですよね」
ミアの言葉にすみれの脳内が大混乱だった。
やっぱりミアの知ってる人だったんだ、とか、いやご子息って言ってたからてっきり──。
(あ、あの男、例の伯爵の息子だと思ってたのに──そんな高位貴族だったの!?)
それもだけれど、宰相一家の男は全員クズなのかとショックだった。
「……ミミもあの場にいたものな……」
「レミィは私が命に代えても守ります。安心して告発してください」
「君まで……!」
「ミミ……! そっか……危険なのは私だけじゃないんだ……」
さっきまでの勢いが、見てわかるくらいにしおしおと萎んでいくすみれの肩に、ミアはトントンと励ますように両手を乗せて、ニッと笑った。
「大丈夫。後二ヵ月くらい、守りきってみせる。……私はあの男が許せないし、汚名返上しないままレミィを還すことになったら、自分自身も許せない」
「ミミ……」
はぁぁ……と、ルトがかなり大きめな溜め息を吐いた。
「わかった。なら僕の住居に来て欲しい。そこなら警備に不安もない」
(え……)
「いやルト様、それはダメでしょう。あそこには今番様がおられます」
(やっぱり私が今住まわせてもらってる部屋か……)
「彼女には別の部屋に移ってもらう。命の危険があると説明すればわかってくれるだろう」
(どっちも自分のことなのに、何でモヤモヤしちゃうんだろう?)
珍しくカイルも焦り気味だ。アレクシス王子に従事している者なら、運命の番と上手くいって欲しいと思うのが普通だろう。
(番じゃないんだけどね……)
「いやーしかしね、流石に嫌われますよ……」
瞬間、すみれは閃いた。
(そうだ、ここで私がすみれだって話せば全て丸くおさまるんじゃ!?)
「ルト私ね、」
「かまわない。どうせ最初から望んでいない番だ」
──ドウセサイショカラノゾンデイナイアイテダ──
どうして嫌な言葉ほどリフレインするんだろう。
「…………っ」
(傷付かなくていいのに、最初から知ってることなのに、何で、なんで今、こんなに胸が痛いの……!!)
ギュッとミアが手を握ってくれて、すみれはハッと我に返った。
「レミィ、何か言い掛けた?」
ルトが、優しい眼差しで聞いてくる。
(今私がすみれだって言ったら……ルト、きっと気に病むよね……)
「……うん……私、凄腕の護衛があと二人もいるんだ。だから大丈夫。誰かを追い出してまで守ってもらおうとは思わないよ」
「……でも……」
「今日はここに泊まりだよね?」
この話はもうしたくない、とばかりに露骨に話題を変える。聡いルトは直ぐ分かってくれた。
「うん……夜馬車を走らせるのは夜盗とか魔物に狙われやすいから。明日の朝立つ予定だよ」
「まだキッチンの片付けが済んでないんだ、戻るね。……心配してくれてありがとう、ルト」
「……うん……あ、僕らも手伝うよ」
「大丈夫大丈夫! それよりルトとカイルさんは一日以上食べてないんだから……あ、それなのに揚げ物は重たかったよね、ごめん……」
「いや、あの変わったソースのおかげで意外とサッパリ食べられたよ。野菜も入っていたし」
「……それなら良かった! ……朝食はもうちょっと軽めのにするからね! それじゃあまた明日!」
(ちゃんと笑えたかな、自信ないや……)
ミアが未だに手を繋いでくれていて、正直助かった。
泣いたってすみれがルトにとって不要な番なのは変わらないし、自分だって元の世界に帰る気持ちは変わっていないのだから、泣く必要だって、ない。
「あーあ、私の正体を明かす、千載一遇のチャンスだったのになぁ……」
「ルト様はもう、後悔しまくったらいいんだよ。しんどかったら、還るまで二度と会わないようにしたっていい」
ミアの声に怒りが滲んでいて、こんな時なのに嬉しい。
「ふふ。ミミは私に甘いなぁ~。そっか、それもありなんだ……結末は変わらないんだから、その方がお互いの為なのかも……」
ふと、疑問が降って湧いた。
「でも、どうして"すみれ"にわざわざ部屋を移動させるの? レミィを別の部屋に呼べばよくない? 部屋なんていくらでもあったのに」
「……今すみれがいる部屋は、本来夫婦の寝室なんだよ。入口とは別に扉があるでしょ。あれ、ルト様の部屋に続く扉なの。今は鍵が掛かってるけど……」
(あ~~~なるほどぉ~~~)
召喚された日に、アレクシス王子と扉越しに会話した、あの扉だと瞬時に察した。グレイールさんがその扉を叩かないわけだ、と長い間小骨のように刺さっていた疑問が解けた。
運命の番の"すみれ"は夫婦の寝室から追い出したい。市井で出会った"レミィ"をその部屋に住まわせたい。
名前が違うだけで同一人物なのに、文字だけみたらルトがまるでテンプレートな最低男のよう。
ここまでくると、彼が番を否定したいあまりに、レミィに懸想していると思いたいのではとすら考えてしまう。
獣人でないすみれには、マーキングにどれ程の意味が込められているかわからなかったから。
(駄目だ、どんどん考えが卑屈になってく)
ミアと一緒にキッチンに行くと、アインが荷物を運び、ツヴァイが皿を洗い、ドーラが床掃除をしていた。
「あー! ごめんね、私も片付けやるよ!」
「レミィ様はもう休んでください。ここももう少しで終わりますから」
「今ちょうど順番に風呂に入ってるんです、レミィ様も良かったら」
「おれらもここ終わらせたら風呂に入って寝ますから」
「えっなんで皆敬語なの!? さっきまで仲良くしてくれてたのに?」
全員敬語だと誰が喋っているかわからな……じゃなくて、縮まったと思った距離が急に離れてすみれは哀しくなった。
「俺達は……命令されるまま皆を苦しめた、罪人です。レミィ様は恩人で、俺達を助けてくれた人ですから……これまでの非礼を、お詫びします」
アインが、大きな身体を折り畳み、片膝をついてすみれのワンピースに口付けようとしているのが分かって──
「やめてっ!! それは……それは臣下の礼でしょ? 私は皆も被害者だと思ってるし、臣下だなんて思ってないし、これからはここで伸び伸び暮らしていけるように、出来ることはしたいって思ってるし、皆ともっと仲良くなりたいって思ってるから!! ……やめて、ほしい……」
さっきのこともあってか、限界とばかりに感情が爆発して、涙が勝手に溢れて流れた。アインは慌てて立ち上がり、声もなく泣くすみれを前にしておたおたとするばかり。
「僕らは……まだここで暮らせる……?」
ツヴァイが、震える声ですみれの腕にすがりついて来た。
「ここに……いるのが嫌なら、別の孤児院に移ったって、いいよ」
「こ、ここがいい! レミィ様、院長先生……前の、院長先生を呼び戻して欲しいんです!」
詳しく話を聞くと、今地下牢にいる院長とテレイズは一年前にここへ来て、元からいた院長さんを追い出したらしい。
優しい神父さんで、子供達も随分懐いていたそうだ。今どこにいるのかは分からないらしい。
「探せそうかな、ミミ」
すみれの問いに、ミアが彼女にだけ聞こえる声で囁く。
「大丈夫だと思う……亡くなっていなければ」
「────……。
わかった。院長先生を探して、戻ってもらえるよう頼んでみるね」
やったぁ! と三人が飛び上がって喜ぶのを見つめながら、院長先生が生きていますようにと、祈ることしか出来なかった。




