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第三話『ビトー』(十八)

 目の前に広がるのは奇妙に隆起した大地じゃった。踏みしめる足から伝わる地面の硬度は、これまで経験したことのない感触を儂に与えてくる。


「これは……」


 しゃがみ込み指先で確認する。それは触れ慣れた感触じゃった。これまでの人生で触り続けてきた商売道具、鉄鉱石の感触そのままじゃ。


「鉄……。まさか!」


 こんなに分かりやすい形で鉱脈が広がっている、という訳ではあるまい。

 良く周囲を観察すれば、地面の微妙なおうとつに、生物の名残を感じさせる形があった。それは爬虫類の頭部に似ておる。


「……っ!」


 儂は息を呑む。あたり一面に広がるのは、鎧蜥蜴のしかばねじゃ。

 何が起こったかは分からん。しかしこの広範囲に敷き詰められた蜥蜴の死体じゃ。万は下らん数が殺されたのじゃろう。しかも細切れにされたように。


「この山にどれだけの蜥蜴がおったか知らんが……」


 儂は誰に聞かせるともなく呟く。聞いてくれるものが居ないからじゃ。

 動くもののない中で、鎧蜥蜴が全滅したんじゃと確信した。




 集落への帰路、儂はなんとも知らぬ焦燥感に囚われていた。

 蜥蜴が死んだ理由は分からん。あの数を虐殺するなど、騎士団一個隊なぞで出来る話ではないじゃろう。王都を守る王国騎士団が総動員して、やっとという結果じゃ。そんな大規模な討伐が行われる予定など聞いたことがない。

 それに王都は今、ゴルガン、ネルメと皇太子が次々に姿を消し、混乱の極みじゃろうて。とても大した害のない魔物の討伐をする余力があるとは考えられん。であれば、人間側の仕業ではない。

 そうなると魔族が、という事になるが、なんの利点があろうか。

 魔族と魔物が手を組んでいるいう事はないので、別段敵対してもおかしい話ではない。ミリャトも言っておったが、名称こそ似てるが両者は別もんじゃ。

 しかし理由がない。儂らが駐屯しとる魔族の集落からそれほど離れていないという考えもあるが、あの集落と魔物、互いが干渉するのは魔族の一方的な搾取のみ、つまりは鉄鉱石代わりの使い道しかないはず。それも、あのように全滅させてしまっては、将来に繋がらん。儂ら職人の立場からしたら、安定した鉄鉱石の供給は、渇望ものじゃ。集落だってそれは違わないじゃろう。

 もちろん、世の中には儂の知らん事が山ほどある。この件は、たまさかそういった部類の話なのじゃろうか。


 知らない話。その単語を自ら思い付き、儂は震えた。いつの間にやら非日常の渦中にいる事に、遅ればせながら恐怖を覚えた。

 ほんの二か月前は、騎士団からの誰が作っても同じような雑多な注文に辟易しながら鉄を打っていたのじゃが。たまにくる、剣の事を良く分かった常連からの挑戦的な注文だけが、儂の楽しみだったんじゃがのう。

 そんな昔の事ではない懐かしい記憶をふるい起こし、儂は思わず嗤う。ああ、そういった意味では、今も魔族と戦う勇者の剣なんていう突飛な注文を受けているんじゃった。それも受注主は王族じゃぞ。それに心踊ってるのじゃから、あまり変わっておらんのう。


 といった取り留めのない思考は、集落が肉眼で確認出来る距離まで戻ったところで、唐突に終わった。

 生暖かい風に乗って儂の鼻をくすぐるのは、血と恐怖の混ざり合った、戦争から帰ってきた騎士団の連中が纏うそれじゃった。




 息を切らせて集落に駆け込む。家々からは燻った燃えかすが上げる特有の刺激臭が混ざった煙が上がっていた。

 周囲を見渡すも、動く者の姿はない。


「おい! 誰か居らんか!」


 大声で呼びかける。まだ危険な何かが潜んでいる可能性はあるが、そんなもん気にしてられん。


「ドガー!」


 一番弟子に続き、皆の名前を呼ぶが、返事はない。

 帰路に感じていた焦燥が、儂の心の中で大きくなっていく。集落には人の気配が全くない。それはまるで。


「あの時の……、王都を魔物が襲った夜のようじゃ……」


 余所者のドガー達が居そうな場所は限られる。集落の入り口からならば、間借りしていた工房が最も近い。

 儂は集落の通りを全速力で抜けると、工房に飛び込んだ。


「はあっ、はあっ……。お前らっ!」


 息が切れるほどに疾走し、工房中に響き渡る怒声を上げる。予想はしても信じたくなかったが、やはり返事はない。

 じゃが、儂の声に反応するように、建物の奥でごく微かな物音が響いた。


「っ、誰か居るのか!」


 音の方向に怒鳴りながら近づく。

 が、唐突に歩みが止まった。意識しての事ではない。何か得体の知れないものが、儂の認識の中に入り込んだのじゃ。一瞬、思考が放棄された事で、足が動かなくなった。

 そして儂が、王都の工房で弟子達が創った銅像のように固まっていると。


「お前、か……」


 山脈への出発前に聞いた記憶のある声が、儂の足元の方から響いた。それはか細く、今にも消え入りそうじゃった。


「ムウル、ス……?」


 声の主はムウルスじゃと思う。大した会話をした訳ではないが、王都から一緒に来た連中を除けば、集落で正面を向かって声を聞いたのは、ムウルスが唯一と言って良い。その声に似ておった。

 声の方に顔を向け、先程自分がなぜ思考放棄したのか、遅れて理解した。

 儂の目に映る物体、それが何か分からず、理解出来ず、無意識に心の目を伏せたのじゃ。

 そんな一時的な逃避を続ける自分に喝を入れ、目の前にある物体と向き合う。

 それでも。

 自分が何を見ているのか分からない。それほど、奇妙な物体じゃった。

 大きな何かの塊じゃ。横幅は手を広げた程、高さはちょうど儂の背丈程か。丸い、物体じゃ。

 全体的に黄土がかった色をしており、所々焼け爛れたように赤みを帯びている。表面は生肉に血が滴るように湿っており、少々透けているのか、内部で何かが流れるように蠢いているのが分かる。


「……ムウルス、なのか?」


 まさかと思いつつも、「それ」に声を掛ける。じゃが、儂の願いも虚しく。


「……そ、うだ。戻った、ようだな」


 その物体からは、確かにムウルスの声が聞こえてきた。


「何があったんじゃ!」


 儂は、取り敢えずそれが何なのか考えるのを放棄し、肉塊に駆け寄る。

 肉塊には、近くで見ると幾つかの空虚な穴が開いていた。

 その穴の一つから、ムウルスと思われる声が、途切れ途切れに聞こえている。声を出す器官、人間であれば口と呼ばれる器官じゃ。

 また別の穴からは、視線を感じる。それは目の仕事なんじゃが。


「なに、が……」


 それ以上言葉が継げない。どうにか、自分が疑問を抱いているという事を、肉塊に伝える。それが精一杯じゃった。


「……突然、眠気に襲われて、気が、付いたら身動きも、出来ん。お、前は大丈夫、だったようだな」

「儂は本当にさっき戻って来たからの。それより……」

「自分の、身体がどうなっているかは……、だいたい、想像がつく」

「そう、か……」


 儂はそれ以上、ムウルスの身体への言及は避けた。現実を受け入れておる者に、それ以上の心的負担を与える必要はないじゃろう。


「はっ! それで、他の奴らは!」


 ムウルスの状況もあるが、弟子達の姿がない。


「分から、ん。少な、くとももう数日は、誰と、も遭遇していない」


 それを聞いて、儂は先ほどのムウルスの言葉に違和感を覚えた。確かに「お前は」大丈夫だったか、と尋ねた筈じゃ。


「さっき、お主は儂の安否を確認したじゃろう。そんな状態じゃぞ。普通は助けを求めるもんじゃないのか。他の奴らがどうなったのか分かってるんじゃないのか。何か、……知っておるのではないか?」


 儂は早口にまくし立てる。ムウルスの身体を気遣う余裕はない。

 そんな儂に、ムウルスは少しばかり間を取った後に、口と思われる穴から答えた。


「……、……俺は、知らんのだ」


 それは存外に。


「誰に聞けば分かる。お主もこんな事になってまで、何を庇う」

「か、ばって、いるのではない。……知らんのは本当だ。ただ……」

「ただ?」


 目も当てられん状態にあるムウルスを問い詰めるのも気が引けるが、弟子達の身の方が心配なのは正直な儂の感情じゃ。努めて冷静に問い掛ける。


「……一度だけ、動ける、人物に会った。……ミリャト、殿であれば、知っている事、も、あるだろう」

「ミリャト……」


 確証がある訳ではない。それでも、儂はすんなりとムウルスの言葉を受け入れた。ミリャトであれば、この集落に何が起きているのか知っていると、本能が告げる。


「どこにおる?」

「分からん。こ、の様な状況なの、でな」


 ムウルスの表情は窺えないし、それほど親しい訳ではない。それでも同じ職人として、通じるものは確かにあった。良い剣を作るには、真っ直ぐな一本筋の通った芯が必要じゃ。ムウルスにはそれがあったと思う。

 じゃから、嘘を付いているとは思えなんだ。


「……分かった。探してみるわい。お主はどうする」

「どうにも、この状態、だからな。しばらくここに居るしかないだろう」

「そう、じゃな」


 儂はそれだけ言ってムウルスと別れた。居ないとは思いつつ工房を探したが、やはり弟子達は見つからんかった。それと思われる肉塊としても。




 改めて集落を見て歩くが、動くものはなにもない。静まり返って、儂の土を踏む音だけが耳に届く。


「ミリャトッオッッッッ!」


 そんな中で儂が大声を出せば、大した大きさではない集落じゃ。どこにいようと聞こえるじゃろう。

 中心にある広場に着くと、儂はミリャトを呼んだ。

 そして予想通り。


「お帰りなさいー」


 どこから現れたのか、気が付くとミリャトが儂の視界に入っていた。相変わらず、煽動的な服装をしている。


「……弟子達はどうした」


 色々と聞きたいことはある。じゃが、今最も必要な情報は、弟子達の安否じゃ。


「世間話もなし? せっかく旅の土産話が聞けると思ったのに」


 儂の表情はあまり友好的じゃなかったと思う。それでも、ミリャトは全く気にした素振りを見せず、普段の調子で儂に話し掛ける。


「ドガー達はどうした」


 今の儂にそれに付き合う余裕はない。同じ事を問う。

 それに対しミリャトは蠱惑的な笑みを浮かべながら。


「怖い顔。……はいはい、貴方の弟子ね。でも私には分からないわ」

「嘘をっ、嘘を吐くんじゃない!」


 思わず声を荒げる。


「嘘、とは心外ね。本当に分からないのよ。でも」

「でも?」


 知らんと言いつつ、ミリャトの顔には明らかな嘲笑が浮かんでいる。それが儂の神経を逆なでしてくるが、今は少しでも情報を得ねばならん。


「連れて行かれた、筈よ。奴らの狙いは集落の魔族だったから、抵抗しなければ、その場で殺される事はないでしょうし」


 それを聞いて、少しばかりの安心を得る。

 普段から弟子達が腰抜けで良かったわい。彼奴らなら、間違いなく抵抗せんじゃろう。じゃが。


「奴ら? 誰かの仕業なのか?」


 薄っすらと、また魔物が襲って来たのかと思っておったが、違うのじゃろうか。


「魔族に抵抗している集団が居るのよ。身の程知らずよね」


 ミリャトは愉しそうに口に手を当てる。両目を細めたその表情は、これから始まる愉しみを想像し、快楽を得ているのじゃと思われる。

 人間側の儂としては素直に頷けないところじゃが。


「そいつらの仕業じゃと?」

「そうよ。……この国では唯一かしら。魔族に対抗する為の組織、マイン領の生き残りよ」

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