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第三話『ビトー』(十九)

 マイン領での攻防は、王国騎士団内でも忘れがたいものになっておる。それはもちろん、良い意味ではない。

 圧倒的な数の暴力で攻めたのじゃ。ネルメのお粗末な指揮が原因とは言え、その結果が騎士団の半壊では笑い話にもならん。勝敗としては、マイン領の取り潰しの事実が示す通り、王国側の勝利じゃろう。だが、それは形ばかりのものでしかない。

 マイン領の私兵団と呼ばれる少数精鋭部隊はほぼ全滅した。が、領主のマインは所在不明であり、領民は未だにマインの復帰を望んでおるという。その為、戦後の混乱を治める為に派遣された筈の王国所属の文官は、当初領都に入る事さえ出来なかったという。

 何が理由か分からないが、領民達はマインに絶大な信頼を置いておった。と言うよりも王国に対して、良い印象を持っておらなかったようじゃ。特に派遣された文官という立場に、過剰に反応していた。


「なんで、マイン領の連中が……」

「まあ、マイン領と言っても、今の領民がどうこうと言う話じゃないんだけど」

「と言うと?」

「マイン本人と、私兵団で生き残った数名が、魔族への対抗組織を作ったのよ。だから、今のマイン領とはなんの関係もないんだけどね」

「相変わらず詳しいの」


 ミリャトは儂に解説するように話す。敵に一から十まで全部教えられると言う、この状況も困ったものじゃ。


「そりゃあ、狙われてるの、私だからね。さすがにそこまで一途に追われちゃ、興味も持つじゃない」


 惚れられた男の事を自慢するように語るその姿は、惚気話でも聞いているような気分になる。


「狙われてる、じゃと?」

「そう。私兵団を壊滅させたの私だし。マインは私を殺す為に組織を作ったみたいね。今は魔族全体に浮気してるみたいだけど」


 なにが楽しいのか、ミリャトは笑みを浮かべながら、物騒な話をしている。


「壊滅させた?」

「あの時からネルメに付いていたから。戦争で相手を恨むなんて、逆恨みもいいところよねー」


 と言うミリャトの表情には恨みがましさは全く乗っていないが。


「まあ、いまさらお主が何を隠しておるのか問うても意味ない事じゃが……」

「あら、隠し事なんてないつもりだけど」


 確かに隠してはいないかも知れない。が、言っていない事は山ほどありそうじゃ。


「それで、その連中が集落を襲ったのか?」

「ええ。どこから聞きつけたのか、私がこの集落に滞在している事に気が付いたみたい」

「他の集落の連中はどうした? ゴルガン殿下は無事なのか」


 集落に戻ってから、ムウルスにしか会っていない。あれをムウルスと言って良いものか判断に迷うところであるが。


「殿下はもう王都に発ってるわ。奴らも集落と同時に襲うのは無理ね。集落はこの感じじゃ全滅ねー」


 殿下の無事はありがたいが、集落については、大して気にした様子もなく、ミリャトは周囲を眺める。


「ムウルスには会ったのじゃろう。助けてやれんのか」

「ムウルス……? ああ、工房の。無理ね、原型留めてないじゃない」


 同族をあっさりと見限る。


「仲間じゃないんか、同じ魔族なのじゃろう?」


 そう問うと、珍しくミリャトは悪感情を顔に出した。


「貴方だから一度は許すけど、二度とこの集落に居るような下等魔族と私達を一緒にしないでね」


 口調はこれまでと変わりはない。しかし確かに何か重苦しい物が、ミリャトから吹き付けてくるのを感じる。それは、儂の存在すら消し飛ばすような重圧を備えていた。


「わ、分かった……」


 納得感はないが、それ以上言葉を続けられなかった。


「他の集落の連中もあんな感じ、という事か」

「全部見て回った訳じゃないけど、動けるのは居なかったわね。まさか人間如きにここまで遅れを取るなんて、この集落はなかった事にしないと……」


 後半部分は声が小さくなったが、ミリャトの言う「なかった事」が相応に不穏な響きである事は分かる。


「それで弟子達が連れて行かれた先は分かるか?」


 集落の連中にそれなりに思うところはあるが、今は弟子達の安否が最優先じゃ。


「奴らの隠れ処の一つだと思うけど……。場所までは割れてないわね」

「お主でも知らんか」


 儂は素直に落胆する。周辺の地理に明るくない儂では、隠れるところなど思いつかん。


「そう落ち込まなくても、多少は絞り込めると思うわよ。これだけの魔法を使うって事は、かなり瘴気の強い奴が居るんでしょうから。この辺りに、魔物の住処だったところでしかも今は魔物が居なくなっている空白地帯、なんてのがあれば間違いなくそこよ」

「どういう事じゃ」

「人間や貴方は魔法を使わないから、あまり気にしないでしょうけどね。私みたいに魔法を使うには、体内に瘴気を常時溜めているの」

「瘴気! そんなもの身体の中に溜とるんか」


 あまり瘴気に良い思い出の無い儂は、露骨に嫌悪感を顔に表す。


「魔法を使う方としたら、当たり前の状態なんだけどね。それで、取り込むにも、周りが慣れた瘴気じゃないと息苦しい感じなのよ。人間で言うと……、何かしら。自宅だと落ち着く感じ?」


 ミリャトは儂の嫌気を全く気にした様子もなく、説明を続けた。


「よく分からんが……。それで今は魔物が居なくなっとるというのは」

「隠れ処にするくらいだから、あいつらも多少は滞在するでしょ。だけど瘴気の留まれる場所って限られてて、そこが大体は魔物の住処になってるんだけど」


 確かに魔物の現れる場所というのは、ある程度限られている。そうでなければ、外など怖くて出歩けんが。


「そこに知らない瘴気を充満させたら、先客が怒るでしょ。だから殲滅させてから新しい瘴気を広げた方が効率が良いのよ」


 来られた側からしたら堪ったもんじゃないの。じゃが、だとすると。


「入れ違いじゃったか!」


 北の山脈で鎧蜥蜴が皆殺しにされとった。硬く金属化していたという事は、瘴気が全くない、もしくは蜥蜴に合った瘴気が微塵も残って居らんかったと言う訳か。そして後者であれば、マイン私兵団の生き残りという奴らがそこを隠れ処にしている可能性が高い。




 儂は直ぐに走り出した。

 集落に戻って間もないが、疲れは不思議とない。逸る気持ちをそのままに、再び山脈に向かう。


「何か思い当たるところがある訳?」


 並走するミリャトは全く息を切らせずに付いてくる。まあ、いまさらじゃが。


「北の山脈で鎧蜥蜴が皆死んどった。距離的にもそれほど離れて居らんし、隠れ処としては丁度良えじゃろう」


 儂はミリャトに山脈で見た光景を伝える。


「ああ、それは、ぽいわね。多分そこだわ」

「お主も付いてくるのか?」


 鼻歌混じりに付いてくるミリャトに、儂は問い掛ける。


「うーん、どうしようかしら。そっちの方が面白いとは思うんだけど、私が一緒にいると問答無用で戦闘になっちゃうかも」

「絶対について来るんでないっ!」


 そう言えば、そもそもこの女を殺す事が目的な連中じゃった。儂は思い出しながら、ミリャトを怒鳴る。

 ムウルスなど集落の連中への所業に思うところはあるが、其々事情もあるのじゃろう。直接的な被害がなければ、儂らの関わりのない範囲でやる分にまで文句を言うつもりはない。

 事実、弟子達を無事解放してくれれば、儂から手は出さんつもりじゃった。

 それがミリャトが居たんでは叶わんのであれば、絶対に付いて来て欲しくはない。


「そっちの方が面白いと思うんだけどなー」

「お主は殿下に付いておれ! そちらも安全な訳じゃないんじゃろうが!」

「殿下、真面目すぎて面白く無いのよねー。真面目なのはあいつだけで十分だわ」


 誰の事か分からんが、ミリャトの表情からは悪く思っていない事は伝わってくる。と言うより、惚れている男の事を考えている女の顔じゃ。


「誰か知らんが、そいつの顔に免じて殿下のところに戻ってくれ。情報はありがたいが、儂は弟子達を無事に助けたいんじゃ」

「そうねー……。まあ、指示通りだし、良いかしら」


 そう呟いてミリャトは立ち止まった。誰の指示か、はミリャトが仕えている魔族の王じゃろうな。いまさらじゃ。手のひらで転がされているのだとしても、儂は職人として武器を作るしかない。


「じゃあ、気を付けてねー」


 後方で気の抜けた声を掛けてくるミリャトに、腕を上げるだけで応えて、儂は山脈への道を急いだ。




 足を伝わる鉄の感触に、再び戻って来た事を知る。

 三日は掛かる行程じゃが、途中休憩も最小限に辿り着いた。集落を出てから一日半と言ったところか。自分の体力に、儂自身驚く。


「はあっ、はあっ」


 息は上がっとるが、一度通った道じゃたのも良かった。少し息を整えて。


「それで……、どうするかの」


 一度来た時は不自然な点はなかった。いや、辺り一面鎧蜥蜴の死体が転がっとる時点で不自然さしかないのじゃが。


「隠れ処か……」


 辺りにそれらしきところはない。と言うより、隠れ処というのはどういった感じなのじゃろうか。ここに戻るのに必死で、着いてからの事は全く考えておらんかった。見分け方だけでもミリャトに聞いておくんじゃったわい。


「おおいっ! 誰か居らんかっ!」


 仕方なく大声で呼び掛ける。こんなところで誰かを呼べば、用事があるのは直ぐに分かるじゃろう。


「お前か……」


 そして儂の目論見は成功した。背後から急に声を掛けられる。

 自分で呼び出しておいてなんじゃが、慌てて振り返った。そこに居ったのは。


「お主は……」


 親しい間柄ではない。と言うよりは、一度しか顔を合わせた事は無いじゃろう。しかし、この数ヶ月の碌でもない日々は、あの時から始まった。王都で警察隊に捕まった時だ。じゃから、強烈な印象をあの時の面々には持っている。

 痩身で、鐔の広い帽子を深く被っており、その表情は伺えない。じゃが、雰囲気でそれが誰だかは判別出切る。傭兵団の副団長が連れていた男じゃ。

 メルカトル達の死んだ後、同じ顛末になる前にと、ミリャトがこの男を探した。が、あの女でも見つからなかったと言っておった男。




 モリオがその帽子に隠された双眸で、儂を捉えているのが分かる。

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