第三話『ビトー』(十六)
儂は工房で作業している魔族の職人に近づいていった。魔族、と言っても、ミリャトと筆頭に人間と対して外見に違いはない。それであれば、なにが彼らと儂等を隔てるのか。
「おーい、ちょいと良いか」
儂と対して歳も違わなそうな、強面の魔族に声を掛ける。永年、鎚を振るってきた為じゃろうか、その身体は屈強な傭兵にも負けないような筋肉を纏っていた。
職人は、儂の声にふと手を止める。
「……なんだ」
振り返った顔には歳相応のしわが刻み込まれている。
「あー、なんだ。ちょっと相談したい事があってのう」
「相談?」
職人は顔のしわを深めて、その表情に警戒を乗せる。ミリャト達に請われ儂等に工房を使わせているとは言え、儂等は余所者じゃ。集落に来て数日経つが、儂は積極的に集落に溶け込もうと行動してきた訳じゃない。両者に距離があるのは、当たり前の事じゃった。
「実はのう、今の作業がいまいちうまく行っておらんのじゃ。このまま続けても解決の糸口さえ見つからん気がしての。少し目線を変えてみたくなった訳じゃ」
「……それを我らに求めるのか?」
「ん? そりゃあドガー、儂の弟子じゃが、ドガー達に聞いた所で解決するとも思えんからの」
職人は手にしていた鎚を横に置くと、作業台から立ち上がった。そして儂を見下ろしてくる。
男は大きい。長身、なんて問題ではない。儂も背の高い方ではないと自認しておるが、男は儂の身長のゆうに倍近くあろうか。この職人だけが飛び抜けて大きい長身という訳ではない。集落に住む魔族にも、目の前の男の様に人間では考えられない大きさの者が幾人もおった。
「我らに何かを求めるという事、それが何を意味するか分かっているのか?」
職人は鋭い目つきで儂を見下ろしてくる。この身長差でそれをやられると、重圧に押しつぶされそうになる。
依然の儂じゃったら。
「そんな大げさな話じゃないわい。職人同士、悩みの一つでも聞いてくれんか、とそう言っておるだけじゃ」
「職人同士……」
職人は逞しい腕を組むと、眉を寄せて目を瞑る
「確かに儂等は余所者で、ここは間借りしているだけじゃが、儂等もお主等もやってる事は変わらん。同じ職人のよしみじゃ。ちいとばかしうまくいかん愚痴に付き合ってくれんか」
「……いいだろう」
職人は重く言って了承した。なんでそんなにいちいち重々しいんじゃか。
職人は顎で工房の隅にあるいくつかの椅子を示す。そこで話を聞こうという事じゃろう。
二人で椅子に腰掛ける。工房の職人にはこの男の様に長身の者が多い為、椅子に座るにも、儂は机に上るような格好になったが。
「儂はビトーじゃ。まずは工房を使わせて貰っとる礼を言わんとな。今更じゃが、助かっとる」
「国の意志だ。我らの関する所ではない」
魔族の国に属するミリャトの依頼だから、と言いたいのじゃろう。
「とは言っても余所者の儂等が出入りしとるのを、快くは思ってないじゃろう」
「そんな事はない。職人の魂は腕に宿る。場所は関係ない」
どこかで聞いたような台詞じゃ。ありゃ儂がゴルガンに言ったんだったか。
「それでも感謝じゃ。えーと……?」
「ムウルスだ」
「ああ、感謝じゃよ、ムウルス」
ムウルス、と名乗った職人は座って少しばかり近づいた儂の顔を凝視している。
「それで」
「それで? ……ああ」
言葉少なに会話するムウルスの意志をくみ取るのは、慣れが必要そうじゃ。儂は自分から話を持ち掛けていたことを思い出した。
「儂はいま、勇者の武器を作っておるんじゃが……」
そこまで言って、儂は目の前のムウルスも魔族であった事を思い出す。よく考えたら敵対行為も甚だしい。
「ミリャトから聞いている」
だが、ムウルスは顔色一つ変えていない。了承しておった。
「そうかの。その武器を作るにあたって、鉄を鍛え直しているんじゃが……。中々うまくいかん」
今出来ている鉄は、強度については申し分ない。その剛性は何ものをも貫く刃となるだろう。じゃが儂の目指すものは別の所にあった。
依然、夢の中で触れた白銀の兜。それには全てを跳ね返す強固さの中に、全ての衝撃を吸収し得る柔軟さがあった。
その柔軟性が、今求める鉄の形じゃ。
「鉄に柔らかさを?」
「そうじゃ。ただただ堅いだけの鉄を作り出す事は出来る。お主等の体格を見ていると自信を失ってしまいそうじゃが、儂も力には自信があるからの。鉄を鍛えて強固にする事は出来たのじゃ」
「鉄は固いほど良い」
ムウルスは端的に感想を述べる。儂も少し前まではそう思っておった。
「……そう思っておったんじゃがな。それだけでは足りんと気が付いた。堅さはそのまま脆さにつながりかねん。勇者の武器を作るには、全てを飲み込む包容力が必要なんじゃ」
「包容力?」
「そうじゃ。ただ何かを斬る、貫くのに難しい事はない。全てを断つ剛性だけがあれば良い。じゃが、それはその場限りの事でしかない」
「その場……」
「儂が作ろうとしているのは勇者の武器。お主がどう聞いているか知らんが、勇者が魔族と戦い続けなければいかん。その戦いがどれほど続くのかはわからん。それに、ほれ……」
そう言って儂は自らの腕を差し出す。それをムウルスは怪訝な表情で見る。
「儂も作業で鍛えていると自負しとるが……。それでも儂等の腕は柔らかい。力を入れれば鋼も筋肉じゃがな」
それは勇者も同じ事じゃ。
「儂の作る武器に使う者の意志を正確に伝えるには、今の鉄は固すぎる。遊びがないんじゃ。これでは、もっとも生死を分かつその刹那に、意志伝達の齟齬が出ると、そう考えておるんじゃ」
「……なるほど」
ムウルスは静かに頷く。儂の考えに理解を示してくれた事は、素直に嬉しかった。
「しかし肝心の強さはどうする。そのように柔らかな鉄では相対する敵を断つ事は出来ない」
「今出来ている強固な鉄で包み込む。まだ方法は模索中じゃが、芯が柔軟であれば、それは出来ると踏んでおる」
「二種類の鉄……」
しかし儂の手元にあるのは力に任せて作り上げた、最強に強固な鉄しかない。
「柔らかな鉄か……。鎧蜥蜴の皮膚に近いな」
「この工房で使っとる鉄鉱石の材料だったか」
鎧蜥蜴の皮膚は鉄鉱石と変わらん感覚で使える。
「良くもまあ、あんな鉄の固まりを纏って生きていけるもんじゃの。騎士も鎧を着たまま、寝たりするもんじゃないからのう」
「……お前は鎧蜥蜴を見たことはないのか?」
ムウルスは片目を開けて儂を見下ろす。
「ないの。ミリャトにもついて行かんかったし、この集落ではすでに十分な量の鉄鉱石、これが蜥蜴の皮膚なんじゃろうが、があるからの」
「鎧蜥蜴の皮膚は死後にその堅さを増す。生きているうちは、そこまで強固なものではない」
「そうなのか?」
その名の通り、鎧を纏ったように堅い皮膚であると、傭兵達は言っていたような気がするが。儂はもう遠い昔の様になった日常の光景を思い出そうとする。
「なぜ人間が」
「儂等?」
「なぜ人間が鎧蜥蜴の皮膚を鉄鉱石の代わりに用いなかったのか」
確かに鉄鉱石の採掘には相応の危険がある。北方の山岳地帯にまで掘りに行かないと手に入らないのだ。その年の採掘隊が天候で中止になれば、市場の価格もべらぼうに上がる。儂等には頭の痛い話じゃった。
「採掘の方が危険が少なかったんじゃないかの」
「それもあるだろう。だが、一番の理由は、人間では鎧蜥蜴の皮膚をはぎ取る事が出来ないからだ」
「人間では?」
「鎧蜥蜴の皮膚は死後、その強度を増す。それは並大抵の刃物を通す事が出来ないくらいに」
「お主等……、魔族はどうしているんじゃ」
「それを柔らかくする方法を知っている」
鉄を柔らかくする方法。それは儂の求めている事に近いものがある。
「どうするんじゃ」
「瘴気だ」
「瘴気? とは魔物が出てくる時に立ちこめるあれか……」
「瘴気の含有量が多ければ多いほど、鎧蜥蜴の皮膚は柔軟性を増す。死後、急速に瘴気が抜け、皮膚が堅くなるのだ」
魔族はその瘴気を巧みに注入する事で、鎧蜥蜴の皮膚のはぎ取りを行っているということじゃった。
「確かに人間では出来ないの。瘴気に振れ続けるだけでぶっ倒れてしまうからの」
寄生蛞の巣からミリャトを救おうとした際にも、儂は瘴気に当てられて意識を失っている。それを操るなど、持ってのほかじゃ。
じゃが。
「なるほど、なにかの閃きになるかも知れんの。儂もその鎧蜥蜴とやらを見てみるか……」
種族は違えど、やはり同じ職人同士。相談してみるもんじゃの。
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