第三話『ビトー』(十五)
北方山岳地帯の魔族の集落にあった工房は、少し古いが儂等が使っていた鍛造設備と変わらんものであった。なぜ魔族が人間と同じような技術を持っているのかと不思議に思ったが、その理由は単純明快じゃった。
「人間に教えてもらったじゃと?」
「ええ。交流のあった人たちからね」
魔族の存在は誰にも知られていなかったのではなかったのか。儂はこれまで生きていて、魔族とやらに遭遇もした事がない。
儂は魔族の集落にある集会所のような場所でミリャトと昼食を取りながら、工房を見学した感想を話していた。弟子達はまだ嬉しそうに工房内を見て回っている。
「魔族、っていう認識があったか分からないけれどね。王国で暮らし辛くなった人々が結構な人数で移住してきたみたい」
「暮らし辛い?」
「貴方達が自分で決めたのではなくて? 所属する国を決めないと暮らし辛いって聞いてるわよ。三百年前の王国独立の時ね」
「帝国民の事か……」
王国独立時の武王は破竹の勢いで帝国軍を倒し、王国の地位を確立していった。その支配領土に居た住民は大宗が王国建国を歓迎しておったよううじゃ。
じゃがそれを全ての人が受け入れたのか。たまたまそこに住んでおった帝国支配を希望する人々はどうなったのか。それは歴史には現れてこない。
「魔族は自分達の迷惑にならなければ、誰でも受け入れるから」
ミリャトは果実で煮込んだ挽き肉を更に混ぜながら口に運んでいる。ここの料理はとにかく何でも一つの鍋で煮込む。まるで坩堝じゃった。
「ここに住んでいた魔族は、元々、鎧蜥蜴の皮膚を金属の変わりにして武器を造っていたの。それをより良くする技術を持ち込んでくれた人間達は重宝したのでしょうね」
「魔族には国ってもんもなかったのじゃからな。来て困る訳でも無かったか」
「魔族、といっても戦いに秀でた種族だけじゃないから。ここの集落にいるような魔族は生き残る技術が欲しかったのでしょ」
儂は自分の皿に盛られた料理に手を付ける。甘いような、辛いような、複雑な味が口の中に広がった。
「ここで作った武器はどうしたのかの」
「貴方達も使っていたと思うわよ。普通に王都にも卸していたし」
なんとも不思議な感覚じゃ。儂等の生活は、儂等だけの力で成り立っていた訳ではなかったのか。
「時々、市場に流れていた掘り出し物か……」
明らかに鍛造により作られた武器にもかかわらず、異様に安い値段で売りに出ている武器があった。あれが魔族の作ったものか。まあまあ出来も良かった。
「師匠!」
ドガー達が一通り工房を見終わったのか、戻ってきた。一様に表情が高揚しておる。
「すごいっすよ! ここの設備なら、すぐにでも鋳造を始められますよ!」
「確かに悪くなかったの。あれなら十分じゃろ」
後はここの魔族が使わせてくれるかじゃが。
「この集落は魔族の国に属してるわよ。私達からお願いしておくわ」
「なんと言うか……。儂は誰の為に武器を作るのかの」
ミリャトは子供に微笑みかけるように言う。
「誰の為、と言うのが必要なの? 貴方は職人。依頼があれば武器を作れば良いのじゃなくて?」
「そりゃそうなんじゃが……。ゴルガン殿下はどうした」
何とも自分の気持ちを整理出来ず、話を少し変える。
「殿下は少しここに滞在したら、王都に戻るそうよ」
「王都に? 大丈夫なんか?」
「しばらく魔族に攻撃される事もないでしょう」
「じゃが、王家から追放されておるのじゃろ。死んだ事になってるんじゃったか」
ゴーレムに殺された筈のゴルガンがネルメで、ネルメは流刑になっておるから、と考えて訳が分からなくなった。
「だから大丈夫なんじゃないの? 殿下が生きている事を知っている人間は王都には居ないしね」
「なにしに戻るんじゃ」
「そりゃ、勇者を探すのよ」
ゴルガンは、十年後の魔族との対決に備え、勇者を探す事を目的としていた。
後ろで弟子達が思い思いに料理を食べている。
「人が多い所の方が、勇者を見つけ易いでしょうからね。ここに居てもしょうがないでしょ」
「勇者って、なにを定義にしておるんじゃ?」
勇者、勇者と言っているが、なにを持ってその人物を勇者というのか分からん。文字通りの勇ましい者と言うのならば、いくらでも居そうじゃ。
「定義? そんなもの無いわよ。でも魔族と戦える位強い人間ね」
「戦えるって……。曖昧じゃの」
戦うだけならそりゃいくらでも居るが、儂等は勝たなけりゃならん。
「あるとしたら、言葉の通りね。魔族と戦う気概を持てる勇ましい人間よ」
「と言っても、戦うだけなら……」
「本当に……?」
そういって、ミリャトは一瞬だけ、本当に瞬間だけ殺気を放ったような気がする。
気がするというのは、その瞬間に儂は机の下でうずくまって震えていたからじゃ。ミリャトの方を見る事は出来んかった。
しばらくして儂はのそのそと這いだしてくる。見れば後ろで飯を食っていた筈の弟子達も同じような状況じゃったようじゃ。
「……なるほどの」
これと向かい合える人間か。確かにそう簡単に見つからんじゃろう。
次の日からもう一週間ほど、集落の工房では儂の怒声が響きわたっていた。
「おらっ! しっかり相鎚を打たんかい!」
「はいぃっ!」
弟子達の悲鳴もそれに混ざっておったが。
儂は自身の倍以上はある鎚を振り上げた。力を込めた両腕の膂力はいくらでも上がり、渾身の力で振り下ろされる。
太い線を残し、金床で地震が起きたような錯覚を覚えた。一撃で、鎧蜥蜴から取れた鉄鉱石の代わりから無駄なものが叩き出され、純粋な鉄になる。
「このままでは駄目じゃの」
出来上がった純粋な鉄を見て、儂は溜息を吐いた。混ざり気のない鉄には、全く遊びがない。夢で触ったあの兜に感じた、奥底の柔軟さが微塵も感じられなかった。
「調子はどうだ?」
工房の扉を開けて、ゴルガンが入って来た。今日は一人のようじゃ。
「駄目ですな。鉄が悪い訳ではないんですが、何か足りない」
「まだ始めたばかりだ。すぐに勇者の武器を作り上げる必要はない」
「そうですが、全く手掛かりがないのですわ」
そう言って儂は鉄塊を手に取る。他の者では触れん熱さじゃが、儂にはどうと言う事はない。
「これまで鉄の純度を上げていく事を考えておったのですが、なにか混ぜるべきなのかも知れません」
「混ぜる?」
「鉄だけでは、儂の目指す芯は出来そうもないのです。ある程度の柔軟性が必要と考えておるのですが……」
ゴルガンが腕を組んで考え込む。
「柔軟性か……。余は素人だから全く分からないが、ここの住人であれば、なにか分からないだろうか」
「住人と言うと、魔族ということですか?」
儂はまだ魔族と言う者たちに抵抗があった。
「技術で言えばビトー氏に軍配が上がるであろうが、人間とは違う考えも持っていよう。何かの切っ掛けになるかも知れんと考えてな」
「違う考えですか……」
儂は工房を見渡す。実は工房は間借りをしている為、同じ部屋で魔族の職人達も作業をしていた。正直あまり関わっていないが。
ゴルガンはそう言って工房を後にした。本当に少し様子を見に来ただけらしい。
儂は作業の手を止めて弟子達に休憩に入るよう伝えると、魔族の職人達に近づいていった。
毎週日曜に更新予定です。




