第三話『ビトー』(十四)
メルカトルが間違う筈はなく、ネルメと名乗っていた少年はゴルガン殿下じゃった。
儂は名乗られた時にすぐに信用してしまったが、それではゴーレムに暗殺されたのは誰だったのか。歳の近い王家の人間はそれほど居ない。ネルメじゃった。
なぜそんな嘘を付いたのかといえば、ゴルガンが死んだ事にしておきたいという思惑からじゃ。
ネルメはマイン領での失敗をゴルガンに押し付け、王位継承権の争いから引きずり降ろそうとしていたらしい。王家の秘宝を無理矢理押し付けられ、それが大敗の原因になったという筋書を作り、王宮内で吹聴して回った。さらにゴーレムの製造による騎士団以上の軍団を作り出す事で、自らの地位を固めていった。
「しかしそのゴーレムが暴走した」
その日、ゴルガンとネルメはゴーレムを運用する事について口論をしていた。
ネルメの提唱した技術、ゴーレムを人間のように行動させる技術には、不明瞭な点が多くありゴルガンは危険視していた。
しかしネルメはその忠告を聞かず、数百体のゴーレムが完成しており、当日は稼働実験を行う予定じゃったらしい。だが、まだ命令もしていないのにゴーレムが突然動き出し、ゴルガン達に襲いかかって来た。何人かの護衛は居たが、それを押さえ切れず惨劇が起こったという事じゃ。
「メルカトルはその場に居なかったのか?」
儂はメルカトルを見る。
「私はネルメに敵視されていた。ゴルガン殿下がネルメと会う際には同行していなかったのだ」
いくら親衛隊とは言え、王家のネルメに言われれば従うしかなかったんじゃろう。メルカトルは悔しそうな表情を浮かべた。
メルカトルが現場に駆けつけた際には、ネルメの死体は原型を止めて居なかった。後にそれはゴルガン殿下との判断が下され、メルカトルは自らのふがいなさに絶望していたという。
「ネルメ殿下が居ない事には、疑問の声があがらなかったのかの?」
王位継承者が不在なのである。探さないのは不自然ではないじゃろうか。
「ネルメは側近含め近しい人間をマイン領侵攻の際に失っている。部屋に逃げ込んで出てこないという事にしていた。実際に余がネルメの部屋で生きている事を証明していたのだ」
「ゴーレムはどうしたんじゃ?」
「すべてのゴーレムが動き出した訳ではなかった。駆けつけたメルカトルによって破壊されている」
残りのゴーレムもすぐに廃棄されたそうじゃ。
「なんでゴルガン殿下が死んだ事にしたんじゃ。政敵のネルメが死んだんじゃし問題なかろう」
王宮内の争いは良く分からんが、自分が死んだ事にする利点も無いじゃろう。
「一つにはゴーレムの狙いが王家の人間である可能性だな。運良く生き残ったが、これからも狙われるかもしれない」
ネルメについていたミリャトから敵対魔族の仕業と聞いたらしい。狙われる可能性は十分にあった。
「もう一つは王家の魔族に対する方針が属国化であった事だ。自由に動けるようになって、勇者を探したかった」
「しかしメルカトルは親衛隊長じゃろ? 言っておけば良いものを」
そのせいで儂は腕を失ったんじゃぞ。今は新しく生えておるが。
「……メルカトルにはすまなかったと思っている。近しい者だからこそ、余の死を確実なものとする為、演技をしてもらうよりも確実と踏んだのだ」
「だからってのう……」
儂はメルカトルに同情した。警察隊の詰め所での一件はあるが、悪い男ではないようじゃった。
メルカトルといえば、ゴルガンが生きている事にただただ感動していた。何度も神に感謝を捧げている。隣のモールドも同じような状況じゃ。
「ビトー氏にも迷惑を掛けた。死んだ事になっている余では十分に動けなかった。ミリャトに貴方の件も含め依頼していたのだが……」
「あの女は良く分からんからのぅ」
魔族としては同族の暴走は止めたいが、儂個人の安全まで保証つもりはないのかも知れん。
「あら、私は大丈夫だと思ったからほっといたんだけど」
突然工房の方から、ミリャトの声が響いた。
儂は振り向いて探すが、どこにも姿がない。
「こっちよ」
声のする方を見ると、なんと工房の屋根の上に居る。神出鬼没にもほどがある。
「なんじゃ、そんなところで。……もしかしてずっと居ったのか?」
「ふふふ……」
勿体付ける話しでもないと思うのじゃが。ミリャトは不敵に笑って屋根から飛び降りてきた。普通の人間なら死にかねない高さじゃが、今更驚かん。
思った通り、ミリャトは地面に静かに着地した。
「お主、本当に何者なんじゃ……」
「魔族って言ってるでしょ?」
ミリャトはおどけるように言うと、儂等に近づいてきた。
「殿下! 危険です、おさがり下さい!」
メルカトルが我に返って叫ぶ。それをゴルガンが手で制した。
「大丈夫だ。今の所は心配ない。……今の所はな」
ミリャトが見せつけるように品を作りゴルガンの肩に手を置いた。メルカトルを挑発するんじゃない。
「なんでお主はネルメについておったんじゃ?」
「誰でも良かったんだけどね。私は王家の人間に魔族と戦う力を付けてもらう為に近づいたの」
前に言っていた魔族の矜持ってやつか。ネルメが死んだのでゴルガンについたと。
「初めからこっちにしておけば良かったわ。ネルメは方向性がちょっと違ってて、どう軌道修正しようか悩んでたのよね」
ネルメは魔族の属国化を容認する派閥じゃし、個の力を信じずゴーレム軍隊を作る事に固執していたらしい。どうも力を蓄えてゴーレム軍団で魔族を滅ぼそうとしたようじゃ。最終的には、その程度では魔族を倒せないと分かれば良いと考えていたそうじゃが。
良くもゴルガンがすぐに信じたと思うが、相応の話し合いがあったようじゃ。もともと勇者を探すべきと考えていたゴルガンじゃから、ミリャトの提案を聞く余裕もあったのじゃろう。
「おい!」
今まで会話に参加していなかったゾイデルが吠えた。なんじゃ、今忙しいのじゃがの。
「どうしたんじゃ?」
「どうしたじゃない! その女は魔物なのか!? すぐ殺すべきだろう!」
魔族と魔物は違うらしいが、今はその議論をしている状況じゃないのう。ミリャトを知らん人間には納得出来る話でもないしの。
メルカトルはゴルガンの言葉を受けて、すでに剣を下げている。鞘に戻していないので、警戒はしておるようじゃが。
「大丈夫だ」
ゴルガンが重ねて言う。だがゾイデルはそんなゴルガンにも食って掛かった。
「貴様がゴルガン殿下だと誰が信じられる! 殿下は死んだのだ!」
血走った目でゾイデルが叫ぶ。なにか嫌な予感がするの。警察隊で見た話を全く聞かない様子が思い浮かぶ。
「どうした……。ゾイデル、知らない仲ではないだろう。余の顔を忘れたのか?」
ゴルガンが緊張した面もちで呟くように話し掛ける。だがゾイデルはそんな言葉には耳を貸さない。
「メルカトル隊長! 女共々こいつ等を皆殺しにしろ!」
儂等に指を突きつけてゾイデルがメルカトルに命令した。メルカトルは動かずゾイデルを睨みつける。
「ゾイデル。私が殿下を見間違う筈ないだろう。この方は間違いなくゴルガン殿下だ」
「そんな訳は無い! 早く殺せ! 殺せ、殺せ、殺せ!」
ゾイデルは頭を抱えるようにして叫び続ける。やはり様子がおかしい。
「あ、これまずいわね」
ミリャトが呟くように言った。それと同時にゾイデルの頭が破裂する。
「なっ!」
なにが起こったんじゃ。ゾイデルの破裂した頭部から、寄生蛞が吹き出て身体中を這い回っている。
すぐに儂が工房で戦った寄生蛞の魔物と酷似した姿になった。
「ゾイデルって男……、ひょっとして殿下が王位に付くの良く思ってなかった?」
ミリャトがそんな様子を見ながらゴルガンに尋ねる。
「ゾイデルは第二王位継承者、ネルメではない余の弟だが、その派閥であったはずだ」
「寄生蛞に浸食されると、自分の欲望が押さえ辛くなるのよね。大方、貴方が死んでネルメが流刑、間違いなく自分の派閥が勝つと踏んでたんでしょうね」
それで武器を作っただけの儂まで一網打尽にしようとした訳か。実際には死んでいた訳じゃが、ネルメが万が一戻った時にも、王位につく可能性を潰そうとしたのじゃろう。
「ぐじゅる……」
寄生蛞となったゾイデルが儂等に向かって飛びかかろうとする。
「どうする?」
ミリャトが儂に聞いてきた。じゃが儂等がどうこうする前に、メルカトルとモールドがゾイデルに切りかかる。
「はあっ!」「うりゃっ!」
儂は苦労して倒したが、さすが親衛隊じゃ。数度の斬撃でゾイデルは沈黙した。
「ほい」
ミリャトがゾイデルの残骸に向かい光線を放つ。ゾイデルは相当の熱量を持って消滅した。
なんじゃそりゃ。強すぎるじゃろう。
「貴方達はどうする?」
ミリャトは軽い調子でメルカトル達にも尋ねる。
「傭兵組合のノゴリオ副代表とモリオとかいう斥候も処分しないとね」
「メルカトル達も寄生されとるのか!」
「だと思うわよ。貴方から聞いた話でも、審問中様子が変だったんでしょ?」
そういえばあの時、警察隊の詰め所では「みんな」様子がおかしかった。
「メルカトル、モールド……」
ゴルガンがふらふらとメルカトル達に近づく。
「殿下。それ以上近づかないでください」
メルカトルはゴルガンの目をまっすぐに見て言った。その瞳には決意が見て取れる。それは後ろのモールドも一緒であった。
「魔族……、というものがどういったものか分からんが、今は味方なのだな?」
「そうね。少なくとも後十年は殿下の味方よ」
メルカトルはゴルガンを見たまま、ミリャトに問う。
「十年か。ゴルガン殿下ならそれほどの時間があれば、国の危機にも対処されるだろう」
ある意味唯一この国を存続させようとしているのじゃからな。
「殿下。これまでありがとうございました。……お別れでございます」
「メルカトル……」
ゴルガンは延ばし掛けた手を、降ろす。
互いに言いたい事はあるのじゃろう。だがそれ以上は言葉にしなかった。
二人は自らの首筋に剣を添えた。
ミリャトの説明では、寄生蛞の寄生を見分ける方法は単純じゃった。宿主の生命の危機に反応して、頭をぶち破り外に出てくるそうじゃ。それは精神的なものも含まれるようで、ゾイデルはゴルガンの存命を知り絶望した為にああなった。そして自殺であっても、じゃ。
ノゴリオはミリャトが始末した。モリオは王都を出たのか、どこにもおらんかったらしい。
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