第三話『ビトー』(十三)
王都を出る朝、儂は工房を訪れていた。誤解とは言え警察隊の牢から脱獄した身じゃ、このまま暢気に王都で暮らしていく事は出来ん。
ドガー達弟子は一同、儂に付いて来てくれるらしい。あいつ等も王都で住みづらくしてしまった事は申し訳なく思うが、勇者の武器を作ると話した時のあいつ等の目の輝きを見れば、儂の思い違いであったのが分かる。あいつ等、王都にはこれっぽっちも未練を感じておらんかった。結局のところ、儂と同じじゃ。職人の魂は腕に宿る。武器さえ作れりゃ、どこでも良いんじゃ。
工房はしばらく火を入れてない事もあり、死んでいるようであった。朝靄に包まれ、幻想的な雰囲気を纏っている。
「親方、すみませんじゃ」
儂は工房に向かい、深く頭を垂れた。
孤児じゃった儂を拾ってくれたのは、先代の棟梁。工房を捨てると言うのは、恩を仇で返すようなもんじゃろう。
下げた頭からは、止めどなく涙が溢れてくる。儂は止めようとも思っておらんかった。今ここには弟子もおらん。最後の別れくらいは思う存分したい。
じゃが、そんな願いも聞き入れられはせんかった。
「やはり戻って来ましたね?」
背後から声を掛けられる。聞き覚えのある声じゃ。よく考えればまだ一昨日の事なのか、と不思議な気持ちになる。色々な事があったので、もう随分前の事のようじゃった。
儂は顔を拭うと、振り向いた。予想通り、王家審問官のゾイデルが勝ち誇ったように胸を張り立っている。
「ねえ、私の言った通りでしょう」
ゾイデルは側の者に自分の考えが正しい事を訴える。ゴルガン殿下の親衛隊長メルカトルと、隊員のモールドが一緒じゃった。
「……ビトー、貴様が何をしたか分かっているのか」
メルカトルは怒気を隠さずに儂を睨みつける。どちらかと言えば、何をされたかは良く覚えておる。
「王都がこんな状況なんじゃぞ。儂に構っている場合でも無いじゃろうが」
「これも貴方が原因なんでしょう? 貴方を捕まえると同時に王都が襲われたのです。因果関係が無いはずがないでしょう」
端から見れば、百歩譲ってそう思えなくもないかの。言いがかりも良いところじゃが。
騎士団牢の地下まで降りて死にそうになりながら、瘴気のもとを破壊したのが馬鹿らしくなってきた。儂が答えるのも億劫になり黙っていると、ゾイデルが嫌らしい笑みを浮かべる。
「どちらにしても貴方をまた捕まえれば分かる事です。さあ、メルカトル隊長、やってしまいなさい」
二人に上下関係は無いはずじゃが、まあ手荒な仕事はゾイデルには出来んじゃろうな。メルカトルが静かに剣を抜き放つ。
「おいおい、儂はただの武器職人じゃぞ? 剣など抜いて殺す気か?」
「……貴様がゴルガン殿下を殺したと言うのであれば、そうする」
「じゃから、剣を作っただけで叛逆罪では、命がいくつあっても足りないと……」
儂は改めて武器とそれを使う人間の因果関係について説明した。じゃが、メルカトルは理解してくれたとは到底思えない表情をしている。
「戯れ言を聞くつもりはない。大人しく尋問を受けろ」
メルカトルは切っ先を儂に向けながら、すごむ。言っている事と行動が合っていないのう。メルカトルはとても話しを聞く様子ではなかった。
むざむざと殺されたくは無い。儂も腰の長剣を抜き放つ。
「抵抗はさせてもらうぞ」
儂は腕に力を込める。腕は膨張し、白銀に輝き始める。
騎士団牢の洞窟で発見した強化じゃ。あれから幾たびか試したが、腕を切られて以来、腕に力を込めると人外の膂力を発揮出来る事に気が付いた。本来は剣を打つ時に使いたいものじゃが、未だ戦闘にしか使った事はない。もったいないのう。
「やはり! 貴方は普通の人間ではないのですね!」
ゾイデルが嬉しそうに叫ぶ。なんで嬉しがるんじゃ。
「……その腕。何者だ?」
メルカトルは歴戦の戦士でもあるのじゃろう。儂の腕を見て、その力を警戒し始めた。
「武器職人じゃと言ってるじゃろうが」
儂が言うのも待たずに、メルカトルが踏み込む。剣を上段に振りかぶり、まっすぐ儂に振り下ろす。
軌道は読み易いが、たゆまぬ訓練に裏打ちされた速度があった。一方の儂は剣術の素人じゃから、とりあえず受けるしかない。
甲高い金属音が響く。儂は長剣を水平にしてメルカトルの剣を受け止めた。
「そんな! 隊長の打ち下ろしを受け止めた!?」
モールドが驚愕の声を上げる。確かに思い剣戟じゃが、受けられないほどではない。
メルカトルは後ろに飛び、距離を取る。
「……久し振りだな。俺の剣を受けられるのは」
ゾイデルも驚いている。
「メルカトル隊長、なにを遊んでいる! ゴーレムも一斬りにしたのではなかったのか!」
ゴーレムの装甲さえ切り裂く剣戟か。そりゃ確かに人間離れしとる。
今度は儂の番とばかりに剣を横に凪ぐ。メルカトルが後ろに下がって居た為、剣が届く距離ではない。じゃが人外の膂力で振り切られる剣は、空気を切り裂き、真空波を引き起こす。
「むうっ!」
メルカトルは一度受けようとしたが、すぐに思い直ししゃがみ込んで真空波を避けた。
頭上を通り過ぎた真空波は、メルカトルの背後にある木に当たり、成人男性の胴ほどもある幹を両断した。
「……なんだ。なんなんだお前は!」
ゾイデルが叫んでいるが、今は構っている余裕はない。
圧倒的な力を見せつけたにも関わらず、メルカトルが衝撃波を避けると同時に踏み込んで来たのじゃ。
確かにある程度距離がないと真空波を生みだし辛い。メルカトルめ、戦い慣れしとる。
「はあっ!」
メルカトルは低く踏み込むと同時に剣を振る。力はあるが剣術の素人である儂は、大きく後ろに下がる事でそれを避けた。
メルカトルは絶好の機会と、連続で剣戟を放ってきた。後ろに下がったのは失策じゃ。力が後ろに流れてしまい、剣が振れない。
「うおう!」
下がり続ける訳にはいかん。後ろは工房の壁じゃ。そうは言いつつも、儂はすぐに追いつめられてしまった。
「終わりだ!」
メルカトルが止めとばかりに剣を突き出す。剣先は正確に儂の喉元を狙っておる。儂は無意識に腕でそれを庇った。
金属がぶつかりあう音が響く。メルカトルの剣が儂に届く事はなかった。儂の腕に阻まれている。
「いつの間に鎧を纏った」
儂の腕には漆黒の手甲がはまっている。儂だって分からん。なんじゃこれは。
「それになんだその手甲は。俺の突きを防ぐなど、普通の鎧ではないぞ」
儂は固まっているメルカトルの剣を打つ。乾いた音を立てて剣が半ばから折れた。
「ちっ!」
メルカトルは再び下がり、モールドのもとまで戻る。モールドは自身の剣を抜き、メルカトルに渡した。
「そこまでにしろ」
ゾイデルの声ではない。もっと若く少年のような声じゃった。
ネルメ殿下じゃ。
「ビトー氏、剣を納めてくれ」
ネルメは儂等に近づきながら、儂に言った。元々戦うつもりの無かった儂は素直に剣を引く。
「ネルメ殿下、なぜここに……」
「ゴ、ゴルガン殿下!」
儂の疑問の声にメルカトルの叫びが重なる。
なんじゃ、今ゴルガンと言ったか。メルカトルは目を見開いて跪いている。
「ゴルガン殿下!」
モールドもメルカトルの横に移動して跪く。なんじゃこいつ等、ネルメ殿下じゃろ。
「メルカトル、すまないな」
ゴルガンと呼ばれた少年はメルカトルの前まで行くと、その肩に手をおいた。名前について否定する様子はない。
「ビトー氏も混乱させてすまない。説明させてくれないか」
少年はゆっくりと語り出した。
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