第三話『ビトー』(十)
儂は薄暗い部屋で目を覚ました。
普段なら小鳥のさえずりや、街の動き出す喧噪が聞こえてくる時間。じゃが、部屋の中は静寂に満たされている。
「……ふああ」
身体を伸ばし、欠伸を一つ吐く。数刻しか横になっていないはずじゃが、昨日の夜に蓄積した疲れはきれいになくなっていた。
部屋の方々で、弟子達が思い思いに惰眠をむさぼっておる。
「まあ、こいつらに戦わせる訳にもいかんしの……」
まだ多少眠い目をこすりながら、儂は弟子達を起こさんように部屋を出た。熟睡しておるようで、そんなに気を使わんでも、まったく起きる様子は無かったがのう。帰って来たら全員説教じゃ。
昨夜入ってきた部屋にはネルメ殿下とミリャトがもう準備していた。
「おはよ。よく眠れた?」
ミリャトはこれから魔物と戦うとは思えないような薄着をしている。黒い布切れを身体に巻き付けているだけのようじゃ。その魅惑的な凹凸がいやが応でも目に入ってくる。
朝から悩ましい身体をしとるのう。儂の身体で血液が駆けめぐっているのが分かる。一気に目が醒めたわ。
「ふむ。そんなに寝てないはずなんじゃが、絶好調じゃ」
「良かったわ。魔族が出てきたら私は手出しが出来ないから。貴方だけが頼りよ」
職人にそんな事を求められても困るんじゃが。
「ビトー氏。余は足手まといになるだろうから、地上で王家への接触を図る。無理かもしれんが、状況を伝えて起きたいからな」
「分かりました」
「では、よろしく頼む」
ネルメの隠れ家を出て、ミリャトと二人で歩く。
濃い霧で遠くまでは見通せんが、普段と違い人影が少ない。皆、屋内に隠れているようじゃ。
「それにしても、貴方はなんでネルメ殿下に協力するの?」
前を歩くミリャトが顔を儂の方に向けて話しかけてきた。
「なんで?」
「貴方はあくまで武器を作る職人で一般人でしょ? 今回は間違いなく戦闘になるわ。王都を救う為に戦う義理はなくない?」
「……確かに戦いたくは無いがの」
職人は武器を作るもの。それを振るうのは確かに儂ではない。
「王都を救いたいの?」
別に王都に思い入れがあるわけでもない。幼少の時の記憶を思い出す時には、むしろ嫌いなくらいじゃ。
「まあ、殿下には弟子達を助けてもらったからの。恩義には報いるのが信条じゃ」
弟子を守ることは、引いては儂を拾ってくれた工房への恩返しにもなる。昨夜、ネルメが手を打ってくれていなかったら、弟子達が死んでいたかもしれん。じゃから。
「お主にも感謝しとる。十年後は敵になるかもしれんが」
「間違いなく敵よ。……ふうん、ちょっと分からない感情ね」
ミリャトは納得しているのか、いないのか。また前を向いて黙って歩き出した。まあ、儂自身良く分からんからな。ミリャトに理解してもらうのも難しいじゃろう。
しばらく歩き貧民街を抜けると、大通りまで出た。雨を吸収仕切れず所々が水浸しになっておる。
「どこに向かっているんじゃ?」
ミリャトは大通りを城とは逆の方向に歩いている。儂はその後を追いながら話しかけた。
「王都の下に地下洞窟ってあるの?」
ミリャトは直接には答えず、質問で返してきた。
「いや、聞いたことがないのう」
「まあ、そんな所の上に王都なんて作らないわよね。ということは貴方達、人間が作った地下空間に霧の発生装置があるんじゃないかしら」
「地下空間……。地下牢か!」
王都の端に大型の地下牢がある。確か騎士団が管轄している牢屋じゃ。近くに処刑台もあり、大罪を犯した囚人を入れておくこともある。
確か何年か前、いくつもの村を皆殺しにした極悪人の処刑があったような。
昔は魔物を捉えて入れていた事もあったらしく、かなり大きい空間になっているはずじゃ。
「そう。寄生蛞もそちらの方向から来たわ。おそらくそこが拠点になっている」
出来れば一生縁のないところであって欲しかったが。
「そういえば貴方、その剣は?」
工房で寄生蛞を倒した時に拾った剣じゃ。そのまま持って来ておる。
「工房になぜかあったんじゃが、良く分からんがものすごく使いやすくての。銘は分からんが、かなりの業物じゃぞ、これ」
儂は腰に差した長剣の柄をなでる。ドガー達に聞いたが、やはり彼奴らが打ったものではなかった。
「それどこかで……。ああ、そういうこと」
「なんじゃ?」
ミリャトは剣を少し見て、一人で納得したように頷いた。
「なんでもないわ。貴方が使いやすいなら、良いんじゃない?」
それ以上説明するつもりはないようで、またミリャトは前を向いてしまった。
職人としては鎚の方が使いやすいはずなんじゃがのう。
そんな事を話していると、騎士団の地下牢に着いた。
騎士団の監獄棟は、地上から見ると小屋のような造りをしている。その地下に広大な牢獄が広がっているとは、到底思えない。
じゃがなにか禍々しい雰囲気が漂っている。
入り口は簡単な木製の扉じゃが、中から何かに押されているような、重苦しい空気に、その扉は限りなく重畳に見えるようじゃった。
「ここじゃの……」
時折、処刑を見せ物のようにしていると言うが、儂は興味がなかった為、見物に来たことはない。
勿論、牢にぶち込まれたこともない。
「さあ、行くわよ」
儂は気圧されたように動けずにいたが、ミリャトは軽くそう言って扉に手を掛けた。
「お、おい!」
「なに?」
「そんな簡単に入って大丈夫か? 中に寄生蛞がいるんじゃろ?」
ミリャトは笑いながら扉を引く。
「大丈夫よぉ。寄生蛞くらいで私が……っ!」
開いた扉の隙間から太い何かが飛び出してきた。それは蠢きながらミリャトに絡みつくと、彼女を建物の中に引っ張り込もうとする。
「ミリャト!!!」
「きゃ!」
あわててミリャトの腕を掴もうとするが、そのまま扉の奥に消えてしまった。
「おい!」
襲われる恐怖はあったが、ミリャトを助けるべく扉をむしり取るように開けた。じゃが、建物の中にミリャトの姿はなかった。
かわりに、中には下に向かって暗い洞窟が広がっている。
「なんじゃ……」
明らかに地下牢ではない。先ほどの何かはこの洞窟にミリャトを引き込んでいったのじゃろう。
「あれは……、寄生蛞の固まりじゃな……」
昨夜あの犬のような魔物が吐き付けてきた固まりに質感が似ていた。細い糸のような寄生蛞がより固まっているのじゃろう。
「何匹か逃げただけじゃなかったんかい……」
元々多量に王都へ進入していたか、地下で増殖したか。圧倒的な危険が王都の地下に潜んでいるということじゃ。
ミリャトを助ける。魔物から王都を守る。どちらにしても、とにかくこの洞窟に入るしかないのう。
幸い、なぜか暗い洞窟でも視界はしっかりしている。警察隊の牢屋に入れられていた時もそうじゃったが、どうして見えるのかの。まあ、今はありがたい。
「しかし、あれはどうすりゃ倒せるんじゃ?」
濃霧の発生装置が関係しているかもしれん。洞窟の奥にあるのじゃろうか。先で折れ曲がっているらしく、外からは洞窟の奥までは見通せない。
「ふん。いくぞい!」
儂は気合いを入れ、洞窟に踏み出した。
毎週日曜の夜に更新します。




